24.その名、雪風
「よし、行くかあ。」
今野がう~んと伸びをする。
「誰だ?浮かない顔してるのは?肝っ玉ちっちぇえなぁ。」
石野が笑いながら言う。
「砲弾なんかそうそうあたらねえよ。…砲術長の俺が言うんだから信じろよ。」
そう言う小坂の隣で、今野失笑。
いつもの、陽気な雪風艦橋だ。
「取舵反転!」
「取ー舵!」
雪風の艦首が敵の方へと向く。
「右舷砲雷戦用意!」
林原が声を上げた。水柱が後方に落ちる。
「敵艦隊の向かって左側に突入、一撃離脱を仕掛ける!」
「じゃあ、もうちょい取舵だ。」
「はっ、取舵10度!」
皆、緊張がほぐれていく。明るさを取りもどしつつある明け方の空のように。
「敵艦隊は、巡戦4、巡洋艦4、その他5隻ほどの編成の模様!」
「まさに多勢に無勢だな。これで帰れたら俺たちは英雄だな。」
「石野、んなこと言っていると、お前は靖国で英雄になっちまうぞ、ハハハ。」
タンッっと発砲音。後部砲塔からの発砲だ。
「おおっ。」
すぐに炸裂。アルミニウム箔がキラキラと輝く。
「取ー舵!」
敵艦から閃光が見えた。
「ん、なんだ撃ってくるのか?」
石野が言い終わった瞬間、水柱が上がった。だが水柱は300メートル右。それまでの精度からは信じられないほど遠くへと落ちた。
「なんだ、目視じゃああてられねーのかぁ?」
小坂がバカにしたように言う。レーダーが使えなければまだ分はこちらにある。
「お前、いちいち行くのめんどくさくねーか?」
艦橋にまた帰ってきた今野に、林原が笑いながら訊く。
「え、だって砲弾の種類違いますもの。」
「いや、それはそうだが…。」
「ああそうそう、ちょっと話が…。」
そのまま艦橋の隅へと追いやられる林原。
「なんだよ?」
「艦長、この戦闘で勝てると思っていますか?」
「やらなきゃわからんだろう。だが、平然とは帰れないだろうな。」
「じゃあちょっと約束しませんか?」
「なんだそりゃ?」
「無事帰れたら、私は秋原さんに告白するつもりです。だから、艦長も大谷少尉に告白すると約束して下さい。」
「…は?」
一瞬固まってしまった。戦闘中だということが、頭から吹っ飛んでしまうくらいに。
「え、なんでお前の告白に俺が付き合わないとならねぇんだよ…。」
「いいじゃないですか、戦場で必死に戦い抜いてから…おっとと…告白なんて。」
至近弾で艦が揺れる。
「いっしょに玉砕しましょうよ☆」
「アホか!」
とりあえず今野をごついてから戻る。
「告白かぁ…。」
つぶやいたとたん、恥ずかしくなって後にいる大谷を見れなくなってしまった。
「敵艦隊との相対距離、15キロに接近!」
「回避運動を続けろ!後5キロだ!」
「面ー舵!」
砲弾の投射量が多くなってきた。どうやら巡洋艦からも飛んできているらしい。
「撃てばこっちの…」
ドガッ!林原が言いかけた瞬間、鈍い音がした。
「後方に敵弾命中!」
「被害状況知らせ!」
小坂が怒鳴った。
「誰ですか、砲弾なんてあたらないと言ったのは?」
「絶対とは言ってねえ!」
小坂と今野がやり合っている間に、水兵が飛んでくる。
「報告!後艦橋機銃に敵弾命中!機銃大破!」
「死傷者はいるか?」
「2人軽傷ですみました。」
ふぅ。林原はため息をついた。
「そろそろ射点だ、魚雷発射用意!」
「転舵30秒前!」
「目標は戦闘のごつい巡洋戦艦だ!」
「ちゃんとレパルスって言え!アホ。」
ドゴンッ!また鈍い音。
「今度はドコだぁ!?」
「うぉすげえ!前甲板に被弾!されど貫通!」
前部砲塔のすぐ右側にぽっかり穴が空いている。
「ラッキーだぜ!不発か!」
「んじゃ、こっちも撃つか。」
射点まであと10秒。
「急げー!」
「お前が焦ってどうする。」
今野がもどかしそうにしている。こういう時の10秒とは長いものだ。
「射点到達!」
「魚雷発射!」
右舷で水柱が上がる。8本の長く鋭い槍が、40ノットを越える高速で突き進んでゆく。
「取舵一杯!」
「あとは逃げるが勝ちだ。」
右舷にひときわ大きな水柱。
「チャフ撃てチャフ!」
小坂が言うが、
「こんな近距離じゃ意味ないですよ!」
今野が反論する。
「取舵を切り続けろ!西に出すぎると、船団が見つかっちまう!」
大小様々な大きさの水柱が雪風を取り囲む。
「えっと…、周囲に至近弾!」
艦がガックンガックン揺れる。艦橋に立っていられないくらいだ。
「全力で回避運動!ここで沈んだって、誰にも気づいてもらえないぞ!」
「敵さんがしっかりと確認取りますから心配後無用ですね。」
今野が平然と言う。
「弾着までどのくらいだ?」
「あと…、30秒!」
「敵艦隊の進路は?…見張り員!」
「敵艦隊、進路変更なし!嫌味なくらい堂々と航行しています!」
「よーし、じゃああと30秒でそこに悪魔が行くからな!」
もうレパルスが肉眼でも確認できるくらいの距離だ。3基の主砲塔が、こちらをジッと狙っているのがわかる。
ズドゥン!
至近弾で艦が揺れる。あまりの水しぶきで、艦橋はビショビショだ。
「あと10秒!」
林原がたまらず絶叫した。
「5…4…3…2…1…。」
艦橋全員の視線は、敵の方へと向いていた。
「時間ですっ!」
水雷科水兵が叫んだ。
「いけっ!」
「当たれっ!」
石野、小坂…思わず声が出た。
その瞬間、レパルスに水柱がそびえ立った。高く、大きな水柱。
「おおっ!」
つづいて後続のレナウンにも。2本の槍が、船体を捕らえた瞬間だった。
「レパルス、レナウンに魚雷命中!」
「よっしゃあ!」
今野が歓喜する。艦橋のメンバーにも、思わず笑みがこぼれる。
「バカ、戦闘中だぞ。気を引き締めんか。」
そういう林原の顔にも笑みがあった。大谷にも安堵の表情だ。
「報告っ!ボイラー室に浸水!現在防水処理中です!」
「さっきの至近弾か。」
「無事に帰してくれるなんて思ってないさ。」
これだけの砲弾投射量で、致命弾がなしは奇跡的だと林原は思っていた。だから、今さら機関浸水程度でおじけつかない。
「敵艦隊の進路は?」
「進路不明!敵艦隊、散開しはじめました!」
「やった、足止めに成功だ!」
砲弾が止まずに飛んでくる。
「さて、どこまで避けきれるかな。所詮は多勢に無勢だ。」
「なに、魚雷攻撃で統制の取れなくなった艦隊など、怖くはありませんよ。」
そのときだった。レパルスに再び水柱が立った。
「!?なんだ、あれは!?」
「次弾斉射は命じてないぞ?」
誰もが不思議に思ったとき、大谷が半泣き顔で笑いながら叫んだ。
「我、貴艦を援護す。…浜風ですっ!」




