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欠陥魔術師と王の座  作者: 二一京日
1章 無属性魔術師
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1話 学校に入学

 四月になり、街の雰囲気も上がっていく季節。

 この時期はやはり新しいことの象徴のようなもので、ここヴィクト王国にある町の人々には、近くにある魔術師育成学校の新入生たちが初々しく見えるものだ。

 魔術師育成学校とは、その名の通り魔術師を育成する学校なのだが、ここは魔術を習得する学校というよりも魔術を学び、洗練させていく学校と言える

 そのため新入生は皆魔術をある程度使え、入学試験をパスした、ある程度優秀になりうる生徒たちではある。ここから芽吹くかどうかは本人次第ではあるのだが。

 もちろん、新入生たち全員が同じ土俵に立っているというわけではなく、優れているものと見劣りするものがいるのは確かだ。

 だが、そういう特殊な人間は稀な存在で、大抵が同じ程度力量を持つ魔術師の卵たちだ。

 そんな生徒たちの一人である少年、レイン=スーウェルトは、今日から通うことになる魔術師育成学校『ヴィクト王立学校』の門を他の生徒たちと同じように潜っていた。

 その少年の風貌はどこかまだ幼さを残していて、同年代の男子と比べたら年下のように見えるかもしれない。黒髪に黒眼で、風貌と同じように印象は薄い感じだ。

 ただ、一つだけ目立つものと言えば、レインが左眼にしている眼帯だ。

 眼帯と言ってもデザイン性を重視したものではなく、医療用と同じガーゼの付いた眼帯で、それが余計に周りとの違いを明白にしている。

 それ故に少しばかり目立つのだが、レインは目立ちたくてしているわけではないし、何かの病気やケガというわけではないので、何とも反応しづらいところだった。


(まぁ、屁理屈を言えば病気と言えなくもないが)


 周りから注目を集めている原因である眼帯にそっと触れ、立ち止まって空を見上げる。

 今日はとてもよく晴れていて、新年度、それも新しい高校生活にはもってこいの日だった。

 かくいうレインもこの陽気につられるように、他の生徒たちと同じく内心ワクワクしているのは否定できなかった。


(案外緊張すると思っていたけど、なかなかに落ち着いている、というよりワクワクの方が上か)


 現状まだ一人も友人がいないレインは、そう自分一人で完結させると、視線を前に戻して足を進めた。

 大勢いる新入生の中を突っ切って行く最中、ある程度注目されるのは覚悟していたが、実際はレインが思っていたほどではなかった。

 これからの新しい日々に胸を躍らせるということなのか、自分たちのことで手一杯という人が多いようだ。それはレインにとっては、少しは気が休まることになっていいことなのだが。

 しかし、そんな彼ら彼女らも、その時が来た時、全員がそちらの方向を見ていた。

 本人も見られているという自覚があるようだが、それでも平然としている。というより、見られているのに気付かない方がおかしいと思えるほどの人に、その少女は注目されている。

 レインも他の生徒と同じように、その容姿に目を引かれるところがあった。

 金髪に緑の瞳、顔は超絶の美少女で、スタイルも良く出るところは出ていて締まるところは締まっている。

 容姿端麗スタイル抜群というだけでも周囲の目を惹く材料になりうるが、彼女が注目されている理由はそれだけではなかった。

 彼女の名は、ミネルバ=フェイ=ヴィクト。

 ヴィクト王国の第一王女なのだ。

 彼女の存在は周囲の人間を畏怖させるようで、中央を歩く彼女が通る道を自然と他の人が空け、一本の道ができる。

 レインは元々中央を歩いていなかったので特にどく必要はなかったのだが、レインもその立場にあったら何も考えずに道を譲ってしまいそうだった。

 ミネルバが通っている間は大きな声では話さないが、様々なところからひそひそと話しているのが聞こえた。

 皆、羨むような発言や存在感に圧倒される発言、またはそのスタイルの良さから下世話な発言もないことはなかった。

 それら全てをミネルバは聞こえないかのように堂々と歩き、入学式の会場へと入っていった。

 その場にいた全員がそれを見届けると、どこかしら安堵したような雰囲気に包まれ、止めていた足を動かし、普通の声量で周囲の人たちと話し始めた。

 レインも我に返ると、先ほどまでのことは特に気にする様子もなく、そのまま同じように入学式の会場へと入っていった。


              ♢♢♢


 入学式の会場に入ったレインは係員の先生に案内されて、順番に座っている会場の席に着く。

 しかし、そこには予想していなかった光景があった。

 先に入っていたミネルバの隣の席が空いているという状況だ。

 確かにすぐ後に入りはしたが、こんな直後になるとは思っていなかったレインは、その状況から自分がミネルバの隣に座ることを理解した。


(特にミスはしてないけど、なんかまずった気がする)


 ここまでの思考に費やしたのはほんの一秒程度で、突っ立ったままで違和感を与えるような時間ではない。しかし、このまま迷っているわけにもいかず、レインは覚悟を決めてその死地にも見える席へ腰を下ろした。

 その最中一瞬だけ、ミネルバを挟んで逆側の隣の席の男子生徒が視界に入ったが、見ているのも哀れなほど緊張して顔が真っ青だった。

 それが入学式からくる緊張だなどと勘違いするほど鈍感ではないレインは、その様子がおかしく、クスリと笑みを浮かべた。

 その様子を目ざとく見つけ、座って正面に視線を向けていたレインに、おそらく新入生の中で一番人を緊張させる生徒が話しかけた。


「何かおかしかったかしら?」


「?」


 レインは最初ミネルバの言い様に疑問を浮かべたが、すぐに自分が笑われたのだと勘違いしているのだと気付いた。


「あぁ、ごめん、君を笑ったわけじゃないよ。そのお隣さんがなんかかわいそうに見えちゃってね」


 レインがミネルバの隣で真っ青な生徒を指差すと、ミネルバはそちらを見ることなくため息をついた。それは、またか、とでも言っていそうなため息だった。


「やっぱりこうなるのね」


「やっぱり?」


「えぇ、そうよ。いつもいつも周りの人は私に対して緊張しているのよ」


「それは、まぁ、しょうがないことじゃ……」


 どう答えてあげれば正解かわからない問いに、レインは手探りで慎重に答える。


「そうなのよね。しょうがないのよね」


「でも、慣れれば人は変わるものだし、接し方だって」


「変わるかもしれないわね。でも、王女という肩書があるのに、さらに学年主席なんていう人には、近寄りがたいのは事実でしょ?」


「そう言われればそうだけど」


 レインは今話している少女が学年主席で入学したことをすっかり忘れていた。見た目のインパクトが強いせいで、それだけで衝撃を受けていたためだ。


(それにしても、こんな重要なことを忘れるなんてね)


 自分の未熟さを再認識してしまうレインだったが、そんな内面のことはミネルバに伝わるわけがなく、彼女はそのまま話し続けていた。


「大体、こっちだって普通の人間なのに、何でそんなに違う人種として扱うのかしらね?」


「それは、捉え方によっては違う人種だからだね」


「本人はそう思っていなくても?」


「そうだね。そもそも君の性格やら意識やら精神的なことは、実際に話してみないとわからないからね。わからないもので判断しようとしても、それは無駄すぎる。だったら、判断する基準は世間一般に流れている情報しかない。でも、普通の人に関する世間の情報はとても少ない。だからこそ話して理解しようとするわけだけど、それに対して、君は王女ということで多くの情報が存在する。つまり、その情報だけで君という人間を判断してしまいかねない。そういう情報が多いことこそが、普通の人にとっては違う人種なんだよ」


「そういうものなのね……はぁ」


 もう一度深くため息をつくのを見ると、やはり内面的なところは普通の同年代の女の子と変わらないのかもしれないと思うレインだった。


(それも当然と言えば、当然かな。……ん?)


 ミネルバと話していて気付かなかったが、妙に周囲の視線がミネルバトレインに向いているような気がした。

 というか気のせいではなく、実際に注目の的になっていた。

 ミネルバがではなく、どちらかと言えばレインの方に注目が集まっていた。


(こういうの、案外面倒くさいんだな)


 眼帯を付けているがゆえにある程度注目されることは今まであったが、こういう感心のようにこそばゆい視線は初めてで、このような視線がいつもミネルバに向けられていたことを思うと、何かと同情できた。


(まぁ、気にしなければどうということはないが)


 そう思い、実際に気にしないようにできるのだから、レインはミネルバよりは気楽に過ごしていけるのだ。


「あぁ、そう言えば聞いてもいいか迷ってたんだけど、いいかな?」


 落ち込んでいた様子から立ち直りを見せたミネルバがレインに聞くと、レインはその内容を予想しながらも答えた。


「内容によるけど、ひとまず聞くよ」


「そう。じゃあ、聞かせてもらうけど、その眼帯って何かの怪我?」


 ミネルバが指差したのはやはりレインの眼帯だった。

 レインはその眼帯にそっと触れながら、それを聞かれたときにいつも用意している答えを口にする。


「怪我というよりは、病気、かな」


 その言い方ははぐらかすようにも聞こえたが、案外間違っているわけではないので、レインのごまかしは良い線を行っているだろう。

 そして、その答えを聞けば普通はそれ以上は聞いてこないのが人というもので、そこに期待しての答えでもあった。

 案の定。


「そうなの。それは悪いことを聞いたわね」


「いいよ、別に。そこまで気にしているわけじゃないし、こんなのをしていたら聞きたくなる気持ちもわからないわけじゃないから」


 すかさず入れるフォローに、ミネルバはふっと笑みを浮かべた。


「ありがとう」


 その言葉はありきたりな言葉ではあったが、ミネルバが言うと何か気品のあふれる言葉になっていた。


(王族って、こういうところが出たりするんだよね)


 それを見る、というより観察していたレインはまた新たな情報を得られたと、内心ではガッツポーズを浮かべていた。もちろん、外には出さないように、だが。


「そう言えば、ここまで話したけど、お互い自己紹介してなかったわね」


 思い出してミネルバが言ったことは、レインも今まで失念していたことだった。

 レインの方はすでに有名なミネルバのことを知っていたため、会話に支障は感じず、ミネルバの方もレインのそうした自然な様子に流されていたようだ。


「そうだね。それじゃ、僕が先に。と言っても、紹介できるようなことが特にないから名前だけだけど。僕の名前は、レイン=スーウェルト。今回話してそれっきりという可能性もあるけど、とりあえずはよろしく」


「随分と変わったよろしくだけど、まぁ、いいわ。私の名前はミネルバ=フェイ=ヴィクト。当然知っていると思うけど、この国の第一王女。でも、そんなことを気にせずに、気兼ねなく接してくれるとありがたいわ」


「僕は別に、気兼ねなんてした覚えないけど」


「あれ?そう言えば私もそんな気がする」


 名前の紹介をしたところで、レインとしては他に何か思いつくようなことがなかったのだが、ミネルバの方はそうではないらしく、積極的に聞いてきた。


「それでは、レインと呼ばせてもらうけど、あっ、私のこともミネルバと呼んでいいわ。レインは趣味って何なの?ちなみに私の場合は、魔術の特訓ね」


「特訓が趣味って変わってるなぁ。僕の場合は……そうだな、情報収集が趣味、かな」


「情報収集?」


「そう。何でもいいけど、世の中にいっぱい転がっている知識や情報をかき集めるのが趣味なんだ」


「人のこと言えないほどの変わった趣味ね」


 レインは思いつくことはなかったが、ミネルバの質問に乗せられて答えていくと、意外とすらすらと出てくるものだと自分に感心していた。

 その後も、身の上話や今までの経験といった、およそ初対面の人と話すような内容ではないほど多くの情報を語り合った。

 語り合ったというより、ミネルバの質問にレインが答え、そこから話が発展するという形式だったが、こうして同年代の人と話をすることがなかったのか、ミネルバは目一杯話していた。

 しかし、あるところでレインは言葉に詰まった。


「レインの魔術属性って何?」


 これは迷った。

 レインとしてはこのまま答えるのもやぶさかではなかったのだが、頭の中の理性の部分が悩んでいた。

 その様子は表にも出ていて、レインが悩んでいるのが見て取れたミネルバは、あわててフォローを入れる。


「いや、別に他の人に弱点を教えたくないっていう人もいるから、そういうことなら教えてくれなくてもいいよ。ちなみに、私の魔術特性は火なんだけど」


 ここで、レインは一瞬だけこのミネルバという王女は馬鹿なのではないかと思ってしまった。

 相手に答えなくても構わないと言った直後に自分の方を言うと、さすがにこちらが断りづらくなってしまう。

 たしかに魔術師は魔術特性を一つしか持てない以上、相性の悪い相手が存在して、自分のは教えない方が不利にはならないと言われていて、実際ミネルバが言ったように他人に弱点を教えないという人はいる。

 しかし、レインがこの質問に答えづらい理由は別の所にあった。


(まぁ、隠していてどうにかなるもんでもないからなぁ)


 レインはどうでもいいことのように割り切って、ミネルバの質問に答えることにした。


「僕の魔術特性は……無いんだよ」


 その答えの意味が、ミネルバにはわからなかった。


「無いって、どういうこと?魔術師なら、必ず魔術特性を持っているはずでしょ?」


「普通は、ね。だけど僕の場合は、その魔術属性がないんだ。つまり、欠陥魔術師ってこと」


「欠陥……」


 それでレインが最初に答えを渋っていた理由が分かった。

 弱点どころの話ではないのだ。

 魔術属性を持っていないなど、魔術師としては扱ってもらえないことだってあり得る。なぜなら、普通は持っているのが常識で、持っていないものなど異端であり、本人が言ったように欠陥と言われてもしょうがないことなのだ。

 そのことに言葉がなくミネルバが唖然としていると、その表情を見たレインは笑いをこぼした。


「何で笑うの?」


「だって、予想通りの反応だからね」


「その、ごめんなさい」


 触れてはならない事情だったのだと思ってミネルバは、そんな質問をした自分が恥ずかしくなった。


「いいよ。別にそっちが悪いわけじゃないしね。こんな体質だけど、まぁ、それなりに工夫してやってるんだよ。ある程度割り切ってもいるしね。だからそっちが気にすることじゃない」


 本当に何でもないように言っていたレインは、先ほどの葛藤が嘘のように重荷が取れたような気がしていた。話してみると、案外気が楽になるものだった。


「それに、魔術が使えないってわけじゃない。基本となる無属性は他の人と同じように使えるからね。つまり、あえて言うなら、僕の魔術属性は無、ってことになるんだろうね」


 その言葉を言ってレインが笑みを向けると、その直後に、入学式の始まりが宣言された。

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