109話 決死の二撃
シュウは一度戦場から離れていた。
獄王ベルオルグが暴れまわり、帝都を蹂躙している様子を観察していたのだ。
そこへアイリスと『鷹目』が転移してきた。
「シュウさん! 私、頑張ったのですよ!」
「ああ、よくやったな。それより傷はどうだ?」
「治ったのですよ。全く問題ないのです」
それを聞いて安心した。
以前、聖騎士セルスター・アルトレインは魔装を封印する攻撃を使ってきた。そのせいでアイリスは不老不死の魔装を封じられ、再生もできなかった。
だが秘奥剣聖の魔装にそんな効果はなかったらしい。
「それで『死神』さん。首尾はいかほどで?」
「見ての通り、だな」
「陽が沈むまでに帝都は消滅しそうですね」
シュウ、アイリス、『鷹目』が計画した通りである。
つまり黒猫幹部の戦いは神聖グリニア側が勝利した。革命軍の革命も成功し、神聖グリニアは魔神教を大陸全土に広げる。
「で、『鷹目』……俺たちの隠れ家になりそうな場所は見つかったか?」
「候補はありますが……安住の地とするには厳しい場所が多いですね。噂だけの場所もありますから、そちらも折を見て確かめておきましょう」
「俺はそろそろ仕上げに入る」
今回の目的は人間を殺すことでも、大陸を滅ぼすことでもない。
人間に一時的な勝利を与えることが目的だ。
そのためにはシュウ以外の『王』は邪魔となる。魔法と魔力の本能に飲み込まれた魔性は必要ない。獄王ベルオルグは利用するだけ利用した後、糧として力を奪い取るつもりだった。
「ああ、少し待って下さい」
「ん? どうした『鷹目』」
「少し相談が」
『鷹目』はシュウを連れて、木陰へと向かう。勿論、アイリスもついて行こうとしたが『鷹目』は拒否した。
「アイリスさんは少し待っていてください。大事な話がありますから」
アイリスは少し膨れたが、大人しく従った。シュウが目で合図したからである。
そして二人はアイリスに聞こえない場所まで行った。
「話ってなんだ?」
「アイリスさんの魔装についてです。『死神』さんも気付いているのでしょう?」
「ああ、あれは不老不死の魔装じゃない。恐らくな」
「あの様子ではアイリスさん自身は気付いていないでしょうね。本当の力に気付かせますか?」
「その内な。意識して使えば、変わるかもしれない。話はそれだけか?」
「はい。しかし早めに力の使い方を教えるべきだと進言しておきます。アイリスさんの力は、使い方を間違えれば危険極まりないですよ」
「理解しているつもりだ」
シュウと『鷹目』はアイリスの魔装について予測はしている。仮に予測が正しいとすれば、危険な使い方も可能となるだろう。今はその一部だけしか使っていないため、危険はないが。
下手をすれば『王』の魔物すら消滅させることができる。
今のアイリスでは魔力が足りないだろうが、覚醒すれば話は別だ。いずれは力の使い方を教えなければならない。
「今は獄王が先だ」
話は終わったとばかりにシュウは木陰から出る。
するとアイリスは小走りで近寄ってきた。
「シュウさんはこれからどうするのです?」
「ああ、そろそろ獄王を殺してくる」
「殺すのですか!?」
「俺たちの目的からすれば邪魔になるからな。殺して俺の魔力にする。『王』レベルの魔物を殺せば、俺も次の進化に至るだろ」
シュウのもう一つの目的。それは進化である。
始原魔霊となって五年以上経っても、次の進化までは遠い。そのため、獄王ベルオルグを殺すことにした。そうして魔力を手に入れ、進化に近づく。
今のシュウは、人間の定めたランクで絶望級だ。
上から二つ目の脅威度である。
逆に言えば、これほどまでの力を以てしても絶望級止まりなのだ。東のディブロ大陸に住むと言われる七大魔王の中には、最上位の脅威度を冠する存在もいるという伝承もある。計画のためには次の進化まで至りたい。
「シュウさん」
「なんだ?」
「応援しているのですよ!」
アイリスを魔女とした魔神教を潰すため。
シュウにとって邪魔となる神聖グリニアを潰すため。
そして『鷹目』の復讐のため。
計画の第一段階、その最後が始まった。
◆◆◆
獄王ベルオルグは一人の人間を殺すために魔法を放ち続けていた。
その人間とはアディル・クローバー大将軍。竜杖保有者の最後の一人である。自身の力を奪い取って利用した人間を許すベルオルグではない。殺し尽くすまで諦めることはない。周囲を飛び回る小さな剣士など目もくれず、アディルだけを狙っていた。
勿論、アディルも無駄に殺されるわけではない。大将軍として、大帝国最強クラスの一角として、逃げながらもベルオルグと戦っていた。
「う、おおおおおおおおっ!」
彼は『機装』の魔装士。
大量の砲台を生み出し、そこから魔力砲撃を打ち出す。当然ながら、ベルオルグとは相性が悪い。魔力すら焼き尽くすベルオルグの獄炎魔法は、防御膜としても使える。獄炎を纏うことで、大抵の攻撃は焼き尽くせるのだ。
(ぐぅうぅぅうぅぅぅっ!)
もう魔力がない。
Sランク魔装士の称号を有する彼でも、魔力は有限だ。『王』の魔物を相手に戦い続ければ、あっという間に魔力が無くなる。節約して戦おうとすれば、一瞬で燃やされていた。
今のアディルは半分を身体強化の無系統魔術に割り振り、残り半分を魔装に使っている。
(せめて秘奥剣聖殿の剣が通れば……)
秘奥剣聖は移動を繰り返し、時には魔力障壁を足場にしながら空中を跳び回る。そして目や口の中といった弱点を狙い続けている。
しかし、絶え間なく放たれる獄炎魔法が邪魔だ。
いったい、どれほどの魔力を内包しているのだろうか。都市を丸ごと焼き尽くしても弱体化する様子がない。大量の魔力を消耗すると魔物は弱体化するため、アディルはそれを狙って時間稼ぎをしつつ囮役も担っていた。しかし、これではアディルが先に消耗してしまう。
「おおおおおおおっ! おおおおおおおおおおおおおおっ!」
あと少し。
もう僅かでも希望があれば違ったかもしれない。
前に進む希望さえあれば、アディルも覚醒していたかもしれない。
しかし、大帝国は滅びへと至ることが確定し、アディルは未来への希望を失った。彼にも家族がいる。その家族の消息も不明だ。残る感情は諦めと、復讐のみ。これでは世界の法則すら塗り変える覚醒へ至ることもない。
最後の魔力を魔装に込める。
正真正銘、最後の魔力だ。この魔力は生命力すら削った、命懸けの一撃である。魔装の砲台に青白い光が灯り、それは徐々に黒へと近づいた。
「後は、託しま―――」
青と黒が混じった砲撃が放たれる。高密度の魔力は獄炎で削られつつも、ベルオルグに向かって進んだ。莫大な獄炎がアディルの命を懸けた一撃と一瞬だけ拮抗し、獄炎が全てを包み込む。幾ら命懸けの一撃でも、魔法はさらに上を行く。アディルは焼き尽くされ、死体も残らない。
しかしアディルもこれでベルオルグを殺せるとも、傷つけることができるとも思っていなかった。
その役目は秘奥剣聖である。
「感謝しますアディル殿」
ベルオルグは最後の殺害対象を始末して油断もしていた。
そして自身の放った巨大な獄炎で視界も狭くなっていた。
そして秘奥剣聖は気配を読み、隙を突く歩法の達人だった。針の穴を通すような、ほんの小さな気配の隙と空間の隙。秘奥剣聖はそこに魔装の刀を伸ばした。
その一撃は見事にベルオルグの左目を抉る。
「ガアアアッ! グガアアアアアッ!」
叫び声だけで空気が震え、帝都の建造物が一部崩壊した。
「もう片方も頂きますよ」
ベルオルグが痛みと驚きで呻く。そのような大きい隙を逃す秘奥剣聖ではない。また、ここで秘奥剣聖のターンが終われば、もう二度と攻撃のチャンスはやってこない。ベルオルグを倒し切らなければならないのだ。
魔装も使えないただの人間が魔力を覚醒させ、覚醒魔装士となった。秘奥剣聖は他の覚醒魔装士と比較しても強靭な精神を有する。
「はっ!」
「グルルルルアアアアアアアッ!」
右目も貫かれ、ベルオルグは視力を失った。
実体を持たない霊系魔物は失った体を即座に再生できるが、普通の魔物はそうもいかない。『王』の魔物であるベルオルグなら、両目の再生は簡単だ。しかし、即座にというのは難しい。通常、魔物は魔力を肉体に変質させて再生するのに数日以上の時間がかかる。ベルオルグほどになれば戦場での再生も可能だが、それでもゆっくりとしたものである。少なくとも数分は見えないままだ。
ベルオルグは全身から獄炎を噴き出した。
獄王はまさに地獄の王。
この世を地獄へと作り変える力を持っている。
「おのれおのれ! 我の目を奪いおったな!」
ベルオルグは獄炎魔力を使った。赤色の混じった、禍々しい黒い魔力。それが空間を侵食し、空と大地を荒廃したものに変える。
黄昏のような不気味な空。
獄炎の大地。
まさに地獄である。
獄炎魔力は触れた対象を獄炎に変質させてしまう。つまり燃やされるのではなく、獄炎に変わる。
シュウの予想とは異なり、秘奥剣聖はベルオルグの本気を見事に引き出した。
(攻撃は無理ですね)
このまま攻撃を続けたかったが、秘奥剣聖は断念した。
そして回避のため、気配を消して足に力を込める。だが、ベルオルグの殺気はしっかりと秘奥剣聖を捉えていた。
(勘が良い! これでは回避も……)
ベルオルグの口元で獄炎魔力が圧縮される。魔力を圧縮して放つ攻撃だが、概念魔力で放つと威力が桁違いとなる。放てば一瞬で一帯を地獄に変えてしまう。当然、秘奥剣聖も直撃を受ければ即死だ。
死ぬ。
そう直感した。
だが、その直感は外れる。
「ついでに命も奪ってやるよ」
そんな言葉と共に黒い魔力が天から落ちた。同時に、ベルオルグの首も落ちた。