15.長い夜
ドオン!という轟音で、寝ていた林原は強制的に起こされた。
「何だ何だ!?」
ベッドから跳ね起き、艦橋へと駆け上がる。暗闇のおかげで、最後の一段に引っかかり艦橋の床に嫌と言うほど顎を打ちつけた。
「状況報告!」
顎をさすりながら怒鳴る。
「川内に爆発!それ以上はわかりません!」
「川内より信号!」
見張り員が叫ぶ。
「我、敵弾を受ける。散開せよ!」
「面ー舵!機関、両舷全ー速!」
操舵員が復唱し、艦は左にグーッと傾く。
出港から2日目の夜。時計は午前3時を指している。ここまで何もなかった分、またも不意を突かれた格好となった。
「どうした?何があった!?」
小坂が艦橋へと上がってきた。
「川内が敵弾を受けました。散開を命じています。」
「敵はどこだ?まだ遠いのか?」
「わかりません。こちらからは爆発しかわかりませんでしたから。」
「艦長!扶桑より電文です。」
通信員が叫んだ。
「我が電探が敵艦隊探知。方位0-8-0、距離約30キロ!全力即時待機を命じています!」
「30キロ!?初弾を命中させられるような距離じゃないだろ!?」
小坂が驚いたように言う。
ヒュルルル…。甲高い砲弾の飛翔音。
「後方に水柱!敵弾です!」
「わかってる!」
どうしようもない。歯がゆさが林原の心に溢れていく。
「扶桑より電文!第二艦隊全艦は、我が艦中心に輪形陣を形成せよ。」
「おーい、陣形展開だ。機関赤30。」
「ハッ!機関減ー速!赤30!」
「取ー舵!」
川内は火災が発生しているが、今のところ速力は落ちていない。
「これじゃあ先頭は本艦だな。」
いつの間にか今野が隣にいた。
「艦長、川内に先戦闘海域離脱を具申して下さい。あのままじゃあ格好の標的ですよ。」
「たしかにそうだな…。無傷ではないのだから言っておくか。」
「通信員!川内に打電だ!戦闘海域離脱を具申すると。」
こういう時は仕事が早い今野。暗闇から了解の声が聞こえた。
再び水柱が上がる。今度は閃光が先に見えた。
「舞風、被弾ッ!」
低い音と共に報告が飛んでくる。
「戦艦は撃たないのか!?もう射程距離に入ってるだろ!?」
小坂が悲鳴のような声を上げる。そう言った瞬間、轟音が響いた。
「扶桑、発砲!」
ようやく反撃開始だ。後方にいた山城も砲火を放つ。
またも轟音。後方山城への被弾だ。第二艦隊全艦を、炎が照らし出す。
「山城、艦橋後方に被弾!」
「ん?艦長!」
見張り員が突如叫ぶ。
「敵艦隊発見!方位0-7-0、艦艇多数!」
「ようやく…捉えたか!」
双眼鏡を覗き込む林原。黒い影がかろうじて見える。
「艦長、川内より電文です。」
「読み上げろ。」
「はっ、本艦の損傷は軽微。ただし戦闘継続困難な為、戦闘海域を離脱する。以降は扶桑の指示に従え。以上です。」
「そうか…具申が通ったか…。」
ほっと胸を撫で下ろす林原。その直後、床が後に傾いた。壁に叩きつけられた艦橋員に、海水が襲い掛かる。
「ゲホッ、ゲホッ…何が…あった?」
「か、艦首付近に至近弾です!」
まだ揺れの収まらぬ暗闇の中で、報告がくる。以前も艦首至近弾を受けたような…
「被害状況を知らせ!」
小坂がすばやく命令を発する。伝令がラッタルを駆け下りていった。
「そういえばアメリカ軍はどうした?まさか来ていないことはあるまいな?」
今野が言う。
「いえ、さっきから電文がきてますが、全て扶桑宛のようです。それと…いえ、何でもありません。」
「それとなんだ?言ってみろ。」
「は、その…私には英文の翻訳ができませんので…。」
「バカ者!それを早く言え!」
今野が通信員を怒鳴り散らしている間にも、砲弾は第二艦隊に襲い掛かる。
「被害報告です!艦首船倉甲板及び下甲板に浸水あり!されど戦闘に異常なし!」
「扶桑より信号!全駆逐艦に右側方からの雷撃を命令する!」
「それきたぁっ!」
今頃、佐々岡水雷長は喜びを爆発させていることだろう。はるばる大西洋まで来て、初の実戦だ。
「面ー舵!」
敵艦隊との相対距離、およそ20キロを切ったところか。
「10キロまで接近できたら勝ちだな。」
今野が嬉しそうに言う。そういえば、こいつ水雷科だったな…。
「ん~?なんだあれは?」
双眼鏡をのぞいていた小坂が声を上げる。
「あれはうちの砲撃じゃないな…。アメリカ艦隊の艦砲射撃を確認!」
左から第38任務部隊が砲撃を開始したらしい。さて、向こうはどう出るか…
「敵艦隊反転します!」
見張り員の叫び声。気持ち明るくなり始めた空の下に、いくつもの艦影が浮かぶ。
「いや~助かりましたね。」
「第二艦隊だけじゃ戦力不足だからな。しかし、これでまた艦艇数が減ってしまったか…。」
アメリカ艦隊が敵艦隊を追撃しにかかっている。ここからでも砲弾の軌跡が見える。
「扶桑より信号!雷撃中止。くりかえす、雷撃中止!」
はぁ…と林原はため息を一つ。どうやら第二艦隊の戦闘は終わったようだ。
「扶桑より信号。艦隊集結せよとのこと。」
「ふぅ…、どうやら終わったようだな。」
小坂が安堵のため息をついた。
大谷が眠い目をこすりながら艦橋へ上がると、林原が壁へとへたり込んでいた。
「え、え?一体何が!?」
眠いので反応は鈍いが、あまりにもやつれた林原を見てびっくりした。
「ふぁ~…、ああ、大谷せん…いや少尉。」
見れば今野もすぐ横でいびきをかいている。疲れきった二人に、大谷は疑問で一杯になった。
「おはようござい…ま…す?」
艦橋に秋原が上がってきて、こちらもびっくりしていた。
「何があったの?」
「さっきまで海戦を…、あれ?気づいていないんですか?」
思考の限界のせいか、敬語になってしまう林原。
「昨日?夜のこと?私は寝ていたけど…。戦闘があったの!?」
驚いた顔を見せる大谷。後でキョトンとしている秋原。
「うーん…、あ、艦長、おはようございます…。」
ようやく今野が起きた。目がぼんやりしている。あまりの顔に、大谷は
「うぇっ!?」
と引いてしまった。
「あ、今何時ですか?」
林原が訊く。
「今?10時だけど…。」
ということは5時間くらい寝ちゃったのか。言うことを聞かない体を無理矢理起こす。
戦闘海域から離脱したのが4時くらい。第38任務部隊に後を任せ、ノーフォークへと帰路についたのだが、途中で潜水艦の報告があり背中に冷たいものを感じながら航行していた。ずっと艦橋で突っ立っていたつもりだったのだが…。
「お互い、寝てしまったようですね。艦長。」
「うむ、不覚にもそうらしいな。」
フラフラする。体が言うことをきかない。
「私から石野大尉とか小坂大尉の言っておくわ。休んだほうがいいよ。」
大谷にそういわれては仕方がない。
「じゃあ…頼みますよ。」
結局敬語のまま、今野を引きずりながらラッタルを降りていった。
「大丈夫…ですかね?」
秋原が二人の後姿を見ながら心配そうに言う。
「歩いているから大丈夫だと思う。でもやっぱり心配ね…。」
通信の引継ぎをしながら後姿を見送る。
「よく見ると…損傷艦がありますね。ひどい海戦だったのでしょうか…。」
言われて気がついた。扶桑を始め、生々しい傷跡を残した艦がある。ある巡洋艦などは真ん中部分が跡形も無くなっていた。
「後から何か言ってくるよ。秋原ちゃんは主計科に行かなくていいの?」
「そうだった~!すいません、また後で!」
急いでラッタルを降りていった。
「はぁ…。」




