16.DECISION(決断)
満身創痍で入港した第二艦隊。川内は回航が決定された。山城はドック入りだ。舞風に至っては回航もできないほど損傷が激しく、応急修理の後、回航されることになった。
おかげで第二艦隊は壊滅状態だ。稼動している艦はわずか5隻。ドック入りし、復帰予定の艦を入れても7隻にしかならない。戦艦は扶桑が唯一元気な状態という有様だった。
人員被害も深刻だ。ここまでの死者は1000名を超えていた。負傷者など数える気も失せるくらいの数だ。川内から降りてきた乗員は、自力で歩いている方が少なかった。
「あれは…なんですかね?」
艦橋でボケーッとしていると、大谷が何かを見つけたらしい。
「?」
外を見ると、どうも見慣れた艦が入港してきた。
「おはよーございます。外なんか見ちゃって、どうしました?」
今野がラッタルを上がってきたらしい。そのまま見続けていると…
「ああー!」
思い出した。第三艦隊だ。ようやく応援に駆けつけてくれたのか。
「第三艦隊がようやく来ましたね。待ちわびていましたよ。」
嬉しそうに今野が言った。
先頭 加賀から各艦が続々と入港してくる。減ってしまった第二艦隊を見慣れてしまったせいか、隻数が多く感じた。
「ん?あれはなんだ?」
今野が指差す方向には、平べったい甲板の軍艦が一隻。
「あれって空母じゃないかなぁ…。」
林原がつぶやいた。何気なくつぶやいただけなのだが…
「空母?空母って何ですか?」
今野が興味津々で訊いてきた。
「え?空母は…」
驚いていると、大谷が説明を入れた。
「空母ってのはね、飛行機を海の上から離陸させる艦よ。だからあんなに甲板が平べったいの。」
「へえ~…。」
感心したように頷きながら、空母を食い入るように見る今野。大谷が林原に耳打ちした。
「この世界は飛行機の技術が発展していなかったじゃない。空母も無かったんだと思うわ。」
「あ、そうか!」
航空技術がそれなりに発展していなければ、空母の狭い甲板から離艦させることなどできない。ということは、それなりに技術革新があったということだろうか?
鳳翔…後日聞いた、空母の艦名である。何でも、世界で最初の空母らしい。肝心の艦載機が揃っておらず、今回は実験も兼ねて第三艦隊に随伴したらしかった。
「じゃ、行ってくる。」
林原は舷梯まで迎えに来た今野に言った。今から司令部へと行かなければならない。
「デート、がんばってくださいね。」
そっと小声で言った今野をごついて、舷梯を降りた。すぐ後には大谷がついてきている。
相次ぐイギリス陣営からの攻撃に悩まされていた日本陣営だったが、第三艦隊の到着と南大西洋に展開していたアメリカ第10打撃任務部隊の帰投により、大幅に戦力が充実した。
この好機を逃さず、イギリス陣営への反攻作戦が計画された。
「では、作戦内容を説明する。」
扶桑に集まった第二艦隊全艦の艦長たちを前に、入野司令が口を開いた。
「日本及びアメリカ艦隊の、投入できる全戦力を投入しブレスト、プリマスを攻撃する。アメリカ艦隊が陽動作戦にて警備艦隊を大西洋北側に誘導、その隙に我が第二艦隊はブレストを攻撃する。第三艦隊はプリマスを攻撃する予定だ。」
まず、アメリカ第38任務部隊がケルト海に接近し、ブレストとプリマス両港の警備艦隊を北西方向へとおびき出す。第10打撃任務部隊は北にて警戒し、挟撃を防ぐ。第38任務部隊が敵警備艦隊を引き寄せたところで、南方向から第二艦隊と第三艦隊が突入、それぞれブレストとプリマスを攻撃したのち帰投するというものだ。
プリマスはイギリスの最重要根拠地である。同時にブレストは重要補給港であり、仮に成功すればイギリスの海軍力と同陣営のシーレーンを遮断できることになる。
「同港にはどのくらいの戦力があると思われるのか。」
こんな質問がとんだ。
「現時点では判明していない。当日に、鳳翔から偵察機を飛ばし確認するつもりだ。が…」
言いにくい素振りで、入野は座りなおした。
「諜報員からの情報では、ネルソン級を始めとした戦艦6隻を中核として50隻はプリマスいるらしい。」
部屋がどよめいた。50隻…
「ブレストには輸送船団の護衛艦隊がいるだけだ。いて重巡が5・6隻だと思われる。」
安心させるように言ったつもりだろうが、プリマスとブレストは目と鼻の先だ。プリマス攻撃が失敗すれば、わずか7隻の小規模艦隊に対し、50隻の大艦隊が差し向けられる可能性すらあるのだ。
帰り道、大谷が訊いてきた。
「ねえ、こんな適当な作戦で大丈夫なのかな?」
敵を引きつけ、その隙に殴りこむという今回の作戦は、もっと緻密な作戦を立てるとばっかり思っていた大谷にとって適当すぎると思ったらしい。
「私にはわかりませんよ。ただ、ちゃんと作戦を考える参謀みたいな人が考えているんですから大丈夫でしょう。」
笑顔で言ったが、大谷は難しい顔をしていた。
「人の命を何だと思ってるのよ…。」
戦闘を潜り抜け、ある程度戦闘に対する耐性がつくと上への不満が出てくる。日常的な不満から戦闘時の指揮に対する不満まで様々だ。
そういう意味では、林原はこの言葉が嬉しくもとれた。大谷先輩は、戦闘と向き合っている。前のように震えているんじゃなく、雪風の一員として戦おうとしている。
「…?どうしたの?」
大谷が覗き込んだ林原の顔は、ちょっと寂しそうな顔にも見えた。
「…そろそろ、言っておきませんか?その…二人の秘密のことを。」
林原は静かにそう言った。
雪風の一員になるということは、必然的にこの世界の人間になることであると林原は解釈していた。自分らはこの世界の人間ではない。現代という異世界から来た人間なのだ。
「言うって…誰に?」
「誰って…い、今野少尉とか…、秋原二水とか…。」
誰かに言っておかないと、自分は現代から来たことを忘れてしまうのではないか。自分はもう元の自分に戻れなくなってしまうのではないか。そんな不安が林原の心の中を渦巻いていた。
「うん、そうだね。」
えっ?っと林原は聞き返してしまった。以前訊いたときには、頑なに拒否していたのに…
「林原君がそれが原因で悩んでるのなら、私の身勝手でそれを解決できないなんてことにはしたくないから…。」
「え?わ、私は大丈夫ですよ。ただ言っておいた方が心が晴れていいかなと思っただけですし。」
「林原君、我慢しないで。私も、少しづつ言わないとならないのかなって思ってたから。林原君はいいキッカケをくれたんだよ。」
「…。」
返答できず困った。なんか大谷が無理をしているように思えてしかたないからだ。
「それに、私は一応年上だよ?これでもちゃんとした20歳なんだから。」
「いやまあ、それはわかってますが…。」
舷梯まで来た。水兵たちが甲板掃除をしているのが見える。
「考えておいてよ。気を使ってくれてありがとう。」
ふっと笑顔を見せる大谷。
「は、はい。」
ドキッとする林原。自分の部屋に向かう間にも、ドキドキが止まらなかった。
作戦内容は士官室にて林原の口から伝えられた。大西洋に来て初の攻勢、というのもあって誰もが活気に溢れた顔をしていた。
一番活気があったのは佐々岡水雷長だった。
「うっひょお~!」
初めて見た佐々岡の妙なテンションに、林原ボーゼン…。
「ああ、気にしないでくれ。ここまで発射管磨きばっかしていたからな。前回も水雷に出番が回ってきそこねたし、張り切ってるんだろう。」
なんて石野が補足説明を入れる。上機嫌で士官室を出て行く佐々岡。
「いよいよ攻撃作戦か。こりゃあやる気が出てくるなぁ~。」
今野も嬉しそうだった。
部屋に戻る途中、大谷にアイコンタクトした。
「決めたの?」
小声でささやく大谷。
「覚悟はできました。先輩はどうしますか?」
「じゃあこちらへ連れてきて。4人で話しましょ。個別に話すと解釈が違っちゃうかもしれないから。」
「わかりました。ひと段落したらそちらへ行きます。」
「わかった。他の士官にばれないようにね。」
そう言って別れた。
部屋に戻ると、今野が上機嫌で鼻歌を歌っていた。
「艦長、楽しみですねー。負け戦ばかりじゃ体もなまりますよ~。」
笑顔を浮かべる今野に話をぶったぎってまで言うのはなんだな、と思った。が、ここは言わねばならない。
「今野…。」
「はい?あれ、不安なんですか~?そんな顔しちゃって。あ、恋愛相談ですか?私ではお力になれるかわかりませんが何でも…。」
「重要な話がある。他の士官には言わんで欲しい。」
有無を言わせない林原の雰囲気に、さすがの今野も笑いを止めた。
「口外するな、と言えばしませんが、そんなに重要なことですか。」
「ああ。伝えなければいいだろうと言われればそれまでだが、どうしても話しておきたい。」
そう言うと、立った。
「ついて来い。」
短く言うと、部屋のドアを開けた。




