22.突然の嵐
あくる日、事態はどんどん進んでいった。同時に、深刻化してもいった。
敵勢力が主力のみではあるがわかってきた。イギリスは戦艦 リヴェンジ、レゾリューション、ロイヤルサブリン、ネルソン、ロドネー、キングジョージⅤ世、アンソン、ハウ。
巡洋戦艦 レナウン、レパルス、フッド。
ドイツから戦艦 ビスマルク、ティルピッツ、バイエルン、バーデン、ザクセン、ヴュルテンべルク、他2隻。
巡洋戦艦 シャルンホルスト、グナイゼナウ、他3隻。
他、となってるのは就役したばかりで艦名が特定できないという意味だ。
「いずれも諜報部からきた情報だが…。」
「相手がワザと流してるってことでしょう。ここまで正確な情報がやすやすと流れ出るとは、まずありえませんからね。」
林原を遮って、今野が言った。昨日よりも士官室の温度は、更に下がったようだった。
「こちらに動ける戦艦、巡戦は何隻います?」
「えーっと…、伊勢と日向は突貫工事で出られるらしい。アメリカ側は…コロラドあたりとサウスダコタらへんと…、全部で…。」
今野に訊かれた小坂。そこで言うのをやめた。10隻にも満たないことは、小坂が指を全て折りきらないところで士官室にいた全員が察した。16隻の戦艦に対し、その半分近く…。
「く、空母は?何かに使えないんですか?」
大谷が声をあげる。昨日、今野から話を聞いたらしかった。
「あれは実験用だと聞いている。残念だが、実戦にはとても耐えられない。」
そもそも鳳翔は魚雷や爆弾などの兵器類をごくわずかしか積んでいない。元は実験の為に来たわけだし、アメリカから補給することもできない。技量以前の問題だ。
「司令をはじめ、首脳陣がどんな決断を下すかで我々の運命いは大きく変わってくる。日本海軍は戦力温存の為、帰投する選択肢もありうる。皆、どんな状況にも対応できるようにしておいてほしい。以上だ。」
「はい。」
「はい。」
石野が終わらなそうになっていた話を締めくくった。もちろん、誰も撤退という選択などは考えていない。
次の日、司令部が動いた。
「現在稼動できる全艦艇をもって、ノーフォーク港を死守する。」
これが司令部の結論だった。
「では…、我々も大西洋で戦う、ということですね?」
ここは伊勢の士官室。第二艦隊所属艦の艦長たち(といってもわずか4人)が集まっていた。先ほど日米合同の作戦会議が行われ、その結果を入野が話しているところだ。
「いや、そこなのだが…我々は別行動だ。」
林原の質問に、入野が意味深な返答をした。
「と、言いますと?」
「我々第二艦隊は、ノーフォーク港から避難する民間船舶の護衛及び誘導を行うこととなった。」
アメリカ西海岸のとある港へと避難させるらしい。やはりこの作戦、司令部も勝機があるとは考えていないらしかった。
「先頭の誘導は旗艦である雪風が行うように。天津風は船団の中央部、浜風は殿につき全船舶の出港完了を確認してくれ。以上。」
短い伝言が終了した。
そして…そのときは嵐の如くやってきた。
「艦長、おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
午前8時、林原が艦橋に上がってきた。
「やっと来たか。じゃ、俺は寝るかな。」
石野があくびをしながらラッタルを降りていった。
「ごゆっくり。」
背中に言葉をかける林原。通信士席では大谷が無線機をいじっている。また故障したのだろう。いつもの通りの雪風艦橋だった。
「大谷さん!持ってきましたぁ!」
秋原が息を切らしてラッタルを上がってきた。
「あ、ありがとー。」
電線か切れてたらしい。どうやら直ったらしく、大谷がふぅっと一息。
「…?」
ヘッドホンを耳にあてた大谷がけげんな顔を見せた。鉛筆が紙の上を滑る。
「林原君。」
呼ばれて振り返った林原。なぜか焦っている。
「どうしました?」
大谷が紙を渡す。不思議そうな目をしながら見る林原。
「えっと…、第二艦隊はただちに民間船舶誘導を開始せよ?」
一瞬考えてしまった。つまり…
「他の2隻に伝えるよ、いい?」
「えっ、あ、はい。」
林原が追いついていない。大谷はすぐに無電を打ち始めた。
「全艦に通達する。こちら艦長。」
林原はマイクをとった。震える声を絞り出す。
「本艦はただちに出港し、民間船舶の誘導及び護衛の任務につく。これは緊急出港である。」
外の動きはあわただしい。すでに8割の艦艇が動き始めている。きっと敵艦隊の発見の報を受け、出撃するのだろう。
「艦長!敵ですか!?」
今野が駆け上がってきた。
「どうやらな。」
そういって、外の艦艇を顎でしゃくった。
「艦長!機関長より伝言です!」
水兵が声をあげる。
「タービンに不具合発生!機関始動不可能!」
「なんだって!?」
今野も同時に声を上げる。
「通信長、2隻に打電!本艦は機関不調なり。浜風が先頭となれ。以上!」
「はいっ!」
とりあえず民間船舶を避難させるほうが先だと瞬間的に判断した林原。雪風艦内では、あちこちで軍靴の音があわただしく聞こえる。
「今野っ、機関室行って、修理にどれくらいかかるか訊いて来い!」
「了解です!」
今野がラッタルを降りる…というより飛んで走っていく。
「コロラドより入電!敵艦隊は北緯36度、西経60度付近!」
「ちょっと待て!そこって…」
いつの間にいたのか、小坂が声を上げる。
「艦長、これを見るんだ。」
小坂は、いつも小さな海図を胸のポケットに入れている。それを取り出し、林原に見せる。
「ここから、わずか600キロだ。」
「急がねばなりませんね。」
林原がつぶやく。
「マイアミ号より信号!これより出港する!」
「貨物船おぐらより手旗!本船は出港し、船団に合流す!」
次々と出港していく民間船舶から、信号がくる。とりあえず、主目標である民間船舶の避難は達成できそうだ。
「ハァハァ…、艦長!」
今野が帰ってきた。
「タービン減速機の故障です。修理に2時間は欲しいと。」
「くっ…。」
2時間…、船団についていくことは不可能か…。
「通信長、浜風に打電を。本艦は後より追うと。」
誰も反対はしなかった。
「よし、できるだけ急げと言ってくれ。機関修理が済み次第、本艦は船団を追う。」
「ハッ!」
全員、真剣な眼差しだった。
「機関修理完了!」
海野機関長の大声が艦橋にこだました。
「ただちに機関始動!出港する!」
ぐっと艦が進み始める。もう港内には放棄された数隻の船しかない。
「機関微ー速!面ー舵!」
「機関微ー速!」
「面ー舵!」
雪風はゆっくりと港の外へと動きはじめた。予定より時間の掛かった修理で、もう太陽は真上だ。
「船団が予定通りのルートと速度なら、3日もあれば見えるはずだ。」
出港できたとこにほっとしたのか、林原に今日初めて笑顔が見えた。大谷がほっとする。
港を出て、雪風は快調な速度で南下する。目指すは浜風率いる船団だ。
「機関、第二戦ー速!」




