20年後
「思い出の中から」。
恋愛とまではいかなくても、確かに好きだった人っていませんでしたか?
テストの時は男女で隣り合い、名簿順で着席した。女子の出席番号8番のキミが隣にいた。
キミは黒目がちで、きれいな髪は肩まであり、スリムな体型だった。男女を問わずよく話し、かわいらしい人だと思った。
ボクは一学期の中間テストで初めてキミと話すようになった。
キミから声をかけてくれたのでびっくりした。
何しろテスト期間中なので、さっきの科目の何問目の答えはどうだったとか、そんな話題ばかりだったけれど、キミが明るく話してくれたのでボクは楽しかった。
期末テストの時は、中間テストの成績がボクの方が上だったせいで、キミはボクをライバル視していた。
「今回は負けないわよ」
少々にらまれたが、やっぱりかわいらしいと思ってしまった。
二学期も三学期もこんな感じで過ぎた。
総合的にはボクが勝っていたが、科目によってはキミの勝ちも多かった。
お互いの点数を毎度比べるようになっていた。
進級すると、キミとボクはクラスが分かれた。
でも、どこかで行き会えば、雑談くらいはする仲だった。
キミはバレー部のエースを好きになり、ボクにはテニス部の彼女ができた。キミがバレー部の彼にずいぶん前から惚れていたということは、そうした話題に疎いボクでも知っていた。キミは噂を一度も否定しなかったから。
その年のヴァレンタインに、思い切って彼にチョコレートを渡しに行ったキミは、部活で多忙な彼にかわされて、結局渡せずじまいだった。
何故ボクがそれを知っているかというと、隣の教室で泣いているキミが見えたから。
ボクは「明日、渡すんだ」と廊下で聞いたときのキミの表情を思い出していた。彼は彼でキミを好きだったはずだが、素直になれない年頃だった。
キミもボクも、ある程度はお互いに好意を持っていたと思う。
けれども、つきあうことはなかった。
「あなたとつきあってもよかったかもしれないなあ」
一度だけ、そう言われたことがあった。
「でも、あなたには彼女がいるもんね」
そのとおりだった。
やがて社会に出たキミは、銀行の窓口を担当していた。
久しぶりに地元でのメイン・バンクに行くと、キミが働いていたのだった。
キミは相変わらずな感じで、成長して美しくなっていた。しかし、窓口では勤務中ということもあってか、不機嫌そうな顔をしていた。
そう言えば、素直に顔に出てしまうタイプの人だった。
ボクは笑いをこらえていた。
声をかけてみたかったけれど、その場では無理なのはすぐに分かった。
キミはボクに気づいて、一瞬「あ」という表情をしたが、すぐに不機嫌な表情に戻った。
その後も何度か街中でキミを見かけたことがあったが、言葉を交わすことはなかった。
お互いが大きな道路を挟んで反対側の歩道にいたり、通りすぎる車の中にいたりで、話せる状況にはなかった。
まれに近距離で見かけたときは、すれ違うだけだった。キミの隣にはそのときの彼氏らしき人がいたし、逆の場合もあった。
最後にキミを見かけたのは、卒業20周年の同窓会だった。
ボクは20年前に役員だったせいで、20年後も役員扱いされて忙しかった。
キミはボクに気がつくと、微笑んでくれた。
20年前と同様に、かわいらしいと思った。
少し歩み寄れば話ぐらいできそうだったのに、ボクにはその暇がなかった。
ボクの手がすいた頃には、キミはもういなかった。
キミの苗字がどうなったのか、どこで暮らしているのか、訊いてみたかった。
ボクは今でもけっこう残念に感じている自分に気がついて、驚いてしまった。
こんな文章を書いてしまうくらいだった。
16/10/1 Sat. ~ 16/10/22 Sat.