そして途方にくれても
何度も聞き直した。忘れているんじゃないのか、とぼけてんじゃねえぞと。
「すまん、やーっぱ知らない。他のクラスじゃないのー?」
それでも水野の返事は同じだった。
「……そうか、いきなり悪かったな」
保育園児時代からの付き合いでわかる。下らない嘘などついていない顔。
「圭吾っちもう帰るのー?」
「ああ……用事があるんだ」
水野は成績こそ平均以下とはいえ、記憶力は人並みにある。そんなやつが、一年間も共に過ごしたクラスメイトの名前も姿も全く知らないという事があるのだろうか。
飛び出るように店から抜け出した。頭がこんがらがっている。何がどうなっているんだ。
平山さんも理解が追い付いていない表情をしていた。
何が、どうなっている。
「知りたい?」
悩んで頭を掻いていると声が。壁を背にし腕を組み佇む、先程のチャラい死神がいた。
「お嬢ちゃんがどういう状況なのか」
「知っているんですか!?」
「さっき調べたんでね」
平山さんの問いかけに対し、やれやれといった態度の死神は歩き出す。
「そっちの彼が通行人から頭おかしい人~なんて思われないよう、場所を移そうよ」
危険だと分かっていても、ついていくしかなかった。
しばらく歩けば人気のない路地。この町の外は都会にあるような建物などない、ちょいちょい田んぼがその代わりとばかりに場所を埋めている地域ばかりだ。
「お嬢ちゃんのことだけどさ……」
はあ~、と息を吐く死神。それほどに言いづらい話とでもいうのか。
「死んでいるっていうか――――――存在していないんだよ、その子」
「……え?」
「君の過去とか調べたんだけどさ、全然出てこなかったわけ。不自然なほどにね」
そんな馬鹿な……だって平山さんと学校での話で盛り上がったぞ。あるあるネタも語り合えたほどなのに、おかしいじゃないか。
「おかしいんだよ。現に君達の格好、学生だよね? その学校にも痕跡がなかった」
「そんなこと……嘘……」
ありえない。そう反論したかった。
しかし、水野の反応を見た後では、俺には口にできなかった。
クラスメイトですらない、今日まで彼女の存在すら知らなかった俺には。
「お嬢ちゃんさ――――――本当に存在してたの?
記憶は確かなものなの?
友達もいなかったんじゃないの?
学生ってのも偽りじゃないの?」
畳み掛けるように次々と言葉を吐く死神。堪らず平山さんが頭を抱えしゃがむ。
「そんな! 違う、私は……!」
「もしかしたら君は生まれたときから死んでいてさ。その姿も名前も記憶も勝手に作り上げたり、他の人からパクっちゃったんじゃないの? 自分が存在していると主張していたら、そんなことになっちゃったとか」
「違う……チガウ……!」
「でもやっぱり自分は死んでいるって認めちゃっていたから、今日死んだってことにしたんじゃない?」
「チガウ! ワタシハ――――――」
「言いがかりだと思う? でも君はそれを証明できない。
君が知っていても、誰も君を知らない
君は存在していなかったんだ」
「ワタシ――――――」
明らかに平山さんの様子が好ましくない。まるで自分を失っていくように取り乱している。
「辛いよね、そんなことになっちゃって」
地に座り込み俯く平山さんに、さも同情しているかのごとく死神は近づく。
「そんなに辛いなら、ボクがその辛さごと消してあげるさ」
仕事のために。
命を刈り取るために。
「もう存在していても、しょうがないでしょ」
「待ってくれ」
平山さんの前に立つ俺に、死神は意外そうな顔をした。
「なんだい。君には関係ないだろうに」
興味ないとばかりの冷淡な反応。それでも構わない。
「関係なら、あります。平山さんを助ける約束です」
「どうやって?」
声が震え、敬語になりながらも対峙する俺に、死神は苦笑する。
「それは……後々考えます」
死神がズコーっと口に出してまでリアクション。
「ないんじゃないかな、そんなもの。諦めなって」
「それだけは、無理です」
「頑固だねえ~。なにが君をそうさせるの」
「それは――――――」
視線を一度平山さんへ向けた。
もしかしたら俺まで死ぬことになるかもしれない。そんな緊張感の中、それでもハッキリと口にする。
平山さんに少しだけ話した出来事の。あの日、水野に助けてもらった時からずっと心に残り続けた。じいさんに茶化された時は否定したけれど、それでも嬉しかった。
今は――――――
「友達だから」
今だけは、ヒーローになりたいから。
「平山さんは、存在するための理由がある」
「ナカダイ……クン……」
「へ~」
じいさんのとは違う、下卑たニヤケ顔。その親しくなれそうもない笑みに少し苛立つ。
「どうせ無駄だろうけどさ、それなら時間をあげるよ」
死神の提案。
「明日のこの時間までにお嬢ちゃんがそのままだったら――――――ボクは仕事をする」
午後五時の放送が鳴り響く。どこかもの悲しいメロディと夕焼けに照らされた風景が、余計に心を焦らせる。
「それでいいかな?」
「……ああ」
下手に食い下がってもここでやられるだけだろう。ならば受けるしかない。もはや降りられない賭けなのだ。
「そんじゃ精々頑張りなよ、しょ・う・ね・ん」
捨て台詞を残し、ワープでもしたのか死神は文字どおり消えた。
カラスが鳴き、風が通り抜け田んぼの稲を揺らす。稀にくる静寂が心臓を締め付けるように苦しい。冷や汗が流れ、呼吸が荒くなっていたことに気づく。
俺は平山さんを庇っただけだ。守れたんじゃない。それでも。
「絶対に……見つける」
平山さんの過去、記憶、繋がり。全てを取り戻すために。
「平山さん」
片膝をついて、彼女と同じ目線へ。
「分からなくなって、答えられなかった――――――私の存在の意味」
「……どうしようもないって思うかもしれません」
自分が保てず、姿がさらに薄くなり今にも消えてしまいそうな幽霊。
このまま消えてしまうのかもしれない、止めどない涙を隠せぬ少女へ。目と目を合わせて。
「でも……じたばたするしかなくても、俺は――――――最後までやり遂げたいです」
たとえ手と手で触れ合えなくとも、言葉がある。俺の瞳には映っている。
「平山さんが諦めないなら、俺が平山さんの存在する意味になる」
臭い台詞で構わない。
平山さんが生き返る、せめてその時まで……側にいたいから。
「俺は諦めないから、ここにいます」
「……中代くん」
またも俯く平山さん。
「なんで生きているのかなんて、ずっと分からないのかもしれないけれど――――――」
俯いていた少女は、涙を振り払うように再び顔を上げた。
「ありがとう……! 絶対に私――――――諦めない!」
弱々しさのあった表情など、今の彼女にはない。
生きる。
決意の目が、そこにあった。
「私ね、生き返ったら……したいことができたの」
少し落ち着いた平山さんが話してくれた。まだ照れ屋な平山さんだが、自分の意見をちゃんと言えるようになったらしい。いったい何をしたいのだろうか。
「中代くん、私とそのっ、と、友達になりたいって言っていたから」
……そういや、あのチャラ死神と初エンカウント直前にそんなやり取りあったな。い、今更ながら恥ずかしくなってきた。
「生き返ったら、改めて――――――友達になってほしいって言いたい」
そ、それってつまり……俺と平山さんはもう、お友達?
「よ、よろしくね」
「ここっこ、こち、こちらこそよろろろしくおねおねお願いいいたしままます」
「ど、動揺し過ぎで丁寧過ぎるよ!」
エヘヘと笑う平山さんに、キュンとしてしまう。
こんなに彼女を助けたいと思うのは……初めての女友達だからだろうか。それとも――――――
胸のドキドキを感じつつも、現状の深刻さを和らげるように今はただ笑い合うのだった。