11.どうする?二人の秘密
10日後、第二艦隊はノーフォークへと入港した。目的は第一艦隊からの引継ぎ、及びパナマ沖奇襲海戦における損傷艦の修理である。
10日も有したのは、長門の損傷が激しい為である。陸奥に移された司令部では長門を自沈させようか、という提案もあったそうだが、最終的にノーフォークでの修理を行うことを決定したそうだ。
しかし、長門の損傷は自力航行ができないほど激しかった。結局第五戦隊の全艦で長門を曳航するという方法でどうにかノーフォークへと到着したわけである。
「ここがノーフォークね…」
大谷は珍しそうに甲板からノーフォーク港を見ていた。パールハーバーに似た印象を受ける。
奥にはアメリカ戦艦が何隻か投錨していた。アメリカ本土の一大港だが、艦が少ない。
「他の艦はどうしたのかしら。」
「大西洋のいろんなところにいるらしいですよ。」
振り返ると秋原だった。
「主計科は、あまりやることがないんですよ。」
なんでここにいるの?という不思議そうな目をした大谷を見て笑顔でそう言った。
「ああそうなんだ…。」
答えて、大谷はまた港を見た。
「少尉こそ、こんなところでどうしたんですか?」
「気分転換よ。ここのところ、ずっと艦橋にしかいなかったからね。」
ついさっきまで、艦橋での通信処理に追われていた。どの艦が先に入るかとか、長門はどうするんだとか、ひっきりなしに通信が入ってきていた。
「私たちはいつ入るんですか?」
「先に入るらしいわ。パナマでの損傷艦だからね。」
「じゃあドック入りですか?」
「ちょっと入るのかもね。…あ、それよりも、」
大谷は秋原の方に向き直った。
「秋原…さんの方がいいのかな?私、人を呼び捨てするのは慣れてなくて。」
「え、そんな…。秋原でいいですよ。あ、いや呼び捨てしてくれというわけじゃなくて…。」
呼び方ひとつであたふたする秋原。はぁ、と大谷はため息をつくと
「秋原ちゃん、でいい?その方が呼びやすいの。」
「え、あ、はい!それで、構いません!」
そんなガチガチにならなくても…、と思いつつ
「じゃあこれからもよろしくね、秋原ちゃん。」
ポンッと軽く肩を叩き、大谷は艦内へと入っていった。
「機関微ー速!」
「陸奥との距離、約500!」
雪風はノーフォークへと入港していく。ちなみに修理は内側からの応急修理のみにするらしかった。
「ちゃんと修理して欲しいよな。上はまったく何考えてんだか…」
先日の怒りはどこへやら、石野は艦橋でドック入りしないことへの愚痴をこぼしている。
「艦長、入電です。陸奥の隣に投錨せよ。以上です。」
「目刺しか?石野大尉、やれますか?」
「何、任せな。…取ー舵!機関赤30!」
ゆっくりと雪風は陸奥へと近づいていく。
「右舷よりタグボート2、接近。」
「やれやれ来ちまったか。せっかく腕の見せ所だったのに…」
石野が残念そうに言う。
「まあまあ、やってもらったほうが楽じゃないですか。」
タグボートが雪風を陸奥に押し付ける。多少乱暴だが、これで目刺しの出来上がりだ。
「錨下ろせ!」
ガラガラという音と共に、アンカーが水しぶきを上げて海面へと飛び込む。これで投錨完了だ。
「艦長代行より、全艦に通達する。」
林原が艦内放送用のマイクを手に取る。
「本艦は応急修理と補給の為、しばらくの間停泊となる。半舷上陸を許可する。以上。」
しばらくの間、というのは予想以上に短かった。次の日には大西洋に展開していた日本海軍第一艦隊が到着し、司令部を一時的においている陸奥へと第一艦隊司令部がたずねてきて、引継ぎを行った。同時に、陸上にあるアメリカ海軍司令部の人員もやってきた。こうした処理の迅速さは、大西洋の情勢の悪化を実感させるものであった。
「もう出港するの?…いや、するんですか?」
艦橋にいた林原に、大谷が声をかけた。
「あ、は、半日後に出港し…するんでしょう。」
上官という立場と後輩という立場の二つが交じり合った結果、こんなよくわからない言葉になってしまった。
この先輩でありながら部下、後輩でありながら上官というギクシャクした状態は、二人の間に言葉の溝を作っていた。
「そう…。ありがとう…ございます。」
そう言って、通信士席に座る大谷。出港準備の為の通信が入ると思われるゆえ、気まずいがここを立つわけにはいかない。
「深川二水、すまんが先任伍長に補給品の確認をしてくれ。」
林原が言葉を放った。
「はっ、了解しました。しかし、ここは…」
「ああ、艦橋は俺がやっておく。間違いのないように訊いてきてくれ。」
「わかりました。お願いします。」
一礼すると、ラッタルを降りていった。
「大谷先輩。」
やさしく呼んだ。今、艦橋には二人しかいない。
「…通信士は大変じゃないですか?」
久々に、自分から大谷に話しかけた。
「うん、大変だけど大丈夫だよ。」
光の差す艦橋で、大谷が返答する。大谷は自分が話せるように林原がひとつ考えてくれたのを察した。
「林原君の方が大変そう。毎日毎日艦橋で立ったままで、あまり寝てないんじゃない?」
「私は大丈夫です。こう見えて、けっこう丈夫ですから。」
大谷が自分の心配をしてくれたことが嬉しかった。こんなときでも、ちゃんと自分を見てくれているんだ。
「ねえ、呼び方ってなんとかならないの?…いちいち敬語使うの嫌なの。」
急に本音が出てきてドキッとした。
「私はあくまでも艦長代行…、本物の艦長ではないですもの。それに、軍隊って厳しい上下関係があるところですし…」
「でも駆逐艦は戦艦なんかよりも上下関係が緩いんでしょ?」
う~ん…と林原は考え込んだ。
「…みんなに、本当のことを言うべき時なんですかね。」
小さく林原は言った。
「…私はあまり言いたくない。」
大谷は少し考えてから、はっきりとそう言った。
「でも、事情を説明すれば…」
「何があるかわからないじゃない!ここの人達は元の世界の人とは違うのよ?第一、説明してわかってもらえるかもわからない!」
立ち上がり、怒ったように大谷は叫んだ。
「そ、それは…」
林原は感じた。大谷は表へは出さなかったが、胸では不安でたまらないのだと。同じ人間、同じ日本人。でも、生まれが違う別の人なのだと。
「私だって、言いたくなんかないですよ。ただ、あまりにも大谷先輩が…」
そこまで言って言葉につまる。
「ごめん…きつく言っちゃった。でも、私は不安だから…。」
うつむいて大谷が言う。気持ちはよく伝わってきた。
「大谷先輩、今野に言うのは許してもらえませんか?」
ゆっくりと大谷に言った。
「あいつは大丈夫です。それに、仲間がいたほうが安心じゃないですか。大勢に言う必要はないですから。」
大谷は黙ったままだ。だが気に入らないわけではなく、考えているようだった。
「秘密は話してしまった方が楽になりますよ。ちゃんと守ってくれるような人であれば、問題はありません。…たしか、大谷先輩も秋原っていう二水がおりましたよね?」
「うん…秋原ちゃんは…」
また考え込んでしまった。まあ冷静に考えれば、別の世界から来た、なんてのはまさにおとぎ話だ。
「秋原ちゃんには、余計な心配かけさせたくないし…」
秘密を話せば、それを話してはならないというプレッシャーを与えるのではないか、と大谷は心配そうに言う。
「秋原二水は…」
と、いいかけてやめた。秋原二水はそんなにヤワじゃないでしょう、と言おうとしたのだが、これについては寝食共にしている大谷の方が知っているだろう。
「?」
「あ、いや特に何も…」
カンカンとラッタルを駆け上る音が聞こえる。ちょうど深川二水が帰ってきたらしい。
「報告します。先任伍長より、こちらで確認しうる限りの補給品はすべて万全であると。」
「そうか、ご苦労。」
軽い会釈で答える。
「ん?」
大谷が反応した。どうやら無線が入ったらしい。
「陸奥より入電です。1時間後に第二艦隊は長門を除き、第一艦隊の交代として出港すると。」
「1時間後か、早いな。了解。」
艦内放送用のマイクをとる。
「艦長代行より全艦に通達。急ではあるが、1時間後に出港。繰り返す、1時間後に本艦は出港する。以上。」
いよいよ、混沌とした大西洋へ…




