21.嫌な…予感
「ご、ご苦労さん。」
震え声で今野が秋原に声をかける。
「あ、お、お疲れ様です!」
秋原が緊張した顔つきで敬礼する。お互い、違う意味でガチガチだ。
「ゆ、輸送船はいたか?」
「いえ、まだ一隻もきておりません。」
見張りを林原が頼んでから、5分も経っていない。輸送船がそんな短時間に来るはずもないのだが…。
しばらく二人にの間に会話が無くなった。
「あの、今野少尉殿?」
「え?」
突然話しかけられた今野。びっくりして双眼鏡に顎をヒットさせてしまう。
「アイタッ!」
「うあっ!あ、だ、大丈夫ですか…?」
思わずうずくまる今野。
「う、うん。大丈夫。それより…?」
何か秋原が訊こうとしてきたのことを、聞き返した。
「あの…、今野少尉はどこの科なんですか?」
「俺?は水雷科だよ。」
「え、水雷科なんですか?水雷科って、魚雷を撃つ科ですよね?」
「うん、そうだよ。」
「じゃあなんでずっと艦橋にいるんですか?佐々岡水雷長がずっと言ってましたけど…。」
背中に冷たいものが走る。意外なところから指摘を受けてしまった…。
「か、艦橋と魚雷管制の連絡役をやってるんだよ、うん。」
意味不明な言葉で濁してしまった。
「何話しているんだろーね。」
通信士席で、大谷がつぶやく。
「たわいもない話をしてるんでしょう。今野少尉は口下手ですから。」
林原が言う。いつもなら、むしろ話が上手いくらいなのだが。
「でも恋愛かぁ…青春って感じがでてるね~。」
うらやましそうに言う大谷。
「林原君は、好きな人いないの?」
不意打ちを喰らって、たじろく林原。
「あ、わ、私は…その…。」
それは先輩ですなんて、言えるはずもなく顔を赤くなる。ついさっきまで今野を攻めたてていた勢いはどこへやら。
「あー、いるんだ~。」
大谷が茶化す。
「いや、そんなことは…ないですっ!」
顔を真っ赤にして反論する。
「ああっ!も、もしかして…林原君も秋原ちゃんのことが…。」
笑顔で言う大谷。大谷からしてみれば、林原を弄ぶのが面白い。だが林原にとっては、まさに修羅場。
「ちがいますっ!他の人ですっ。」
「あはははは…。」
艦橋の空気が、和んだような張り詰めたような…。
外から、秋原が戻ってきた。
「あ、艦長。あの…今野少尉が後はやっておくと申しましたので…。」
「ああ、そう?じゃご苦労さん、下がってよし。」
秋原は一礼すると、ラッタルを降りていった。
「なんだあいつ、取り残されたのか?」
見張り所の方へと目をやると、今野が戻ってくるのが見えた。
「どうだ?」
腕組みしながら林原が訊く。
「え、どうって…。」
「ちゃんとお話できたのか?」
後ろで大谷がクスクス笑っている。
「あ、はい…。ちょっと、できました。」
「なんだちょっとか。」
「だって…特に話題もないですし…。」
「そこを作るのがお前の役目だろうが。第一、自分から二人きりにしてくれと頼んだじゃないか。」
大谷は、もう笑いが止まらないようだ。自分から二人きりにしてくれなど、普通は絶対に言わないからよほど面白かったのだろう。
「ちゃんとお話してあげなきゃダメだよ。頼りない男には女の子はついていかないぞ。」
大谷が笑いながら言う。
「そうは言っても…。」
「とにかく今日はこれまでだ。ま、自分から話ができただけ収穫じゃないの?」
林原が締めくくった。
「艦長!これは確かな情報ですか!?」
今野が血相を変えて士官室へ飛び込んできた。中には林原、石野、小坂といった雪風の幹部が顔を揃えていた。
「ああ、確からしい。」
林原が真剣な目つきで言う。
さっきの恋模様から、まだ5分と経っていない。あまりにも悲劇的だった。司令部からの命令、ノーフォーク港及びその周辺にいる全艦艇に警戒警報を発令する。敵襲来の可能性大。
ソースはイギリス本国の諜報員。イギリス側陣営が大規模な攻撃作戦を計画している、との内容だった。それも先のブレスト・プリマス攻撃作戦失敗による戦力低下時を狙われ、すぐに発動されるであろう、と付け加えられていた。
その参加戦力が問題だった。イギリス側から戦艦8隻、巡洋戦艦3隻、ドイツ側から戦艦8隻、巡洋戦艦5隻が少なくとも主力として投入され、その総合戦力は戦闘艦だけでも150隻にのぼるのではないか、と見積もられた。
「この作戦で、ノーフォークを襲撃するらしい。もしそうなれば、我々は大西洋に出ることすらできなくなるわけだ。」
「150…隻…!?」
日本側陣営の大西洋における行動可能艦は、旧式艦まで全てかき集めても70隻いるかどうか…。
「私たちは、指をくわえて見ているだけなんですか!?」
「いや、できる限りの艦を集めて迎撃するそうだ。何もしないというわけにはいかないからな。しかし…」
林原は今野に一冊の本らしきものを渡した。
「これは、戦闘詳報?本艦のやつですか?」
「そうだ。雪風戦闘詳報と書いてあるだろ。」
「これから、相手の弱点とかわかったんですか。」
「逆だよ。パラパラとめくって見てみ?」
言われた通り、パラパラとめくる今野。
「その戦闘詳報には、本艦が参加した戦闘が全て記録されている。詳細にな。そして、本艦はほとんどの戦闘に参加している。」
「それが…何か…?」
「単刀直入に言ってやる。その戦闘詳報に、敵艦艇が沈んだという記録はあるか?」
今野は確かめた。
「パナマ…、セーブル…、ブレスト…。」
ひとつひとつ見てゆく。
「確かに…撃沈記録はありません…ね。」
「つまりだな、仮に戦力が足りていたとしても、我々がまともにやりあえるかといったら厳しいわけだ。」
「レーダー射撃が脅威ですね。」
「脅威すぎる。アウトレンジから正確な照準で撃たれれば、なす術がないからな。」
士官室はどんよりとした空気につつまれた。
「じゃあやめるかってわけにはいかないからな。本艦にも、いよいよ正確無比の砲弾が注いでくるぞ。」
石野がそう言った。いつもの気楽な石野の声ではなかった。
士官室から出た林原。
「今野。」
「はい、なんでしょう?」
「このことは…。」
大谷少尉や秋原二水には内緒だ。と、言おうとしてやめた。彼女らにも耳があるし、自分から訊くこともできる。
「…伝えておこう。大谷少尉と、秋原二水に。」
「…そうですか。わかりました。」
そう言うと、今野は自分の部屋へと向かった。いや、大谷と秋原の部屋と方向は同じだから、そっちへと向かったのかもしれない。
林原は露天甲板へと向かった。特に理由はなかった。強いていうなら、大谷や秋原の反応を見たくなかったからだ。
「艦長、お疲れ様です。」
水兵が敬礼する。
「甲板掃除か、ご苦労さん。」
「はい。でも艦をピカピカにしちまったら、光を反射して本艦は見つかっちまいますね。」
「見つかったら避ければいいだろう。そんなに俺の操艦は下手なのか?」
「いやいやそういうわけでは…」
後艦橋から声が飛んでくる。
「北川二水!まだ終わらんのかぁ!」
「今終わりましたぁ!…では、失礼します。」
「すまないな。邪魔してしまった。」
「いえいえ、では。」
一礼すると、声の方へと駆けて行った。
林原は港を見渡した。多くの艦艇が、太陽の光で黒光りしている。こんな頼もしい軍艦が何隻もあるじゃないか、なんとかなるよ。気持ちが切り替わった。




