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冥王様が通るのですよ!  作者: 木口なん
滅亡編 4章・永久機関
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249話 人類大敗


 怠惰王ベルフェゴールの発見。

 しかし発見と同時に人類は大敗を喫することになる。

 南ディブロ大陸戦争終結後、その被害はすぐに計上された。永久機関によって無限に生み出される殲滅兵は計測不可能なほど破壊されたので詳しくは分かっていない。だがそれは取り戻せる被害だ。

 一方で死者は百万人にも上ると言われている。

 スラダ大陸のほぼ全てが悲しみに包まれた。



「あんなものが……あんなものが……」



 マギア大聖堂の奥の間では悲壮な空気が流れていた。

 七日七夜続いた怠惰王の暴走は世界をも揺らしたが、幸いにもそこから動くことはなかった。何かと戦っていたという証言もあるが、それは定かではない。

 それよりも今、魔神教は大きな問題に直面していた。



「五人の……偉大な聖騎士が失われた。神子姫が言うには、これでも最低限の被害だったらしい。恐ろしいことだ」



 自嘲するようにケリオン教皇が呟く。

 改めて言葉にしたことで、より一層空気が重くなった。

 司教の一人が口を開く。



「本当に……本当に亡くなられたのでしょうか? まだ捜索もしていません」

「あんな場所を誰が捜索できるというのだ」

「『剣聖』と『聖女』だけでも自力で戻ってきてくれたことに感謝しよう」



 鬼の『王』を討伐するという目的で転送された六人の覚醒聖騎士の内、無事に帰ってきたのは二人だけであった。残る四人は行方不明のままである。また『赫煉』の聖騎士は死亡が確認されている。

 本当ならば今すぐにでも捜索隊を結成して派遣したいところだが、それも不可能だ。聖騎士ですら二度と南ディブロ大陸に行きたくないと言う者すらいる中で、そんな部隊を編成することができるはずもない。また百万という最終的な死者に対して大陸中が喪に服しているところに、新たな被害を生みかねない派遣は世論が許さないだろう。

 そういう意味で、五人の聖騎士の生存は絶望的であった。



「今は死者を丁重に弔い、我々の信頼を回復することに努めよう。第四都市の港も間もなく完成し、東ディブロ海の探索も控えている。まず各地の聖堂にも慰霊祭をするように布告しよう」



 教皇の決定はすぐに全国へと伝えられた。





 ◆◆◆






 同時刻、シンクもマギア大聖堂へと戻ってきていた。

 回復したセルアに第一都市総督府を任せてまで戻ってきたのには理由がある。冥王アークライトに言われたことが気になっていたからだ。



(アゲラ・ノーマン、あの聖騎士に何がある?)



 あくまでも敵の言葉だ。

 故にシンクも鵜呑みにしたわけではない。ただ、無視できないのも確かだ。それで彼は調べるため戻ってきた。

 既に資料庫へと立ち寄って色々と調べたが成果はなく、仕方なくある場所へと向かっている。

 それは神聖グリニアが現在擁する唯一の神子の部屋であった。



「これは! 『剣聖』様。如何しましたか?」

「神子姫に極秘で面会したい。問い合わせてくれないか?」

「は? しかし本来は教皇猊下を通さなければ……」

「頼む。彼女に問い合わせて、それで無理なら別に構わない」



 護衛の女聖騎士は困ったような表情を浮かべる。

 古くから世界を守ってきた偉大な聖騎士の頼みを聞くのは吝かではないものの、規則は規則である。何かの間違いで神子姫に危険があってはいけない。故に『剣聖』の頼みであっても、それを許可するわけにはいかないのだ。

 シンクも女聖騎士の態度を察して半分諦めかける。

 だが、意外なところから援護が飛んできた。



「その方を入れてあげて」

「っ! セシリア様!」



 突如として扉が開かれ、その内側から神子セシリアが現れたのだ。



「その方がいらっしゃることは見えていたわ。入れてあげて」

「……かしこまりました。どうぞ」

「ありがとう」

「さぁ、『剣聖』様はこっちにきて」



 シンクはセシリアに案内されるまま、部屋の中へと入る。魔神教の中でも特に秘匿され、機密として守られている彼女の部屋は実にシンプルだ。シンクも中に入るのは初めてである。

 そして彼が来ることを予想していたというのも嘘ではないらしく、テーブルの上には湯気の立ち昇るティーカップが二つ用意されていた。



「そちらに座って」

「はい、では遠慮なく」



 指示した椅子へと腰を下ろすのを確認してから、その対面にセシリアも座る。

 シンクは単刀直入に本題へと入った。



「俺がここに来ることを知っていたということは……俺の聞きたいことも分かっているのですか?」

「ええ、一応」

「では、答えを聞いても?」

「それを答えるかどうかは、私の質問に答えてからよ」



 そう言われてシンクも背筋を伸ばした。



(噂には聞いていたが、今代の神子は気難しいらしい)



 歴代で最も優秀といわれる彼女が予言することは本当に珍しい。高い精度で未来を予測するにもかかわらず、ほとんど口を閉ざしているという。

 シンクはその一面を垣間見た気がした。



「『剣聖』様は私の未来視を聞いてどうしたいの? 何が目的?」

「目的、ですか?」

「世界を救いたい? 誰かを助けたい? それとも……ただの興味?」

「それは」

「その答えによっては、私は何も言わない」



 どう答えるべきかシンクは悩む。

 別に嘘をついてまで彼女の未来視に頼りたい訳ではない。ただ、改めてなぜ知りたいのかと問われると首を傾げてしまう自分がいた。



(世界のため、というのは違う。ならセルア様のため? それは間違いないけど)



 そうして悩む間、セシリアはお茶を飲みつつじっくりと待つ。

 未来が見えているためか、特に急かすこともない。

 やがてシンクも一つの答えを導き出した。



「何も知らないまま……というのは愚かなことだから、だと思います」

「愚か?」

「たとえ避けられない未来があるとしても、俺はそれを乗り越えられると信じています」

「あの怠惰王と対峙したあなたがそれを言うの?」

「知っている最悪の未来でも、俺は挑むと思います。だから、敢えて言うなら興味本位で知りたいのかもしれませんね」



 その答えは彼女の意に適ったらしい。

 柔らかい笑みを浮かべた。



「聞きたいことを教えて」

「……永久機関は、危険ですか?」

「ええ、とても」



 セシリアは即答した。






 ◆◆◆






 怠惰王と七日七夜の間戦い続けたシュウとアイリスは、適当なところで切り上げてスラダ大陸に戻っていた。逃げるだけなら転移魔術を使えば問題なく可能なので、精神的に疲れたこと以外に大きな被害はない。

 その一方、シュウと怠惰王の戦いによって魔神教連合軍にも少なくない被害が出ていた。



「お前が望んでいた戦いの様子の録画だ。満足か『鷹目』?」

「おお、ありがとうございます。これが怠惰王ですか。凄まじいですね。まさかこれほどの生物がいようとは思いませんでした」

「結局は鬼帝国もこいつの手足のようなものでしかなかったからな」

「それで怠惰王の魔法は判明しましたか?」

「いや、全く。最後までよく分からなかったな」



 解析が得意なシュウでも、最後まで怠惰王の魔法は分からなかった。おそらくは応用力の高い魔法なのだろうということは分かったが、その本質は分からないままである。本質がそのまま現れる魔法魔力を見れば判明したかもしれないが、最後まで怠惰王はそれを使ってこなかった。

 向こうも本気ではなかったということだ。怠惰の名は伊達ではない。

 あるいはシュウが適当に戦っていたからこそ怠惰王も本気を出さなかったのかもしれないが。



「被害総額は二十兆マギを超えるそうですよ」

「しばらく奴らも動かないか」

「東ディブロ海の探索計画もありますが、それは数年後でしょうね」

「こちらの計画にも余裕ができたな。情報操作はどうなっている? 世間の目はかなり厳しくなっているようだが」

「驚くほどですよ。まだ本格的に情報操作していないのですがね」



 そう言いつつ、『鷹目』は幾つものディスプレイを開く。

 彼が経営するホークアイカンパニーが集めた表の情報が大量に連なっていた。今回の遠征失敗に伴い、ホークアイカンパニーは世論調査を実行したのだ。またこれらの情報は整理された後、各種企業へと売られることになる。シュウが見ているのは企業機密クラスの情報である。



「なるほどな」



 一通り読んだシュウも納得した。



「確かにこれだけ不信感が高まっているなら情報操作も必要ないか。寧ろ魔神教側が操作してくるのを邪魔した方がいいかもしれないな」

「ええ、私もそう思います。我々も各種メディアへと働きかけて、この世論が長く続くように操作していくつもりです。これで魔神教が弾圧のようなことをしてくれたら更に不信感は高まるでしょう」

「何か考えているのか?」

「ええ。過激派の方々に少し伝手がありまして」



 経済も情報も自由な時代が到来して何十年と経っている。しかし一方で魔神教の中でも古い思想に囚われた者たちは、神の下で完全な管理をする必要があると考えているのだ。彼らは過激派と呼ばれており、その名の通り過激な手段を厭わない。

 過激派の司教が管理する聖堂で似たようなことが行われ、都市全体が国ではなく聖堂によって統治されていたという事件もあったほどである。その事件では国家権利の侵害であるとして、後に司教が追放されることになった。

 その事件以降、各国の過激派に対する風当たりは強い。



「それで……アゲラ・ノーマンには動きがあったか?」

「何やら実験計画を立てていたようですね。しかし今回の件で取り下げられました。噂レベルですが、空の果てを目指すとか」

「そうか。なら、その実験場の割り出しを優先してやってくれ。それだけの実験なら、本人もその場に来るはずだ。そこを《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》で潰す」

「わかりました。お任せください」

「それと『剣聖』を揺さぶっておいた。そちらも注意しておけ」

「ええ、必ず」



 『鷹目』はふと、思い出したかのように言葉を続けた。



「そういえば、リーダーが幹部全員に命令を出していましたね」

「命令? 俺のところには来ていないが」

「ええ。拠点を西側に移動させるようにという命令です。例の計画を意識してのことでしょう。初めから西に拠点を持つ『死神』さんには連絡不要ということですね」

「あー……確かにそうだな。ということは、次の会合で計画を公表するのか?」

「そうかもしれません。幹部全員の協力が必要になるでしょうから」

「あの計画のことを考えれば、今回のことでSランク聖騎士が減ったのは良いことでしたね」

「まぁな」



 西方都市群連合にある黒猫の酒場で、怪しげな会話が続いた。







 ◆◆◆






 南ディブロ大陸の砂漠地帯は怠惰王と冥王の戦いにより、大きく砂漠が広がる結果となった。また壊滅状態であった鬼系魔物も復活しており、滅び去った鬼の帝都を復興しようとしている。また怠惰王も再び眠りに就き、元の位置で山脈として地形に紛れていた。

 そんな場所から数キロほど離れた地点で、地面が盛り上がる。

 いや、大きく爆発して砂が舞い上がった。



「ふぅ……終わったかしら?」



 砂漠では見られない緑の植物が生い茂る。

 その犯人は死んだと思われている聖騎士、アロマ・フィデアであった。怠惰王の出現と共に行方不明となっていたが、彼女はその魔装で地下に潜り逃れていたのである。舞い上がる砂に巻き込まれた後、ひとまず地下に隠れることを選んだのだ。



(皆はやっぱりいないのね)



 彼女は怠惰王が現れた瞬間、すぐに身を隠さなければという強迫観念に襲われた。他の仲間たちなど放って、とにかく隠れることを優先したのである。魔装の植物を地下に張り巡らせることで退避する空間を確保し、時が過ぎるまでジッと留まっていた。



(どうして見捨ててしまったのかしら)



 別に助けようと思えば助けることもできた。

 しかしどういうわけか、その考えに至らなかったのだ。ただひたすら逃げることと隠れることを考えていた。そのお蔭で命は助かったのだが。



「あら?」



 ソーサラーデバイスでマギア大聖堂へと通信しようとしたが、デバイスが壊れていることに気付く。隠れている間も強大な怠惰王の魔力に空間が支配され、一切通信が機能しなくなっていた。それが長く続いたことで魔晶が壊れてしまったのである。

 デバイスの仕組みについて詳しくないアロマは、ただ壊れて動かないということだけを認識した。

 そしてデバイス……トライデントが起動できなければ現在位置すら分からない。ワールドマップに頼り切った現代人の欠点であった。



「仕方ないわね。夜まで待ちましょうか」



 一方でアロマは古き聖騎士でもある。

 地図アプリのない時代も星を読むことでおおよその現在位置を割り出すことができた。また太陽の位置を見れば方位も簡単に分かるので、おおよその座標さえ分かれば向かうべき方角も分かるようになる。

 彼女は植物を操って再び地中へと潜った。







しぶとく生き残る最古の聖騎士

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― 新着の感想 ―
[一言] お、おばあちゃんの知恵袋や…
[一言] と思ったけど4年前ならこんなもんかなぁ。更新までは長く待ち遠しいのに、振り返れば時間の経過は恐ろしい……
[一言] ここらへんで結構死んでたんだなぁ。 『穿光』のおじいちゃん以外は印象薄くて忘れてた。長編小説のデメリットは多くの情報が読み手の記憶量に左右されることかな。
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