16話 水の魔装
聖騎士に襲撃されたことで、小鬼王や高位豚鬼などの高位級たちが必死で足止めしていた。
しかし相手は高位級など容易に屠れる聖騎士なのだ。
次々と仲間が殺され、徐々に追い詰められていた。
いつもシュウに報告をしている小鬼王は内心で焦りながらも聖騎士の足止めに全力を注いでいたのである。部下である小鬼や高位小鬼、中鬼を使い潰す勢いで聖騎士にぶつけ、待ち続けていたのである。
自分たちのボスである、シュウ・アークライトを。
「この数は厄介だな」
「どうしますかザムスさん?」
「地道に潰すしかないさ」
今回の調査でリーダー役を引き受けた聖騎士ザムス・シュリフはハルバードを振るいながら魔物を次々と仕留めていた。イルダナの聖騎士に限定すれば、ザムスは最も経験豊富で頼りになる男と言われている。
戦闘力は勿論、指揮官としても有能であり、多くの信頼を集めていた。
「あの小鬼王を先に倒すぞ」
先程から小鬼王が指揮しているせいで殲滅が上手くいかないと分かっている。なので、まずは魔物を統率する個体から始末するべきだと判断したのだ。
ザムスはハルバードを振るいつつ、仲間の聖騎士に指示を出す。
「俺が壁になろう。お前は魔術で小鬼王を倒せ。風の第五階梯で充分だろう」
「分かりました。詠唱に入ります」
仲間の聖騎士は右手を突き出し、詠唱を始める。すると、青白い魔術陣が浮かび上がり、徐々に複雑かつ大きくなった。その間、ザムスはハルバードを嵐のように振るって魔物を吹き飛ばす。
ザムスのハルバードは魔装ではなく普通の武器であるため、あまり魔力を込めることが出来ない。物質に魔力を纏わすのは非効率的な上に難しいのである。
しかし、普通の武器だったとしても関係ない。
ザムスは仲間が魔術を完成させるまでの間、しっかりと守り通して見せた。
「ザムスさん、いけます!」
「よし、やれ!」
「風の第五階梯《風刃》!」
打ち出された圧力の塊が小鬼王へと向かう。この魔術は薄い風の塊をぶつけることで対象を切り裂く魔術だ。切断という現象は圧力による分子破壊で引き起こされるのであり、気体であっても不可能な現象ではない。
そして魔術によって制御された《風刃》は、生物を真っ二つにするほどの威力となる。
しかし、小鬼王を守るようにして小鬼たちが一斉に体を張った。弱い雑種級の小鬼一匹程度では肉盾にもならないが、何十体もいれば《風刃》も威力を失う。
小鬼王は配下を犠牲にして守られた。
「思ったより、知性が高い」
「どういうことですかねザムスさん」
「恐らく、コイツよりも上位の存在がいるのだろう。強い上位種に統率されている場合、魔物はそれなりの知性を得るというデータもある」
「なるほど」
元から予言で強い魔物が誕生すると示されていたのだ。『王』でなかったとしても、それなりの強力個体がいるのは当然だと思っている。
「さっさとコイツを倒すぞ。統率種に逃げられでもしたら面倒だ」
「了解です。今度は範囲魔術でやります」
再びザムスがハルバードで小鬼、高位小鬼、中鬼の群れを薙ぎ倒している間に、仲間が魔術詠唱をするという戦法を使う。
小鬼王も魔術が危険なものだと分かっているのか、必死で部下を突撃させた。しかし、この程度の魔物ではザムスを突破することなど出来ない。
「次、撃ちます!」
「よし、やれ!」
「炎の第四階――ぐぴゃ!?」
「っ!? どうした!?」
魔術の発動寸前で仲間が悲鳴を上げ、ザムスは思わず振り返った。するとそこには大量の血液が飛び散っており、仲間の聖騎士だったと思われる肉片が転がっている。
そして同時に、佇むシュウの姿を見つけた。
「な、何者だ貴様!」
「お前らの敵だよ」
シュウは問答無用で加重、加速、移動魔術を連続発動する。そして一瞬でザムスの目の前に立ち、動揺している隙を突いた。
体重と加速が乗った一撃を右手で放ち、同時に振動魔術で衝撃と音を増幅する。
ザムスは内部から破裂した。
「よし……」
やはり不意を突けば、聖騎士を倒せる。攻撃力だけなら充分だと確認できた。
しかし、シュウは飛び散ったザムスの体に違和感を覚える。
(血が透明……いや、水?)
背中に冷たいものが走ったので、咄嗟にそこから移動する。加速魔術を併用した、地面を滑るような高速移動によって小鬼王のところまで逃げた。
すると、一瞬前までシュウがいた場所に、小さな水の渦が現れた、かなりの高圧で回転しているのか、巻き込まれた瓦礫片が粉々に砕けている。
そして渦はあっという間に弱くなり、ザムスの白い聖騎士制服が転がっている辺りで形を成す。それは白い制服を着るようにして人型になり、着色して破裂したはずの聖騎士ザムスとなった。
恐らく、魔装の力なのだろう。
「そんな魔装もあるのか……」
「いきなり攻撃してくるとは驚いたぞ。貴様は人間か? なぜ魔物についている」
まだザムスはシュウが霊系魔物だと知らないので、その問いかけをする。
しかし、シュウは一撃でザムスを倒せなかったことで舌打ちしそうになっていた。
(変身型の魔装か。動物の姿形を借りたり、力を憑依させるのが一般的だって聞いてたけど、まさか無機物に変身するタイプもあるとは)
ザムスの魔装は変身型で間違いない。しかし、自分の体を水に変換するなど、聞いたこともない能力だった。勿論、シュウの知識不足だけかもしれないが、どちらにせよこれは厄介だと考える。
「今の不意打ち……どうやら事故ではないようだな。どうして人間が魔物の味方をしているのかは知らんが、俺の仲間を殺した以上、赦すわけにはいかん。取りあえず捕縛させて貰う」
「出来るものならな」
シュウは《斬空領域》でザムスを狙うが、やはり水の体に極薄領域の分解魔術を使っても意味はないらしい。
ザムス自身も、何かされたのは分かったようだが、首を傾げるばかりで全く効いていないようだった。
「俺に何かしたのか?」
「……厄介な能力だ」
水に身体が変換されるということは、急所がないということである。
正直、今のシュウには攻略法がない。
(……俺が足止めする。お前たちは逃げろ小鬼王)
(しかしシュウ様……)
(いいから行け)
シュウはテレパシーで小鬼王に命令した。最初は渋っていた小鬼王も、すぐに配下を連れてどこかに散っていく……かと思えば、小鬼王だけは残った。どうしても残りたいらしい。
その光景を見て聖騎士ザムスは目を細めた。
「どうした? そいつを除いて魔物たちに見捨てられたか?」
「さあな」
「……奴らを逃がしたか。まぁいい。順番が変わっただけだ。まずは貴様を捕縛する。邪悪な魔物に味方する罪は重いぞ」
一瞬の間が空き、二人はその場から消える。
シュウは加速と移動の魔術で、ザムスは身体強化によって、常人の眼には霞んで見えてしまうような戦闘を繰り広げるのだった。
◆◆◆
聖騎士として今回の作戦に参加していたアイリス・シルバーブレットは魔物集落の端で逃げ出す魔物を駆逐していた。
「風の第三階梯《雷撃砲》なのです!」
右手の先で構築された魔術陣から雷撃が走り、逃げ出す豚鬼を焦がした。既にAランクへと昇格したアイリスの魔術は、たとえ第三階梯だったとしても高威力となる。
中位級のオークを黒焦げにして仕留めてしまった。
「流石ですアイリス」
「いえ、先輩のフォローがあってこそなのです」
アイリスは先輩の女性聖騎士とペアで殲滅にあたっていた。今回の魔物集落殲滅は、二十人の聖騎士が二人か三人のペアになって行っている。不測の事態もあり得るので、一人で対処させることはない。
能力の相性によってペア分けしているので、場合によっては三人となるのだ。
そしてアイリスは魔術を使う後衛型である。
前衛を務める聖騎士とペアを組むのが妥当だった。そしてこの先輩聖騎士は暴走癖があり、自分の怪我を無視してドンドン前に出てしまう。なので、陽魔術の回復も使えるアイリスが適任なのだ。
「先輩、治療するのです」
「頼みます」
アイリスは先輩聖騎士の側によって回復を使う。
ちなみに、陽魔術は回復と結界の二種類しか存在しない。使い手によって効力が変化するため、位階が存在しないのだ。
回復の願いが魔力を伝って複雑な魔術陣を形成し、先輩聖騎士を癒す。
「この辺りは殲滅が完了しましたね。そろそろ、他の場所でも終わりそうです」
「魔力感知でも殆ど感じられないのです。そろそろ信号弾が上がると思うのです」
アイリスが治癒を掛けながらそんなことを言うと、ここから少し離れた場所の上空で小さな火球が爆発した。炎魔術による信号弾である。
属性によって連絡が決めれており、炎は集合の意味だ。
「丁度、信号が上がったのです」
「どうやら集落の統率個体を倒したようね。行きましょう」
「はいなのです」
アイリスと先輩聖騎士は互いに頷き、身体強化で信号弾の上がった場所を目指す。途中で燃えている魔物たちの家も見つけたが、すべて無視だ。聖騎士にとって魔物とは絶対の敵なので、このように大虐殺をしても心が痛むことはない。
それが普通のことだと幼い時から教わっているからである。
鬼系や豚鬼系の魔物は半分近くが雑種級であり、低位級、中位級、高位級の順で少なくなっていく。しかし、ここまでの数が集落を形成しているのは珍しく、統率個体は強力な魔物だと推測されていた。
そして今の信号弾が上がったということは、それを仕留めたということ。
一体、どんな魔物が集落を纏めていたのか、アイリスは気になっていた。
(災禍級なんて見たことないのです。ちょっと楽しみなのです)
不謹慎だが、そんなことを考えてしまう。
魔物が雑種級から低位級に進化するのはよくあることだ。そして中位級もそれなりの数は存在している。高位級も一年に一回以上は発見されるレベルだ。
しかし災禍級は本当に珍しい。
聖騎士が手早く危険を摘み取っているのも理由の一つだが、滅多に見られるものではないのだ。下手すれば一生、目にすることもない。
だから、アイリスは怖いもの見たさで少し楽しみにしていたのである。
「む? アイリス?」
「おー、アイリスちゃんも無事かー」
「先輩方!? はい、私は無事なのです」
「ちょっと、私もいるでしょう。なんでアイリスにだけ声を掛けるのかしら?」
途中で別の先輩騎士ペアとも合流し、四人で目的地へと駆けた。
可愛らしく、陽魔術が使えるアイリスは聖騎士の中でも人気で、特に先輩騎士からは気にかけられることが多い。迷惑で情欲の込められた視線を投げかけてくる者も多いので、別に嬉しさはなかったが。
ともかく、破壊され、魔物の死体が転がり、各地で炎が上がる集落を走り続け、四人は少し開けた場所に出た。
そこが信号弾の上がった場所であり、中心付近では本作戦のリーダーであるザムスが佇んでいる。
ザムスは右手のハルバードで小鬼王を突き刺し、左手を水に変化させて人間らしき姿の何者かを捕えていた。
「む? 来たか」
ザムスが振り返ると、彼の体で隠れていた囚われの何者かがハッキリと見える。
それはアイリスにとって、見覚えのある人物だった。
「……シュウさん?」
「……………アイリスか」
シュウは弱った声でアイリスの名を呼ぶのだった。