20.今野恋愛物語(笑)!
「今野ー、ここかー?」
部屋のドアを開ける。いつもはベッドに転がっている今野が、今日に限ってはちゃんと座っていた。
「なんだお前、気持ち悪いな。」
「気持ち悪いは余計ですよ…。」
あきれたように今野が返す。
「で、どうでした?他の艦隊のほうは。」
「第三艦隊は巡洋艦と駆逐艦数隻を失ったらしい。アメリカ艦隊は、潜水艦攻撃を受けたんだとよ。被害は知らないが、何隻かいなくなっているだろうな。」
「どっかで情報が漏れたのでしょう。確かに杜撰な作戦でしたが、あそこまで完璧にやられるとはおかしいですからね。」
少しの沈黙があった。こんなことで今野が呼び出すはずがないと林原はわかっていた。
「それで?何の用だ?」
我慢できず、結局ストレートに訊いてしまった。もうちょっと遠まわしに訊きたかったが…。
「ちょっとお耳を…。」
「はぁ?」
なんだそりゃ?と思った。だが、今野が目で訴えかけているので
「なになに?」
仕方なく耳を今野の口に近づけた。
「…、……、…。」
今野がつっかえつっかえささやいた。
「くっ、くくくくく…。」
我慢できず、林原は笑ってしまった。
「ちょっ、部下が真剣に相談してるんですよ!」
今野が怒鳴る。しかし顔は真っ赤。
「いやいやいや…、お前それは部下として相談してないだろ!アハハハハハ!」
林原は腹を抱えて笑い転げている。今野は顔がさらに赤くなった。
「秋原二水が好きです?とっくの昔に知ってたわ!お前、俺が気づいてないとでも思ってたのかよ!?」
「だ、だって気づいているような素振りなかったじゃないですか…。」
今野が顔を真っ赤にして言う。今ほど、林原にとって面白い状況はない。いつも大谷をネタに散々茶化されているが、今日に限っては立場が完全に逆転しているのだ。
「今まで人のこと散々いじっといて、今日は…アハ、アッハッハッハッハ!」
笑いが止まらない林原。言ったことを後悔したが、後の祭りの今野。
「で、で、俺に何かして欲しいのか?」
しばらく笑ったあと、とりあえず話は聞くかと林原は質問した。
「これだけ笑っておいて…。それくらい察して下さいよ。」
今野が口をとがらせる。
「だって、何して欲しいか言ってもらわないと、何もできないもの。」
ものすごい偉そうな言い方。仕方なく、今野は口を開く。
「秋原さんと二人きりになりたいんですよ…。それを。手伝って欲しいなあと…。」
「ほーう…、具体的に言ってくれな~い?」
もうやりたい放題の林原。窮鼠猫を噛む。今野が反撃に出る。
「秋原さんと会えるように大谷少尉に言って欲しいんです!!!」
ものすごい大声…。まさかの反撃に、林原はあっけにとられてしまった。
「わかったから、とりあえず声下げろよ。こっちが恥ずかしい。」
とにかく今野を落ち着かせ、座りなおす。
「私、女の子と接したことがほとんどないので…。何していいか、全然わからないんですよ…。」
今野が不安そうに言う。
「そりゃ、俺だって慣れてるわけじゃない。でも変なことしなけりゃ大丈夫だろ。」
「そういう関係になるまでがわからないんですよ。」
「だから二人きりになってみると…。なってどうする?」
「え?お、お話してみたり…その…。」
まあ俺も偉そうなことは言えまい。大谷先輩の前では、いつも顔が赤いことだろう。
「よし、話を通してやるよ。艦橋でいいか?」
「ええ!?ホントにやるんですか!?」
「あん?何言ってんだ、お前がやってくれって言っただろう。」
「いや、まあ…そうですが…、いきなりですか…。」
「気合だ気合。当たって砕けろ、だ。」
「…砕けるって、ダメでしょそれ。」
ということで、今野の恋愛が始まった(?)。
次の日の艦橋。
大谷は通信士席で無線装備のチェックをしている。林原は石野と話し中だ。今野だけが、なぜかガクガクしながら艦橋にピンと立っている。
「あの、艦長。」
大谷が林原を呼んだ。
「どうしました?」
林原が大谷のもとへと行く。大谷がささやく。
「あの人どうしちゃったの?ほら、今野少尉。」
「あれはわけありです。あとで詳しくお話しますから。あ、あと秋原二水呼んでくるんで、話を合わせて下さい。」
そのまま艦橋を降りていこうとする林原の腕を掴む。
「ふ~ん、先輩に隠し事?」
「わ、わかりましたよ…。」
今野が外を向いているのを確かめ、耳打ちする。
「今野少尉、秋原二水が好きなんですよ。で、一度二人きりになりたいって昨日言われたんです。」
話し終わり、大谷の顔を見ると赤くなっている。
「それホントの話?」
「嘘ついてどうするんですか。だから、ちょっとチャンスをあげようかと思いまして。」
「ここに呼んで話させるわけね。…伝ー令!」
大谷が伝令を呼ぶ。本当は林原が伝令を呼ぶつもりだったが、その手間が省けた。どうせやろうと思っていることは同じだ。むしろ、普段落ち着いている大谷が乗り気満々で興奮していることに驚いていた。いつもより声がいくぶん高い。
「秋原二水をここへ。」
「はい。」
伝令が降りて行くのを見て、大谷が言った。
「無線のテストを手伝わせるから、終わったらそっちでなんとかしてね。」
「…はい。」
今日は林原が顔を赤くするのも間に合わないくらい、大谷の行動はすばやい。やっぱり他人の恋バナは面白いらしい。
「はーい、なんですか?」
秋原が艦橋へと上がってきた。今野がビクリと反応する。
「ちょっと手伝って。この部分が…」
大谷が(一応)手伝いを頼む。なぜか林原まで緊張してきた。
しばらく二人で無線機をいじっていたが、大谷が顔をあげた。
「ふぅ、これで大丈夫そうね。ありがとう、急に呼び出してごめんね。」
「いえ、またいつでも呼んでください。」
大谷が林原の方を見た。ひとつ息をはき、
「秋原二水、ちょっといいかな?」
と、秋原を呼ぶ。
「は、はい。なんでしょうか?」
秋原が振り返る。相変わらず妙に改まってる。
「あ、そんなに堅くならなくてもいいよ。見張り所で港の入り口を見ててくれないかな?もしかしたら、味方輸送船が来るかもしれない。その時、本艦が案内せよと言われてるんだ。」
「はい、味方輸送船の特徴とかありますか?」
今回ばかりは、秋原が気を使えるくらい余裕ができたことに抵抗感を感じることとなった。
「ええっと…、たしかマストが3本で日本国籍だ。大きさは5000トンくらいかな。」
「意外と大きい船ですね…。わかりました。」
「ああそうだ、万が一に備えて今野少尉と共同で見張ってくれ。」
「はい、わかりました。」
何の抵抗感もなく、見張り所へと向かう秋原。今野なんてガチガチに震えている。
「おい、そこで震えてるやつ。とっとと輸送船の見張りに行ってこい。」
返事がない。聞こえてない様子だ。
「おーい、そこのボンクラ少尉~!」
「え、は、はい!」
「早く行ってこい。見張り所で輸送船見はっとれ。」
「え?輸送船?あ、ああ…。わ、わかりました。」
仕方のないやつだ…と目を切ると、ビターン!と艦橋中に響く音がした。
「いてて…。」
今野が盛大に転んでいた。足がもつれたのだろう。…緊張で。
「い、今野少尉!」
艦橋にいた水兵が思わず叫ぶ。
「大丈夫だ。他は持ち場に戻れ。」
「そうだそうだ。士官も転ぶのは当たり前だ。いちいち反応せんでよい。」
石野の思わぬ加勢もあって、そのまま今野は見張り所へと足を運んだ。




