110話 終焉級
ベルオルグの首を落としたのはシュウだった。
地上から近づくのは危険なので、浮遊して空から近づいていた。すると、秘奥剣聖とベルオルグが戦いを繰り広げ、遂にベルオルグが両目を奪われた所に遭遇した。
シュウにとってそれは大チャンスである。
暗殺者として鍛えた気配隠しと魔力隠蔽で息を潜めつつ、隙を見つけて死魔力を発動しつつ加速魔術で落下した。そうしてベルオルグの首を切断したのである。
「終わりだ。『死』」
首から噴出する魔力をシュウが吸い取る。『王』ほどの魔物になれば、首を消し飛ばされても再生することがある。ベルオルグも首を落とされて再生するほどの力は持っていた。
そこで、シュウは死魔法で再生の魔力を奪い取り、完全に殺すことにしたのだ。
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
容赦なく、慈悲もなく、反撃の隙も与えず、シュウは一方的にベルオルグを殺す。流石に『王』の魔物は一撃で魔力を奪い取れず、何度も死魔法を使う。
これまでとは比較にならないほどの魔力が蓄積されていくのを感じた。
ベルオルグは再生もできず、獄炎に包まれた帝都へと墜落する。それでもシュウは死魔法を使い続け、ベルオルグから魔力を奪い続けた。急速に消えゆく魔力のため、ベルオルグは徐々に肉体が崩れていた。竜鱗は剥がれ落ち、翼には穴が開き、爪は鋭さを失くし、無様に消えゆく。
獄王の終わりとは思えない、酷い結末だ。
逆に冥王は栄華へと昇りゆく。
「いい加減! 死ねぇぇぇっ!」
まだ獄王の魔力は三割ほど残っている。
だが、この時点でシュウは臨界点へと達した。つまり進化へと至った。シュウは青白い魔力光に包まれ、上位の存在へと進化する。
魔力吸収に特化した魔法を有するシュウですら五年以上もかかった進化。六人の覚醒魔装士に何万人もの魔装士、そして『王』の魔物を喰らってようやく至った進化。
莫大すぎる必要魔力は、魔物として最上位の存在に至るための壁だった。
シュウを包み込む光が消え去り、代わりに死魔力が滲み出る。シュウはその死魔力を制御し、自らの内側へと収めた。
「これが最後の進化、冥天輝星霊」
長かった始原魔霊としての魔力上限を突破し、次の段階へと至った。
同時にシュウは気付く。
「魔力上限が感じられない。ここからは魔力を溜める一方だな」
最終進化というだけあって、魔力上限はない。無制限に蓄え続けることができる。シュウはそれだけの器となった。
小さな器に強大な魔力を閉じ込めている影響か、シュウから放たれる魔力の気は深淵を思わせるほど深く濃く、そして黒い。
シュウは再生しようと魔力を垂れ流すベルオルグに向かって手を伸ばした。
そして残る三割ほどの魔力を掌握する。
「『死』」
制御能力が向上したお蔭で、ベルオルグの魔力を一気に奪い尽くした。魔力を喰らい尽くされたベルオルグは存在を維持することができず、消滅する。
後にはベルオルグの放った獄炎魔法だけが残り、帝都を焼き続けていた。
そして感知力の高い秘奥剣聖はシュウを見て目を大きく開く。
(まさか冥王が進化を……あれでは絶望級どころではありませんね。私も初めて見る、世界を終わらせる魔物……終焉級)
獄王ベルオルグの復活、そして冥王アークライトの出現。
スバロキア大帝国は不幸にも『王』の魔物によって滅ぼされ、革命軍によって漁夫の利を狙ったかのように革命が成功する。
後の歴史ではそのように記されることとなった。
冥王が終焉へと至ったことは、一部の者だけで秘匿される。
◆◆◆
緋王シェリーと神聖グリニアの戦いは一時の停滞を迎えていた。
覚醒魔装士にしてSランク聖騎士、『樹海』のアロマが切り札を行使したことでシェリーを封じ込めることに成功したのだ。
そして封印に成功して四日目。
遥か西のスバロキア大帝国が二体の『王』によって滅びた頃のことだ。
「では予言をお願いします」
アディバラ大聖堂の奥でアロマとフロリアが司教の前に立ち、予言を賜っていた。一時撤退した二人はアディバラ大聖堂を経由して神聖グリニアのマギア大聖堂へ予言を要請した。
その結果が届けられたのである。
司教は紙を広げ、神子姫の魔装により与えられた予言を告げた。
「『嘆きの王は絶望する。
悲しみの王は血の涙を流す。
絶望の王は渇望する。
罪過の血は流れ
血は血を呼び覚まし
千年の王国を築くだろう。
悲運の宿命に侵され
不幸と憎悪が拍動する。
戦いは終わらず
復讐は潰えず
血の聖戦は繰り返す。
開戦は九の太陽の先に』」
「それが予言ですか?」
「はい」
基本的に予言は曖昧だ。
その曖昧な予言を解釈することで、何となくの意味を理解する。勿論、司教は解釈も受け取っていた。
「嘆きの王、悲しみの王、絶望の王……これらは緋王を表していると考えています。そして緋王は何かが要因で悲しみに暮れているのでしょう。その悲しみを怒りや復讐の心に変えて、私たちに襲いかかる。戦いは終わらず、復讐は潰えず、血の聖戦は繰り返す……とあるように、緋王は決して諦めないのでしょう。上手く戦って撤退を促すというのは難しいかもしれません。恐らく、その時は九日後でしょう」
「分かりやすく端的に言えば、緋王を消滅させるほかないと」
「その通りですフロリア様。あるいは封印という手段を取るしかありません。かつてスバロキア大帝国が獄王ベルオルグを封印したように」
司教ほどの者になれば、『王』の魔物がどれほどの存在かよく理解している。覚醒魔装士ですら太刀打ちできない存在だと知っているのだ。故に、倒せとは言わない。決して言えない。
アロマも苦言を漏らした。
「倒すのは難しいわね。私の切り札を使っても封じ込めるだけでギリギリ。それに、近い内に封印も解けるでしょう。永遠、あるいは長期にわたって封印するのは困難ね。確か大帝国は……」
「はい。とある覚醒魔装士が命を懸け、自身の魔装へと封印しました」
司教も少し言いにくそうだ。つまり、覚醒魔装士たちに命を捨てろと言っているようなものだ。
だが、他に方法はない。討伐できないと分かっているので、残る手段は封印だけだ。そしてこの場にいる覚醒魔装士はアロマとフロリアだけ。どちらかが死を決断しなければならない。
「私がやります」
アロマが告げた。
その眼は強く輝き、魔力は活気に溢れている。覚悟はできているのだろう。彼女は三百年前に覚醒へと至り、長く聖騎士として教会に仕えてきた。
不老の彼女は、ある意味で命の使いどころを探していたのかもしれない。
人間にとって三百年は長すぎる。
だが、フロリアは渋った。
「いえ、私がやるべきです。アロマさんはまだ教会に必要。死ぬべきじゃない」
「封印は私の方が向いている。それにフロリアは封印の術を使えるのかしら?」
「それは……」
アルベインが自身の魔装に獄王を封印したという事実は伝わっている。その方法は魔装を器として封印を実行するというものだ。
だが、その術の詳細が伝わっているわけではない。
当然、魔術にも封印の術式などない。
フロリアでは緋王を封印することはできなかった。時間をかければ封印方式を構築できるかもしれないが、今は時間がない。九日後に緋王はアロマの封印を破り、暴れ出す。それまでに完全な封印を行わなければならない。
「私なら完全な封印ができる。私自身を封印の要として組み込めば、永久の封印が可能よ。力なきものが近づいて封印を解かないように、工夫することもできる。いつの日か教会が『王』を倒せるようになった時、封印に辿り着くための鍵を託すわ」
「ですけど」
「気に病む必要はないわ。フロリアはいつか『王』を倒せるようになってね。まだこの大陸には三体の『王』がいるのよ」
「不死王、獄王、冥王……」
「そうよ」
まだ二人は獄王が復活し、殺されたことを知らない。
そして冥王が終焉級に至ったことも知らない。
「私が行くわ。後のことを託すために」
アロマは掌の上に木製の鍵を生み出した。両手に乗るほど大きいその鍵こそ、アロマの封印を解く鍵である。いつか緋王シェリーを倒すときのためのものだ。
「必ず、倒します」
決意と覚悟を心に、フロリアはアロマの鍵を受け取った。
翌日、アロマは緋王シェリーを完全に封印するため、封印の地へと向かった。そこにはシェリーを閉じ込めた巨大樹がある。八日後には解けてしまう封印を強化するため、アロマは人柱となる。
『樹海』の名の通り、巨大樹を中心として樹海の結界を生み出した。侵入すれば魔力を吸われ、方向感覚を惑わされる。決して中心部にある、封印の巨大樹へと近づけさせないために。
こうして大陸東側の運命は、延命という形で分岐した。
そして西側は冥王によって滅びの運命に至った。
いつだって人は愚かで、賢い。
運命の辿る分岐は、多くの未来を知ることで選択できる。未来視を可能とする神聖グリニアが覇権を握る未来は、必然だったのかもしれない。愚かな人間も、未来はより良いものを望むのだから。
魔物の強さの分類
雑種:魔装士でなくとも簡単に倒せる
低位:Fクラス(候補生)で討伐可能
中位:Dクラスで討伐可能
高位:Bクラスで討伐可能
災禍:大都市が滅びる、Aクラス複数名で討伐可能、Sクラスで討伐可能
破滅:軍隊で討伐不可能、Sクラス複数名で討伐可能
絶望:国が滅びる、複数国家が大量の高位魔装士を出せば討伐可能
終焉:討伐不可能