奇々怪々
第一区 車内
煙草と消臭剤と、香水と汗の臭いで車内は酷い悪臭である。
その中に幼い少女と、数人の青年が乗っていた。
幼い少女の隣に座っている青年以外は、全員ヤンキー感が満ちあふれている。
「スズメちゃん、だよね」
幼い少女に、まじめそうな青年が話しかけた。
少女―スズメは、どんよりとした目でまじめそうな青年を見上げた。
青年も改めて、スズメを見る。
白すぎる肌に細い体、赤毛のおさげが動く度にふわふわと動いている。
「君さぁ、今からどんな目に遭うと思う?」
青年は優しそうな口元を歪ませた。
一見、まじめで優しそうな青年だが、動作や目の奥の感情が本来の性格を語っている。
「羽黒はたすけに来てくれるかな?来ても来なくても、君は痛い目に遭うんだよ。わかる?」
「羽黒は助けに来ないよ」
スズメは怯えた様子も無く、平然と答えた。
車内が青年達の笑い声があふれる。
「へえ!それは残念だねぇ、じゃあ、どうしよっか!ははっ、君をコワイ人達の所に連れて行くっていうのもいいなぁっ!」
「それは無理」
「なぜ?お兄さん達が出来ないとでも思うのかい?」
「違うよ」
スズメは首を横に振った、おさげも一緒になって動く。
まるで、耳の長い犬のようだ。
「『羽黒は』助けに来ないだけ」
「はぁ?」
コンコンッ
助手席側の窓が叩かれる。
助手席に座っていた青年は、無視をしてゲームを続けていた。
「開けろって・・・・」
ゲームから顔を上げ、窓の外を見ると―
男がバットを振りかぶっていた。
ガシャァァァアアァンッ!!
車の窓が割れ、破片が車内に飛散する。
間髪入れずに助手席側の青年が車の外に引きずり出される。
「うっわ、ちょ・・・・」
そのまま、背負い投げをされる。
投げ飛ばされる時、相手の髪が警戒色のようにぎらぎらと光るのを見た。
「うがっ!」
背中をアスファルトの上にたたき付けられ、背骨が軋む。
投げ飛ばした男は、ゆらりと車内を睨んだ。
顔の半分を覆うバンダナのせいで、男の鋭い眼光を際立たせている。
男・・・というより、自分たちと同じくらいの年だ。
よくみると学ランを着ている。
「なんのつもりだ、コスプレ野郎」
「それはこっちの台詞だロリコン共が」
まじめそうな青年が、車内にいる残り三人に顎で指示を出した。
三人は黙って頷き、車からどかどかと出てくる。
「おいこら、てめぇ何しにきた?」「あ?殺すぞ」「ぼけが」
「・・・お前ら、頭わるいだろ」
バンダナ男は指を鳴らす。
パチンッ
三人の動きが一瞬止まったが、すぐに会話を始めた。
「なあなあ、どっか遊びにいかね?」「おう、どこ行くよ」「マジ暇だわ」
唐突な動きの変化に、まじめそうな青年は目を丸くした。
そして、三人はバンダナ男に興味が無いと言うように素通りしていく。
と、いうか、周りが変だ。
こんなに周りに車があるのに、誰一人騒がない。
通行人だって、悲鳴もあがらない。
こんな騒ぎなら、普通誰かしら何らかの反応をする。
それが無い。
―なんだよ・・・どうなってるんだ?
まじめなそうな青年は、焦り始めていた。
周りのこの、反応の無さが不気味だったからだ。
自分たちにの空間だけ「興味が無い」という素振りなのだ。
「何しやがった!!」
「・・・」
バンダナ男は答えず、車のドアを開けた。
肩にバットを担ぎ、車の縁に片手をかけている。
「スズメ、おいで」
「? おい!『一体、なんの話をしてるんだ!?』」
半狂乱になっている青年を無視して、スズメは車から降りる。
バンダナ男の服の裾をつかみ、しゃがみこむ。
「セナ・・・疲れた・・・」
「待ってろ、これが終わったら皆の所に帰ろう」
「おいこら!何したって聞いてるんだ!!」
セナは片手を掲げた。
「お前は、知らなくていい」
パチンッ
指が鳴った。
青年は何事も無かったかのように、車から降りる。
後ろでは車がクラクションを鳴らしている。
どうにかして車をどけなくてはいけないが、自分は免許を持っていない。
―困ったなぁ
青年は頭を抱えた。