23.恨んでくれ。
午前3時、艦橋の角に頭をぶつけた林原は、ハッと気を取り戻す。足元がおぼつかない。当然だ。昨日からずっと寝ていない。できる限り艦橋にしがみ付いていようとして、ずっと起きていたのだ。0時をまわったころからウトウトしはじめ、さっきから数回頭をぶつけている。石野大尉や小坂さんを起こすのも気が向かないし、どちらかが起きてくるまでは艦橋にいるか、と眠気を必死に我慢していた。
通信士席では、大谷がスースーと寝息をたてて寝ている。波の音と雪風自身の機関音しか聞こえぬ、静かな海だ。
「むこうはどうなったのだろうか…。」
敵の大艦隊と戦っているであろう本隊が、ふと気になった。自分らだけが、護衛の為とはいえ安全圏に脱することへの罪悪感も感じた。
「艦長、艦長。」
何やら呼ぶ声がした。
「…?」
暗闇で、どこから呼んでいるのかわからない。
「艦長、こっちです、見張り所です。」
ああなんだ、見張りの水兵か。
「どうした?」
「ええ、ちょっと気になりまして…。」
自信なさげに、若い水兵は答えた。
「とりあえず、双眼鏡ごらんになります?」
言われた通り、双眼鏡をのぞく。
「…。」
水平線…の向こうに何かがいる。
「バカ、もっと早く言え。」
艦橋に戻り、マイクをとる。
「艦橋より全艦。左60度水平線上に、敵らしき艦影。」
みんな気持ちよく寝ていたのにな…と悪い気もしつつマイクを切る。
「見間違いじゃないのか?」
艦橋に上がってきた石野が言う。
「この辺であの方向に島はありませんし…」
林原が言いかけたときだった。
「艦影より光っ!」
「な、いかんっ!」
石野が叫ぶ。
「面舵一杯ッ!」
ヒュルルルル…。嫌な音が近づいてくる。
ドザァ!至近弾の水柱。艦が縦へ横へと揺さぶられる。
「え、何!?」
大谷のびっくりしたような声。どうやら起きたらしい。
「相変わらずの砲撃精度だな…、左舷50メートルに弾着ー!」
「機関両舷全ー速!」
さてどうする。本艦からギリギリ見える位置ならば、距離はおおよそ20キロメートル。
「逃げよう。いや、それとも…。」
林原は判断に迷った。考えようにも、思考能力が眠いと言い張る。
「艦長、このまま行けば船団がいる。ひとまず、船団の位置を教えることだけは避けたい。」
石野が言う。
「取り舵一杯!進路1-5-0!、逃げ切ってから船団のほうへと合流だ。」
「そうしましょう。」
しかし、なぜこんなところに敵艦隊が…?
「敵艦、また発砲っ!」
「面舵一杯っ!」
水柱でレーダーがゴーストを拾うのを避けているのか、一斉射撃がメインだ。日本側陣営ではそれを逆手に取り、発砲後急回頭で回避せよと言われている。
「なんだなんだ!?」
小坂が艦橋へと上がってきた。その瞬間、周りが水柱で見えなくなる。
「うあっ!」
「くっ!」
艦橋に水しぶきが入ってくる。再び艦が縦へ横へと揺さぶられる。
「読まれてるな…こりゃまずい。」
石野がこぼす。
「あれ、あいつどこ行った?」
周りを見ると、今野の影が見当たらない。
「今野か?あいつなら、さっき艦尾に走ってったぞ。」
「はい?」
林原がきょとんとしたその時、
タンッ!軽い音がした。艦尾砲の発砲音。
「誰だ!?発砲命令は出してないぞ?」
小坂が焦る。
「ミスか?」
そう林原がつぶやいたとき、突如空中が明るくなった。どうやら砲弾が爆発したらしい。
「空中爆発?」
「信管異常弾だったのか?」
艦橋の全員が疑問で一杯になった。
「驚かせてしまい、もうしわけありません。」
後から、今野の声がした。
「勝手に撃ったのは貴様かァ!」
小坂が怒鳴りながら今野の胸倉に掴みかかる。
「大尉!何か続きがあるのでは?」
あわてて林原が止めに入る。
「今野、勝手に撃つな。で、何をやったんだ?」
「チャフを撒いたんですよ。」
小坂に胸倉を掴まれながら、今野が言う。
「チャフってなんだ。」
小坂が低い声で訊く。
「アルミニウム箔ですよ。これを撒くと、レーダーが一時的ですが使えなくなるんです。」
今野が落ち着いて説明した。
「レーダーが使えなくなる…だと?」
そういえば、砲撃が止んでいる…?発砲の報告もなければ、弾着もない。
「アメさんに教えてもらったんですよ。これ撒けばレーダー使えなくできるぞって。」
今野がさらに説明を重ねる。
「…っ。」
小坂が今野を離した。
「今は戦闘中です。仲間割れはいけません。それと今野少尉、理由があるなら独断発砲はしないように。」
タイミングを見計らい、林原が収める。
「とにかく、敵艦隊から逃げるのが先決だ。回避運動しつつ、追っ手を振り切る。」
「…了解。」
艦橋はまた静けさを取り戻した。まだ砲撃は再開されない。
「艦長、チャフの効果がそろそろ切れます。まだ予備弾はありますが、撃ちますか?」
今野が訊いてきた。
「いや、船団に向かわれたら困る。ピンチになったらそのつど使えばいい。」
見張り所には、何枚かのアルミニウム箔が落ちていた。少なくとも、アルミニウム箔を撒いたのは本当らしかった。
「敵影より発砲!」
再び砲撃がくる。
「取り舵一杯っ!」
艦が右に傾く。思わずよろける林原。
「見張り員、敵艦隊との距離はわかるか?」
「はっ。正確な距離はわかりませんが、おおよそ20キロかと。先ほどより、近づいているような…。」
「何だと!?」
回避運動で予想以上に回り道をした?こっちは35ノットで逃げ回っているはず…。
「水柱からして、巡洋艦ではないですね。ってことは…。」
今野が言った。相手は、巡洋戦艦。
「巡戦部隊がなぜこんなところに?船団を追ってきたのか?…面ー舵!」
だが今は考えてられない。一番の目標は…
「敵艦隊を船団に近づけさせないことが最も重要だ。このまま逃げ続ける。…石野大尉。」
「なに、雪風航海長は伊達じゃないからな。」
空は明るみを帯びてきた。その前に…
「艦長!浜風より入電っ!」
大谷が叫んだ。
「船団司令船が機関故障!航行停止中!」
「停止!?」
まずい、おそらく雪風と船団はそこまで距離が離れていない。もし夜が完全に明ければ、視界が広まり発見される可能性がある。
「敵艦隊を引きつけきれるか…?」
小坂が疑問系でこぼした。
「私は…無理だと思いますがね。」
と言いながら、林原を見る今野。
「…戦うか。しょうがない。」
林原はマイクをとった。
「全艦に告ぐ、本艦はこれより敵巡洋戦艦隊との戦闘に入る。目的は敵艦隊を足止めし船団の離脱を助けることだ。」
ザバッ!右舷前方に至近弾。それでも動じることなく、林原は喋り続ける。
「本艦が沈んだら俺を恨んでくれ。危険であることを、否定はしない。」
そこでマイクを切った。
「艦長かっこいい!」
今野が茶化す。
「んなこと言ってる場合か。通信長、浜風に打電。我、これより敵艦隊との戦闘に入ると。」




