12.水柱、そして炎上
「総員、ノーフォーク港に対し帽振れー!」
乗員全員が露天甲板に出て、一斉に帽子を振る。林原と大谷も艦橋から帽子を振った。今野は前部主砲付近で、やや適当に振る。秋原は魚雷発射管の横で激しく振っていた。
日本海軍第二艦隊は、アメリカの大西洋艦隊である第42打撃任務部隊と合同での大西洋哨戒を担当する。哨戒といっても、緊迫した大西洋情勢を鑑みれば索敵攻撃みたいなものだ。ついに雪風は、最前線へと引きずり出されたことになる。
アメリカ第42打撃任務部隊は、戦艦アイオワ以下50隻にも及ぶ大艦隊である。いくつかの艦隊を統合して編成したらしいとの話を聞いた。
「へぇ~、こりゃすげぇ…。」
今野が感心しながら第42打撃任務部隊を眺めている。
「世界の半分の船はアメリカにあるような話も聞いたことがあるが、あながち嘘にも思えんな…。」
石野も感心した様子で見ている。第二艦隊の19隻(長門は修理につき未出撃)の倍以上の隻数だ。
第二艦隊と第42打撃任務部隊は、それぞれ緯度42度を基準に南北に分かれて哨戒する。第二艦隊は北部に回されたが、日本に偵察させ自分らは敵の位置を知った上で行こう、というアメリカの意思が見え隠れしている。
「貴艦隊の無事を祈る。以上です。」
大谷が第42打撃任務部隊からの電文を読み上げる。
「無事を祈る…ねぇ。最前線で無事でいられるか…。」
今野が皮肉ったように言い放ち、艦橋中から冷ややかな視線を集めた。
「そういえば、君はどうやってアメさんの電文を日本語で受信しているんだ?」
石野が不思議そうに尋ねる。
「え?頭の中で翻訳しているだけですが…」
大谷が平然と返すと、艦橋中が今度は驚いている。当然だ。士官学校を出た者ですら、満足に英語ができないのに…
「非常に助かっている、大谷少尉。」
林原が笑顔で礼を言う。ふふっと返した大谷にが、急に真顔になった。
「英語…?いや…ドイツ語…」
艦橋に冷たい空気が走る。
「陸奥より信号!」
見張り員が叫ぶ。
「敵艦隊に発見された可能性あり、各艦見張りを厳となせ!」
陸奥もドイツ語電文を傍受したらしい。
「何と言ってる?」
「さあ…私はドイツ語まではできませんから…」
石野に対し、困ったように大谷が返した。
「大谷少尉、ちょっと。」
林原がヘッドホンを貸してくれとジェスチャーする。
「…えっと…艦隊?…西…」
わかる単語を聞き取り、訳していく。
「…船…向かう…」
頭の中で単語をつなげていく。
「西の…西に艦隊を発見、船は…向かう…か?」
「おい!海図持ってこい!」
小坂が叫んだ。
「向こうが我が艦隊を西に発見したのなら、向こうはここから東にいるはずだ。」
「ドーバー海峡を渡ってきた…か?」
艦橋がにわかに忙しくなる。
「目的はなんだろうか?」
「距離がわからないのがいやだな…」
「艦長!さらに電文が!」
大谷が叫ぶ。再びヘッドホンをとる林原。
「う~んと…、18?…いや180…」
コンパスで雪風の位置から180浬の円をかく。
「ここだな…。セーブル岬南430浬、本艦隊から東に180浬。」
「推測でもいい。とにかく情報を得ることが大事だ。」
伝令ッ!と石野が叫ぶ。
「陸奥に発行信号にて打電!電文は以下、敵艦隊はセーブル岬南430浬、本艦隊より東180浬の位置と思われる。以上!急げ!」
「ハッ!」
伝令がラッタルを飛び降りるように降りていった。
「180浬となれば…下手すりゃ遭遇は4時間後か。なぜこんな近くに…」
小坂が腕組みをする。
「おそらく沿岸を砲撃にでもきたんでしょう。」
今野が言う。
「砲撃か…。となれば、戦艦が少なくとも2・3隻はいると思うのが当然だな。」
戦艦…ドイツの戦艦か…
「ビスマルクかティルピッツ…か。」
小坂がボソリと言った。決して大きくない声だ。だがその瞬間、艦橋の温度が2度ほど下がった。
ビスマルクとティルピッツ…、ドイツの誇る最新鋭戦艦だ。士官学校では、個々の艦に対する教育は時間の関係でまずやらない。が、このビスマルクとティルピッツだけは叩き込まれたのを覚えている。
「ビスマルクとティルピッツは、現在の大西洋における最大の障害となっている。16インチ砲を搭載しながら30ノットを超える速力、さらに1万浬もの広大な航続力は大きな脅威となっている。」
この艦橋にいる内には、実際に戦場を潜り抜けてきた猛者もいる。そんな者たちさえ恐れる戦艦…
「しかし、会えばやらざるを得ませんね。」
今野が言う。
「こっちにも陸奥がいる。負けちゃいないよ。」
前方の海原を見ながら石野が言う。知識のない林原にも、その緊張感だけはひしひしと伝わってきた。
「陸奥より信号!」
見張り員が叫んだ。
「本艦隊は、これより敵艦隊と接触する。交戦となる可能性大。全艦合戦準備せよ。以上です!」
大西洋上で、日本海軍とドイツ海軍が衝突する。今に砲弾があめあられと降ってきて、艦橋に怒号が飛ぶようになるんだと嫌な想像をあれこれ頭に浮かべた。
緊張感の中、艦隊は真っ直ぐ突き進む。あれから4時間経っただろうか。
「艦長、この音は…?」
「音?」
ヒュルル…、砲弾の飛翔音!!
「総員、衝撃対応姿勢とれー!」
なんか反射的に叫んでしまった。皮肉にも、その叫びは正確だったらしい。
ドゴォン!と、凄まじい音。
「後方!時津風被弾ッ!」
見張り員が裏返った声で報告を飛ばす。
「バカな!?いったいどこから!?」
陽が傾き、夕焼けが広がる大西洋。その沈黙を破るかのように、砲弾が飛んでくる。
「見張り員!敵艦隊の位置知らせ!」
「位置特定不可能!」
これではアウトレンジ攻撃だ。やられるだけになってしまう。
「時津風、大破炎上!」
後には真っ赤になった時津風。徐々に行き足を弱めていく。
「陸奥より入電!第五戦隊は陸奥を除き時津風の救助に当たれ。」
「取り舵一杯!反転して時津風の右舷につけ!」
海面には、着弾時の爆発で飛ばされたのか幾人かの頭が見える。
「部署発動!対水上戦闘用ー意!」
「対水上戦闘用ー意!」
すぐ脇に水柱。第二弾が飛んできたらしい。
「なんていう砲撃精度だ。」
「カッター下ろせ!」
甲板を水兵が駆けずりまわる。
「陸奥より入電です。敵艦隊を0-8-0の方角に認む。」
「時津風、沈みます!」
艦橋は矢継ぎ早でくる報告で一杯だ。兎にも角にも時津風生存者を助けねばならない。
「縄梯子垂らせ!」
甲板へ次々と上がってくる時津風の生存者は、どれも重油で顔が真っ黒だ。まさに甲板上は文字通り野戦病院と化している。
「生存者の様子は?」
艦橋に上がってきた伝令に訊く。
「ハッ、元気な者が半分、四肢がない者などの重傷者が半分です。本艦はおよそ40名を救出しました。」
あの爆発で生きて返った者が40名はいるというのが奇跡的なくらいである。
「陸奥より入電。第五戦隊の指揮権を雪風艦長に委譲する。…以上です。」
大谷から思いもよらぬ言葉が発せられた。
「指揮委譲?」
「おそらく、生存者を乗せて戦うか、撤退するか自分らで選べ、ということであろう。」
石野が言う。
「艦長、ここは行くべきです。本艦が被害を被ったわけではありません。」
「今野少尉、時津風の乗員がいるのだぞ?まだここはアメリカ本土からそう離れてはいない。陸にあげてやるのが情けではないか?」
今野と小坂が議論を始めた。
「大谷通信長…、天津風に貴艦の意見を伺う。と打電してくれ。」
議論している二人を横目に、林原が静かに言った。
「はい、了解です。」
大谷が打ちはじめる。




