18.沈むよりはマシ
出港から7日目の夕日が沈んだ。雪風の所属する第二艦隊は、南西方向から第三艦隊と共にブレスト、プリマスへと向かっていた。
第二艦隊には長門が復帰。第三艦隊の随伴もあり、久々の艦隊と呼べる体裁が整っていた。第二艦隊の長門が先頭を行く。
第三艦隊は、戦艦 加賀を旗艦とする24隻の艦隊である。今回は鳳翔が同行している為、25隻編成だ。
「艦長!戦艦 アイオワから暗号文です!」
大谷が叫ぶ。
「内容は?」
「北大西洋の天候は、晴れのち曇り。繰り返します、北大西洋の天候は、晴れのち曇り。」
ふむ…と、林原は考えた。北大西洋の天候が、作戦決行の暗号符丁である。晴れなら決行、曇りなら決行されど注意、雨なら中止だが…。
「晴れのち曇りとは…一体どういうことだろうか…。」
石野も考え込んだ。
「一応注意しろ、という意味では?例えば、会敵した艦艇数が予想より少なかったとか。」
「なるほど…。見張り員!長門からの信号に注意!」
「ハッ!」
本来なら、夕暮れ前に鳳翔が偵察機を飛ばしブレスト・プリマス両港の状況を把握する予定であった。だが決行暗号が夕暮れ後にきてしまった為、発艦タイミングを失ってしまった。鳳翔は帰投させるべき、という会議が加賀で行われたらしいのだが、高嶋(第三艦隊司令 中将)が
「何かの役に立つんじゃないか?」
と発言。そのまま第三艦隊に同行させることになったらしかった。
「長門より信号!作戦は予定通り決行す。全艦の奮闘を期待する。…以上です。」
さて、作戦開始が下命された。第二艦隊はブレストへ、第三艦隊はプリマスへの航路をとった。
「ヨーロッパか…。」
林原はつぶやいた。イギリスがあって、ドイツがあって、フランスがあって…。自分がいた現代で、ヨーロッパと対立してるなんて想像しえないだろう。
作戦の詳細はこうだ。まず長門を含む戦艦3隻がブレストへと突入し、距離20キロまで接近し艦砲射撃を行う。敵残存艦艇に対しては、巡洋艦を主力とした水雷戦隊で対応する。…正直、大谷が言ったように雑な作戦だ。港の艦隊が全部出払っている前提での作戦だから、仕方ないのだろうか。
時計を見ながら林原は思った。そろそろ、ブレスト沖100キロだ。後2時間強で艦砲射撃が始まる。
「ふぅ…。」
一息ついた瞬間だった。
「長門より信号!」
突如、見張り員が叫ぶ。
「北西方向より敵艦隊接近中!距離50キロ!」
「何!?」
「ばれたのか!?」
艦橋が騒然となる。
「追加信号です。巡洋艦および駆逐艦は、本艦隊右方向に展開し敵艦隊を誘引せよ。」
「俺らが囮になるってことか?まあ命令は命令だ。」
石野が半ばダルそうに言う。全艦で返り討ちにすることを期待していたらしい。
「機関赤30!艦隊右側に移れ!」
「機関、赤30!」
敵の規模は不明だが、ブレストが補給港であることや各部からの報告からして大きくはあるまい。こちらは軽巡 神通を始めとした5隻の艦隊だ。相手が輸送船団の護衛艦隊程度なら、いい勝負ができる…かな。
「長門よりさらに追加です。敵艦隊は戦艦を含む可能性あり…」
見事に裏切られた。
「5隻しかいないのに無茶やらせるなぁ。」
今野がこぼす。戦艦いるのに5隻以下の艦隊とは考えにくい。
「回頭完了!」
「機関、黒50!」
神通を先頭に、単縦陣を組む。
「神通より信号!敵艦隊に突入す、我に続け。」
「ええ?ここで突っ込むのかよ!?神通の連中は頭おかしいんじゃねえか?」
艦橋員の視線が今野に向かうが、林原が擁護する。
「確かに、ここは距離をとるべきだと思うんだがなぁ…。だって目的は敵艦隊の殲滅じゃなく、囮役だものな。」
仕方なく、航続へと信号を送る。
「佐々岡水雷長に伝令を出せ。発射タイミングは、おそらく一瞬しかとれないと。」
「わかりました。」
伝令がラッタルを降りていく。
「今野、ちょっと…。」
今野を呼ぶ。
「神通が砲弾喰らったら、速攻で逃げるぞ。」
「逃げたら怒られませんかね?」
「知るか。沈められて海底の遺跡になるよりよっぽどマシだ。偽電打ちながら逃げるから、他の士官を縛っておけ。」
「さすが艦長、りょーかいです♪」
神通は何事も無く進んでいく。大丈夫かなと心配になるほど何ごともない。敵艦隊の進路と速力にもよるが、30キロまで接近していてもおかしくはない。30キロまで近づけば、あのおそろしい精度を誇る艦砲射撃で、砲弾の雨が降ってくるだろう。
「おーい、敵艦隊は見えないか?」
石野が見張り員へ声をかける。
「はっ、敵艦隊はまだ確認できず。それらしき姿などもありません。」
林原は腕組みをした。夜間だから30キロじゃ見えないから仕方ないか。そもそも30キロ前方に敵艦隊がいるかさえ、推測に過ぎない。
「艦長ー!!」
突然、艦橋にでかい声がこだました。思わずビクッとなる。
「1時方向水平線、発砲炎と思しき光を視認!」
「面舵一杯ッ!機関いっぱーい!」
今日も先制されて始めるのか…と、自分の運命をのろいつつ、回避運動を命令する。
ザバァ、と水柱が上がる。わずか100メートル右。
「敵艦隊より砲撃!方位3-0-0、距離は推定で30キロ!」
あっという間に単縦陣はバラバラとなった。各艦、必死の回避運動をとる。
「ぐあっ!」
水柱が次々と上がる。
「もの凄い砲弾投射量です!前が見えません!」
「神通とぶつからないように注意しろ!」
砲弾が海面を叩く音で、会話が聞こえない。意図しないうちに、誰も彼もが怒号をとばしている。
「戦艦何隻いるんだ?これは一隻二隻じゃないだろ!?」
誰かが叫んだ。
「プリマスから応援でも来てるんじゃないのか!?」
また誰かが叫ぶ。
「神通より入電!」
大谷が悲鳴のような叫び声を上げる。
「内容は!?」
「各艦速やかに散開せよ、です!」
「もう散開してるわ!アホ!」
今野が怒号で突っ込む。水柱で艦が縦に横に揺れ放題だ。
「相変わらずレーダー射撃か。とんでもねぇ精度だな。」
なぜか冷静に愚痴をこぼしている石野。
「30キロ先から当てられるほどの精度か。うちにも欲しいぜ。」
小坂が同意している。それも冷静に。さすが叩き上げ士官、胆の据わり方が違う。
「あー艦長?左、行きませんか?」
今野が耳打ちで言ってきた。
「ハァ?」
「今がチャンスでしょう。敵の目は完全にこっち向きです。我々が左方向に逃げれば、それに喰いついてくるんじゃないですかね?」
「あーなるほど…。」
ちょっと考えて、林原は言った。
「よし、言い訳を考えろ。駆逐艦が俺についてくるような言い訳だ。」
「駆逐艦?」
「単艦で行ったら普通に沈められて終了だろう。2・3隻いれば…なんとかなる…かもね。」
「…なんですかそりゃ。」
と言いつつ、言い訳を考えている今野。
「ダイレクトに牽制するって言えば、意外とついてくるんじゃないですかね?どうせ他の駆逐艦も、ウズウズしてると思いますが。」
「そうかなぁ…。」
ドン!と音がした。見ると神通の砲撃だった。
「艦長、今です!今味方は神通以外ノーマーク!…だと思います。」
「だから突っ込むのか?」
「そうですよ!味方駆逐艦がそこまでバカじゃなければついてきますよ。」
ふむ…と少し考えてから、
「秋雲は神通の護衛に残しとくか…。通信長!天津風と浜風に打電!我に続け!」
「え?は、はい!」
林原は敵艦隊を見据えた。発砲炎が水平線上に浮かぶ。
「待ってろよ、そこに魚雷のプレゼントを贈ってやるからな。」




