14話 襲撃
霊体化したシュウは浮遊しながら魔物集落を漂っていた。アイリスの休日以外は森の中で過ごしているので、このように暇人をしていることが多い。何もせず時間を費やすというのも悪くないもので、眼下の魔物たちが少しずつ集落を発展させる様子を見るのも面白い。
五年も続けば、かなり文化的な集落になっていた。
(安定的に狩りをするようになってきたな)
小鬼や小豚鬼などの器用な魔物が道具を作り始めたことで、上位種たちが狩りで成果を上げるようになった。これによって魔物も順調に増え、集落も大きくなった。
こうして観察して気付いたことだが、魔物は増え方に種類がある。
一つは生殖による通常の増え方、もう一つは魔力が集まることで自然発生する増え方である。勿論、この集落は前者の方法で増えた。そしてエルデラ森林で偶にハグレ魔物が出るのは自然発生のせいだった。
これも五年の間に気付いたことである。
(惰性でボスをやってきたけど、思ったより気に入ってしまったな)
この世界で魔物として目覚めてから六年。段々と内面も落ち着いてきた。生まれた当初は強くなって進化することだけを考えていたが、今は少し心情的余裕がある。
アイリスと関わっていることも影響しているのだろう。少しずつ、知識だけでなく感性も人間的になりつつあった。
(……ん? 狩りに出てたやつらが戻ってきたか)
魔力感知で強めの魔力を感じ取る。中位や高位の魔物が戻ってきたのだ。しかし、数が少ない。狩りの途中で殺されてしまったのかと考える。
(まぁいい。報告に来るだろ)
魔物も生きているのだから、食料を手に入れる必要がある。その際、動物を殺しているのは確かだ。そうやって命を頂くのだから、逆に殺される覚悟もある。
なので、シュウとしても魔物たちの死は仕方ないで済ませていた。
しばらくすると、鬼系のまとめ役である小鬼王が報告に来た。
(シュウ様、報告です)
(狩りに出てたやつのことか?)
(はい、人間に遭遇し、半分以上が殺されました)
(人間が?)
それは予想外だった。
狩りは森の中層より奥でやるように指示しているので、人間に遭遇することはない。シュウは小鬼王を問い詰めた。
(森の浅いところまで行ったのか?)
(いいえ、人間が森の奥までやってきたのです)
(中層だけじゃなく奥まで……? 拙いな)
どういう経緯で人間がエルデラ森林の奥まで来たのかは知らないが、魔物集落のことを知られた可能性がある。もしかすると、討伐のためにやってくるかもしれない。こんな森の奥に来てまで討伐する利益があるかと言えば皆無だが、魔神教という宗教がある以上、可能性はあった。
魔物討伐が教義の一つなので、危険と判断されると聖騎士を派遣されかねない。
(暫くは様子見か)
不安に感じつつ、シュウは魔物たちに注意するよう指示を出すのだった。
◆◆◆
イルダナの大聖堂は聖騎士たちの拠点でもある。一般に公開されている聖堂の裏に聖騎士用の詰め所が設置されており、作戦の会議などもそこで行われる。
そして今日はイルダナの全聖騎士が招集され、会議が行われていた。
議長を務めるのは、イルダナ大聖堂を纏める司教である。
「資料は行きわたりましたか? 全部で三枚あるはずですが」
特に声は上がらなかったので、司教は会議を進める。
「先日、神聖グリニアの首都マギアにある総本山から予言の通達がありました。その予言はどうやら強力な魔物の誕生を示唆しているようです。そして調査を進めた結果、その兆候らしきものをエルデラ森林の奥で発見しました。それが資料の一枚目です」
残念ながらエルデラ森林は未開の土地だ。故に地図など存在せず、森の奥に関する情報はかなり大雑把なものとなっている。
しかし、問題はそこではない。
森の奥で中位や高位の魔物が大量に見つかったというのが問題だった。
調査に派遣された聖騎士が即座に討伐したものの、半分近くは逃げられてしまったのだという。
「もしかすると集落があるのかもしれません。そして集落があるということは、そこをまとめるボスが存在するということ。これが予言に示されている強力な魔物だと思われます。二枚目の資料が予想される魔物の種類です」
聖騎士たちが二枚目を見ると、魔神教が保有している魔物のデータが記されていた。
調査の段階で見つけたのは鬼系と豚鬼系の魔物だった。集落を纏めているのはその上位種と考えるのが妥当だろう。
災禍級の大鬼王、そして豚鬼王が最も確率の高い候補だ。それ以外の魔物データも載っているが、聖騎士たちは特にこちらのデータに目を向けていた。
それが分かったのか、司教は追加で説明する。
「災禍級は大都市が滅びることもある強さの魔物です。Aランク複数名、またはSランク一名ならば討伐可能と言われています。状況によっては他国からSランクの聖騎士を呼ぶことも考えていますが、今の段階ならばAランク聖騎士で十分と判断しました。ただし、これは私の判断です。現場で実際に戦うあなた方の意見も聞きたいのですよ」
イルダナ所属の聖騎士にはかなりのAランク魔装士がいる。それに、元から聖騎士はトップレベルの実力者ばかりなのだ。災禍級であったとしても充分に討伐可能だというのは、間違った判断ではない。
話を聞いていた聖騎士たちも同意見なのか、特に反対はなかった。
彼らは聖騎士にも選ばれたエリートなのだ。魔装士の中でも、特に力と可能性を持つ者だけが就ける憧れの地位が聖騎士なのである。魔装士の中でも百人に一人の才と言われるAランク魔装士も、何十人と所属しているのだ。
たとえ災禍級だとしても負ける要素はない。
「決して失敗は許されません。神子姫の予言では、選択を誤った時、地獄のような光景が私たちの前に現れると示されています。ここで災厄の芽を摘まなければなりません。いいですね?」
『はっ!』
全ての聖騎士が一斉に返事をする。
方針も一致したところで、次の話へと移った。
「さて、三枚目の資料を見てください。調査計画について記してあります」
全員が最後の資料を眺めつつ、内容を頭に入れていく。
調査エリアであるエルデラ森林の進行ルート、調査日数、予算なども大雑把であり、無計画と言っても差支えがないレベルの計画書だ。しかし、エルデラ森林の浅い層はともかく、中層以降ともなれば判明していないことの方が多い。
大雑把な計画書になっても仕方がなかった。
しかし、これは聖騎士に対する強さの信頼でもある。
聖騎士ならば、どのような不測の事態でも対処できるだろうと考えて、このような穴だらけの計画になっているのだ。
「もうお気づきでしょう。この計画書には目的が記されていません」
司教がそう語ると、聖騎士たちは全員で頷いた。
「今回は予言に対する調査、そして可能ならば脅威の討伐です。新たなる魔物の『王』を出現させないために、必ず成し遂げなければなりません。しかし、どのようなことが起こるか不明なので、この書類には特に目的を記していないのです」
魔神教……特に総本山である神聖グリニアにとって、『王』の魔物は大きな意味を持つ。強大過ぎる力を持った『王』は、人と言う種を滅ぼしかねないのだ。
教会の人間である聖騎士もよく理解していた。
決して『王』を誕生させてはならない。
仮に誕生するならば、国の一つや二つが滅びることは覚悟しなければならないのだ。
それが災禍級、破滅級、絶望級と呼ばれる領域の存在なのである。
大鬼王、そして豚鬼王も災禍級であり、名称に王と付いているが、これらは『王』の魔物とは区別される。ある意味、魔物の中でも覚醒した特殊個体が『王』という存在なのだ。
「では、この作戦に選ばれた聖騎士を発表します。それ以外の聖騎士は、イルダナの守護を担当して頂くことになるので、ご留意ください。
まずはザムス・シュリフ殿、次に――」
司教が順番に名前を上げていき、選ばれた聖騎士はその場で立ち上がる。選ばれた聖騎士は全部で二十人であり、これだけいれば災禍級の魔物すら屠ることが出来ると思われた。
そして二十人目の聖騎士が読み上げられる。
「――最後に、アイリス・シルバーブレット殿」
シュウのお蔭で魔術を使いこなし、今では風魔術と陽魔術のエキスパートとまで呼ばれるアイリスも当然の如く選ばれた。特に、陽魔術の回復は非常に有用である。不老不死という魔装の特性上、殺されることがない回復役なのだ。
どんな作戦でも重宝される。
(よし。頑張る!)
聖騎士を続けて三年。
不老不死の魔装も正式に認められ、遂にAランク魔装士となったアイリスも、作戦参加が決定したのだった。
◆◆◆
シュウは珍しく集中していた。
魔物集落から少し外れた場所に一人で赴き、魔術陣を展開して真剣な表情を浮かべていたのである。その魔術陣は円形ではなく球形。既存の魔術陣とは別物だった。
そして球形魔術陣の中央には、漆黒に染まった小さな小さな球体が浮かび、黒い光が稲妻のように閃く。
しかし、その魔術は発動されることなくシュウが霧散させた。
(…………やっぱり魔力が足りないか)
イメージしている魔術は《斬空領域》以来の自信作だ。術式の構築は殆ど完成しているのだが、制御するための魔力量が足りない。
高位級の精霊ですら足りない魔力量となれば、どうすれば良いのか見当もつかなかった。また、今回の実験でそれなりの魔力が減っている。また、ハグレ魔物を狩って蓄積しなければならない。
(やっぱり進化しないとダメか?)
エルデラ森林に出現するハグレ魔物を狩ったり、三年前には聖騎士ユミル・バラードを返り討ちにしたりすることで魔力は蓄積されている。しかし、これ以上の進化を果たすにはまだ足りないのだ。
シュウには精霊として蓄積できる魔力量の限界が何となく把握できているので、そこに達すれば進化できると考えている。魔力制御能力が上がり、自分の中の魔力も詳しく把握できるようになったお蔭だ。
(いや、別にいいか。威力高すぎて扱いにくい魔術だし、すぐに使える必要もないだろ。《斬空領域》だけでも充分だ)
シュウはそう結論付けた。
正直、敵を倒すだけなら《斬空領域》で充分なのである。人間や魔物を殺すために、大爆発のような大規模攻撃は必要ない。首に斬撃を走らせるだけで簡単に敵は死ぬ。
寧ろ《斬空領域》の範囲を広げて、自由自在に扱える方がよほど強いのだ。
分解魔術によって結合を破壊するということは、鎧などでも防ぐことが出来ないということ。
魔装士が防具型の魔装を使ってきたとしても、攻撃に不足はない。
(帰るか)
シュウが今日の魔術鍛練を諦めて集落に戻ることを決めた時、遠くで爆発音が響いた。
咄嗟にその方向を見ると、少しばかり心当たりのある場所で煙が昇っている。
(ちっ……目を離した隙に何者かが集落を襲いやがったな)
あの集落はシュウが七年も見守ってきた場所なのだ。
破壊されるのは癪である。
それに、少し前には狩りに出た魔物たちが人間たちに多く殺されたと報告を聞いた。その時の人間たちが襲ってきたのかもしれないと危惧する。
即座に加速魔術陣を展開し、シュウは実体化して思いっきり地面を踏み込んだ。すると、加速魔術も相まって、凄まじい勢いを得る。
シュウは一直線に集落へと戻るのだった。