この出会いは運命か?
自分を認識した相手へ、幽霊側の台詞としては
「私が見えるの?」
が定型文ではなかろうか。自らの存在は確かにあると伝えるように。
彼女の反応はそれとは違う。
地獄に垂らされた蜘蛛の糸にすがるような、小さな希望を求める脆い言葉だった。
私は本当に存在しているのか。
「朝、登校の途中で目眩がして……だんだん力が入らなくなって倒れて……」
少し小柄ながらも出るとこ出てる、ショートヘアーの少女。なんだか全体的に儚さが醸し出されている。
彼女が目覚めた時には既にこうなっていたらしい。道行く人は誰も目を合わせず、声も届かず。
何故?
困惑する彼女を文字通りすり抜ける同級生達。
理解を、してしまった。
「私……死んじゃったのかな……」
こぼれ落ちた涙は、地面を濡らすことはなかった。
参った。どうしたらいいのだろう。そもそも俺に霊感あったのか。我が親いわく、赤ん坊の頃にそういう話があったらしいが、今じゃ心霊番組の『お分かりいただけただろうか』に
いや~ちょっと分からないっす(苦笑)
とツッコむくらいには鈍いのに。オーブってなんだ、紅に燃えるのか?人魂ですか?
「その、災難でしたね」
こんな無難な答えしかできない。こんなときリア充はどう対応するか教えて欲しい。
幽霊 慰める 方法 で検索して出るだろうか。
「あ、で、でも! いじめられていたってわけではなかったので! その、私のことが見えてもらえたので!」
どうしよう、俺が口下手だからか気を使われている。めっちゃ分かりやすい。顔の赤さで無理しているとすぐ察せる。
さすがにこれ以上恥をかかせるわけにもいくまい。人見知りでも、リア充第一歩のために相応の覚悟を見せよう。
「き、奇遇ですね。実は俺も幽霊なんですよ」
「え、ええ!? そ、そうだったの!?」
「友達の宿題を代わりに済ませたり」
「……そ、それってゴーストライターって意味?」
「俺が友人の計算ドリルを、友人が俺の計算ドリルをこなす完璧な方程式」
「それ自分でするのと変わらないんじゃないかな……」
「そ、そんな!? あいつ、虫食い問題だなって」
「ああ、穴が空いているって……」
俺の方程式にか? 俺の頭にか?
おのれウッチー、点数いいからって舐めおってからに。これじゃ零(霊)点ですねってやかましいわ。
「お、面白いお友達さんだね」
「気のいいやつらですよ、ほんとにハハハ」
若干空気が和らいだようだ。根本的な解決にはなっていないが、悪いわけでもあるまい。というか結構話に乗ってくれるようだ。
「わ、私もね、よく一緒にいてくれる友達がいるの。同じ二組にいる美尋って子で、陸上部の期待の星なの。リーダーシップがあって……」
それから彼女は親友のことを話してくれた。それほど彼女にとって大切な友達なのだろう、語る表情はとても明るくこっちまで嬉しくなる。俺も水野達のおもしろおかしさを教えたりして、次第に学校生活の話になり――――――
「この間の生命の話の授業、俺は気に入りましたね」
「あれ、いきなりだったからビックリしたよ」
あるあるネタにまで発展していた。学生ならではだろう。
「この前といえば、数学の抜き打ちテストも大変だったよね」
「あれは参った」
「先生、分からない生徒には宿題にするから……」
これこれ、こういうのをしてみたかったんだよ。これぞ青春、これぞリア充。
和やかなムードになっていた。
だが、ふと彼女は溢してしまった。
「美尋、数学が苦手だから泣きつかれちゃって困っちゃったよ。いっつも授業終わりに私の席に来て……」
俺にも覚えがある。ウッチーによく教わっていたから。時には水野が俺に教えられたりしたこともあった。
俺にとっての日常が、彼女にもあったのだ。
「二年生になっても、教えてもらいに……来たりして……」
また、話したい。
ただ、それだけの願いに、彼女の頬を涙が伝う。
今までできていた当たり前なことが、もう出来ないかもしれない。どれほど辛いことか。
思わず泣いてしまったらしく、彼女も戸惑っていた。慌ててハンカチを差し出すが、受け取ろうとした彼女の手はむなしく通り抜けるだけだった。
「――――――少なくとも、今なら俺はいますから」
「……うん、ありがとう」
ならばせめて、寂しさを誤魔化すくらい俺にさせてほしい。孤独は、心まで渇くから。
「しかしどうすればいいのやら」
時刻は午後三時。水野は通学途中にある本屋でスケベ本でも漁っているだろう。
俺も探したい本やCDがあるのだが、このまま彼女を放っておくわけにもいくまい。
救いの主でも現れてくれたなら――――――
「お困りのようじゃの」
な、何奴! 二人して声のした方を向く。
「お前さんだけな~ぜ下を向いとるんじゃ」
「上! 上だよ!」
ちょっとボケてみただけだよ! そこまでアホじゃないから哀れみの視線をやめて!
空に浮かぶ人影。髪と髭の白さと喪服の黒さが特徴的な、ニコニコ顔のじいさんが微笑んでいた。なんかホッホッホと笑いそう。
「ホッホッホ」
笑いおったわ。
「あ、あの。あなたも幽霊なのでしょうか……?」
どなたと質問するのではなく幽霊なのかと尋ねるとは、やりおる。
「うーむ惜しいのうお嬢さん。儂はじゃな――――――」
「死神とか?」
「しにが……先言われてしもた」
しょぼんとされてしまった。まぐれ当たりとはいえ悪かったよ謝るからいじけるのやめて「そんなんじゃモテんぞ」ンだとこのジジイィ!?
「え、えとあの、お二人とも落ち着いて!」
本来なら一番取り乱すべき人を差し置いて野郎二人が騒いでるの図。
「儂は死神じゃからな、死人の魂を回収しておるのじゃよ。ところがな、儂としたら大事な物を落としてしもうたんじゃ。で、探しておったらお前さん達を見つけたというわけでな」
「そ、そうなんですね」
「え~ほんとにー?」
「信じてくりゃれ~」
つねにニコニコしているのが胡散臭さを後押ししている。ノリは良さそうだし、悪いじいさんではないのかもしれんが……まだ侮れない。
「ほれ、空飛べるぞ。死神っぽい鎌もどこからともなく出せるぞ。トランプのジョーカーも持っておるぞ。な?」
「死神アピールがなんだかおかしいような……」
「じゃあ洒落乙なポエムを詠んでもらおうか」
「なんでそうなるの!?」
「お命を 頂戴致す 死神ぞ」
「五七五!?」
「うーん、これは……死神!」
「いいのかなその判定……」
普通の人間ではないのは分かった。あとじいさんと俺がボケ役でこの幽霊さんがツッコミ役なことも。
「その落とし物って?」
「それはじゃな――――――おお、お前さんが持っていたのか」
「え……ああこれか」
さっきからずっと握りっぱなしだったアクセサリーに気付き、じいさんに返した。驚きの展開でつい忘れていた。
「手汗で濡れとるのう」
「す、すんません。無意識に握ってて……大事な物を」
「いやいや。戻ってきたんじゃからな。感謝するぞい」
ハンカチでちゃんと拭いたアクセサリーを返すと、じいさんは大事に両手で受け取り、懐へ仕舞った。
ボロボロだったけれど、じいさんにとっては大切な何かがあるのだろう。形見だったりするのかも。
「って、死神の落とし物を拾えるってなんでだ」
「知りたいかの? 話せば長くなるが、これは儂が――――――」
「どれくらい長いの」
「1クールか2クール」
「じゃあいいです」
長話は覚えられない男、中代圭吾。
「ちぇーじゃ」
じいさんが拗ねても可愛くないぞ。
「わ、私は気になるかなー」
「誰かさんと違ってお嬢さんは優しいのう」
「あんまり付け上がらせない方がいいと思いますよ」
この子普段も周りに気を使っているのかな。大人しいし、親友の子がなんとかしているのだろうか。
「酷い言われようじゃのう。ならばお礼として、お嬢さんの問題を解決してみせようではないか」
やれやれ、おじいちゃんったらもう。
散々ボケ倒していて何を言い出したかと思えば、今度は現状の問題を解決するだとさ。まったくネタならネタと……
「「え、出来るの(ですか)?」」
二人揃って聞き返すと、じいさんはニコニコ顔を浮かべた。
じいさんからの提案に、二人ともポカーンとしてしまう。
正直、半信半疑である。実はこの二人して俺をターゲットに、どこかに隠しカメラがあってドッキリ大成功のプラカードを持っているのではないかとまで想像してしまうくらいだ。
それほどまでに、じいさんの話は眉唾物だったのである。
「本当じゃて。お嬢さんにチューすれば万事解決なんじゃて」
いや調子よすぎだろ白雪姫かよ。
「眠れる森の美女かもしれんぞ」
どっちでもいいわ! 勿体ぶったわりにはなんかありきたりな解決法で逆に信憑性に欠けるんだよ!
「これにはちゃんと理由があるんじゃがのう」
「んなこと言ったって……」
隣で一緒に聞いていた少女を一瞥。
「え、ええと、あの、そのぉ……」
ほら~! も~そんなこと抜かしおるからこの子が身体中レッドゾーンになってらっしゃるじゃないですかー! こっちまで顔が熱くなるんだも~!
「な、なあじいさん。他に方法はないんですかね」
「あとは成仏するだけじゃよ」
ぐぬぬ、なんでこんなことに……
幽霊の彼女をチラリ。どうしてこうなったのだろうといった表情。当然だ、同じ学校の生徒というだけの知らん男とキスしろと来たもんだ。
普通嫌だろう。はっきり言ってセクハラパワハラの類いではないのか。
正直俺ってキスしたいってなるほどのイケメンじゃないと思うし……
「そもそも俺は見えるってだけで、触れないんだけど」
その証拠に彼女の手を掴もうとしたが、やっぱり空を切った。これではキスなど論外だ。突然だったからかビクッとされたのにちょっと傷つきました。
「なあに、そこにいるお嬢さんにではない。別にいるお嬢さんにじゃよ」
別にって……それってどういうことだ?
「お嬢さんは今、魂だけの状態でここにおるということじゃ。ならば――――――分かるかの?」
ほう、つまり。
「私の……体にですか?」
少女の返答に、じいさんはニコリと頷いた。
「そう、肉体じゃな。抜け殻となっておるお嬢さんの体が必要じゃ」
なるほど。大体分かりはした。
「復活の詳しい手順はその時に教えよう。理由云々もな」
なんだかじいさんのペースに乗せられている感がするが、だからといって他にどうしようもないのも事実。
「なんにせよ、先ずは体探しということじゃよ」
「は、はい!」
「お、おう」
納得はしていないが、このままでは何事も進まないのだ。
「なんかすいません……」
「い、いえ。その、こちらこそ巻き込んでしまって……」
じいさんの適当さ加減に俺が謝ってしまったのだが、向こうも謝ってくるとは。真面目な人だなぁ、おい。
「お嬢さんが謝ることではなかろうにのう。ホッホッホ」
不真面目なじいさんだなぁ、おい。
心の中で悪態を吐きながら、天パをくるくると指でいじるのだった。
「そういえばじいさんの名前は?」
このまま話を続けても互いに謝罪の応酬になりそうなので切り替える。
「おお、言っておらんかったな。儂はそうじゃな――――――J、とでも呼んでおくれ」
洒落ているな。Jさんねぇ。
「は、はい、Jさん」
「分かったよ――――――じいさん」
「お前さんは呼んでくれぬと思うたわい」
好きに呼んどくれ~とのことなので、じいさんのままでいいだろう。どうにも本名ではなさそうだし、コードネームなのだろうか。
「って、俺達も名前を名乗ってなかったですよね」
「そ、そういえばそうだったね」
下手すりゃ名前を知らないまま話が進んでいたかもしれない。知らない人の体を探しています。うむ、字面がヤバい。
「わ、私は――――――平山優子、です」
平山さん、か。平らではない山をお持ちでいらっしゃるが、名の通り優しい人だ。じいさんも穏やかに微笑んでいる。
もじもじしている平山さんは、正直言って可愛いと思った。保護欲というか、守ってあげたいという気持ちになる。
この先のことも考えて、彼女の名前をきちんと覚えておかねば。
平山さん、平山さん、平山……よし、覚えたぞ。
「俺は――――――」
お次は俺の番である。緊張するなぁ、じいさんが先に自己紹介を終えた友人みたいなニヤニヤ顔をしているのがウザったらしいなぁ。
「中代、圭吾です」
じいさんがパチパチと拍手、つられて平山さんも拍手をしてきた。やめてーや恥ずかしい。良くできましたね~じゃないんだよ。
「あの、よ、よろしくお願いします……な、中代くんっ」
あたふたしつつも、平山さんは丁寧にお辞儀をするのだった。つくづく真面目な人である。
「こちらこそ、その、頑張りましょう……ひ、平山さん」
「かあ~! 甘酸っぱいのぉう~」
喧しいぞじいさん。人見知りをバカにするんじゃあない。おかげで俺も平山さんも顔真っ赤だ。
こんな調子で互いに慣れることができるだろうか。
「そういうわけで、この三人で頑張るぞい!」
「「お、おーう」」
勝手に仕切るじいさんになんとなくつられてしまう二人。大丈夫なんだよな?不安で不安でしかたない。
そう思いつつも、平山さんはどことなく楽しげな笑みを浮かべていた。それに、きっと俺も同じ表情をしていたのかもしれない。
こんなに不思議で信じがたいことが起きて、巻き込まれて。そして、解決しようとしているのだから。
普通の青春では味わえない、他の誰も今まで味わったこともないであろうこんな体験を、俺達はしようとしているのだから。
だったら!
「どうじゃ?やれそうかの?」
全力で乗ってやる。
この身で、この心で。
「「はい!!」」
もしかしたら、平山さんも……なんて――――――
こうして、重大なのになんだかワクワクする事件は始まった。
とはいえ、この出来事がどのような展開を迎え、どれほど俺達の一生に大きな転機をもたらすものになるかなんて……まだまだ想像すらできなかったのである。