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Together  作者: 天城孝幸
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9.戦闘との見つめあい

 体が落ちてゆく感覚を林原は覚えた。パナマ運河は水門ごとに水位を上げ下げして運河を通過させていく仕組みなので、入り口に近いと艦は浮き上がり、出口では徐々に下がってゆくのだ。

 艦が動き始めた。最後の水門を越えたらしく、徐々に船足が速くなっていくのがわかった。いよいよ大西洋へと雪風はたどりついた。

 懐中時計は、6時を指していた。えーっと、この時計は日本時間だから今は…

 午前8時。そろそろ戻るか、とむくりと起き上がる。

 ズズッという鈍い音と共に、艦が傾いた。一瞬わけがわからなかった。

「!?!?」

とっさにベッドの縁につかまり、難を逃れる。一体何が…?

「左舷50メートルに至近弾!」

至近弾!?敵襲か?

「総員、戦闘配置につけ。」

艦内放送で戦闘配置が下される。マジかよ…と林原は艦橋へと向かう。

「艦長ッ!」

階段を数段とばして駆け上がる。

「運河通過中を狙われた!目標は今渡ってる艦艇だ!」

途端に艦橋は怒号が飛び交う修羅場となる。

「見張り員!全力で見張れ!」

「機関両舷前進全速!タービン壊れるまで回せ!」

「長門・陸奥、取り舵を切ります!」

「後につけ!取り舵10度!」

再び水柱が上がる。北方向からの砲撃である。

「10時方向距離200に敵弾弾着!」

「陸奥より入電!敵艦隊を0-1-0に確認!距離35キロ詳細不明!」

「なんだ戦艦部隊か?魚雷戦用意!」

タービン音が高くなる。

「35キロでこの砲撃精度か…あなどれんな。」

岡野がつぶやく。

「陸奥より追加電!米艦隊が援護にくる模様!一時間後の見通し!」

「第一艦隊はどうした!?交代に備えて近くにいないのか?」

混乱する艦橋、見えない敵からの砲撃はなす術がない。

「長門より入電!第五戦隊は敵艦隊を食い止めるため、我に続け。以上です。」

どうやら面倒な役割が回ってきた。

「敵艦隊の隻数もわからんのに突っ込むのか?待機を具申しろ!」

岡野が怒鳴る。

「パナマに取り残されている連中は無事か?この状況じゃ狙われかねんぞ。」

石野が言った。林原はすばやく左舷側から運河を見る。

「見たところ…被害はないようですね。」

「よし。敵もバカじゃないってことか。動きの鈍る運河通過時を狙ったか。」

歯がゆそうにそうに言う石野。

「長門より返電!第五戦隊は敵を引きつけ、運河通過中の味方艦を守るため、距離を保ちつつ反撃せよ!」

長門が面舵を切った。陸奥も徐々に向きを変える。

「陸奥、長門の後に隠れろ!どうせ駆逐艦は役にたたん!」

「はっ!面舵一杯!」

雪風の主砲は12.7cm、まず届くはずがない。かといって魚雷の射点までいけば敵の格好の的だと判断したのだろう。

 ドオン!すさまじい音が響く。

「長門、発砲!」

長門が反撃を始める。続けて陸奥の主砲が火を噴く。

「じれったいな…我々も何かできんのか…」

「この距離では見物しかないですよ…」

ヒュルル…という高い音と共に、砲弾が降ってくる。

「右舷、50mに弾着2!」

「まずいな…散布界に入った。そろそろ当たるぞ。」

雪風の艦橋は低いので敵情はわからないが、そろそろ長門と陸奥の砲弾が届くころだ。

「見張り員、水平線に水柱は見えないか?」

岡野が訊く。

「左舷遠方に…今、水柱を確認!」

見張り員が叫ぶ。

「初弾命中は難しいか。」

岡野がそう言ったときだった。

 ドガァ!

一際大きな爆発音が響く。

「長門被弾ッ!」

艦橋に長門の部品が飛んでくる。

「うわっ」

「ひっ」

「伏せろ!」

石野が怒鳴る。続いて艦が大きく浮いた。

「あっ!?」

艦橋にいた者は、みんな後へと引きずられる。と、すぐに沈み今度は前へと引きずられる。

「艦首付近に至近弾!」

報告が遅れて飛び込んでくる。

「被害状況知らせ!」

林原は叫んでいた。おそらく今日初めて叫んだだろう。

「!?艦長!」

石野が走りよる。岡野が倒れていた。

「艦長負傷!衛生兵!」

頭から出血している。

「艦首聴音設備損傷!使用不能です!」

「艦首下甲板浸水!」

「防水作業急げ!衛生兵はどうした!」

林原が叫びまくる。

「担架だ担架ー!」

艦橋は大混乱だ。

「面舵一杯!回避運動だ!」

揺れまくる艦橋に、水兵2人が担架を持って駆け上がってきた。

「副長、指揮代行願います。」

石野が初めて敬語で言った。

「はい、わかりました。」

それだけ言って林原は前を見た。

「ヨーソロー!浸水はどうなった?」


 ゆれる艦内で、大谷はうずくまっていた。耳をふさぎ、震えている。

 怖い…先ほどから艦がギーギーきしむ音が聞こえるのだ。

「…。」

震えが止まらない。立とうとしても、足が言うことをきいてくれないのだ。

「長門、後部に被弾!」

被害の報告が艦内放送で聞こえてくる。

「艦長、しっかりして下さい…」

靴の音が聞こえ、大谷はちらりと見た。が、それがまずかった…

 見えたのは頭部血だらけで腕をダラリと下げている、岡野の姿だった。

「!?」

息を呑んだ。床には血がポタポタと垂れていた。

 今にも吐きそうだ。目は真っ赤になり、顔をあげるのもつらい。人があんな姿になったのを見たのは初めてだ。

「?…大谷少尉?」

艦首の浸水状況の確認のために艦橋を降りてきた林原が、大谷を見つけた。明らかに様子がおかしい。

「大谷少尉?」

「…。」

大谷は気持ち悪くて答えられなかった。

「副長!」

階段から水兵が林原を呼んだ。

「水測室いって被害状況を確認しろ。艦は後方に後退されるんだ。」

「はっ!」

水兵が駆け出していったのを見届けると、林原は大谷をおぶった。

「…部屋に…連れてって…。」

蚊の鳴くような声で大谷が言った。

「…わかりました。」

なぜ部屋なのかわからなかったが、逆らうつもりもなかった。真っ直ぐ大谷の部屋へと向かう。

 部屋には誰もいなかった。

「大谷少尉、横にしますよ。」

大谷を寝かせると、布団をかけた。大谷はすごい汗をかいている。息も浅く、苦しそうだ。

「とにかく、無理はしないでください。また後で来ますから。」

そう言って、林原は出て行こうとした。

「…怖い…。」

かすかな声で大谷が漏らす。林原は大谷に近づいた。

「…私がいますから。この艦は沈ませません。人も死なさせません。」

大谷がわずかに笑顔になったように見えた。

「また来ますから。」

そう念を押すと、林原は駆け足で艦橋へと戻った。

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