魔無しの剣士
「……ついたか」
街から出て徒歩30分。
幸いにも魔物に遭遇せずに俺は、リエンの言っていた「カム山」へと足を踏み入れていた。
ざわめく獣の声、風になびかれ音を立てる木々。
比較的弱い魔物、それこそ強くてレベル5ぐらいのものしか出ないこの山だが、俺を慄かせるには十分な雰囲気を放っていた。
といっても。
「ああ、あったあった」
俺が採集するペレス草は、山の入り口辺りにたくさん樹生していたので、山奥に入る心配はなさそうだ。
「採集採集……ペレス草を手に入れました!」
葉の先が独特に巻かれているペレス草を採るためしゃがみ、根本から引っこ抜く。
たまに薬草に擬態するマンドラゴラという魔物もいるらしいが、ここらにはいないことが町の冒険者や傭兵によって証明されている。
なので安心して引っこ抜けるのだ。
に、してもだ。
「地味だ……」
こう、我が儘を言うつもりはないが。
静かな森の、薄暗いふもとで。
昼間から少年が一人。
ひたすら草を引っこ抜くというのはいかがなものだろうか。
いかがなものだろうか。
大事なことなので、二回言いました。
「……もう、バッグがいっぱいだ」
ペレス草を引っこ抜いては入れ、引っこ抜いては入れを繰り返していたら、リエンにもらったバッグはあっという間にパンパンになってしまった。
「やだ、もうこんなに大きくなって……」
一人で呟くが、虚しくなってやめた。
さっさと立ち上がって、バッグを背負い直す。
太陽の位置は二時の方角。
まだ早いが、ペレス草も50草ほど摘んだし、帰ろう。
「大佐、任務完了だ。これより帰還する」
…………。
よし、やめよう。
少しでも楽しくしようと思ったのが間違いなのだ。
意味もなく空を見上げる。
クエストは、パーティを組んでも挑める。
パーティは何人まででも組めるし、組めば組んだ人の総レベルのクエストが受けられるとメリットずくし。俺が寂しくなることもない。
だが、報酬金の配当はその分少なくなるが、何人かで組むに越したことはないだろう。
俺も今度、パーティ、組んでみようかな。
酒場には同い年ぐらいの少女もいたし。
「一緒に頑張りましょっ!」
なんて言われてしまうかもしれない。
でゅふふ、ぐふふ、ぐへへ……。
おっと、妄想によってニヤけてしまった。
男がニヤけても気持ち悪いだけでる。
俺は顔引き締め、町へと歩き出す。 いや、歩き出そうとしたその時だった。
「ブヒァアア!」
山の中から、此方へ向かって突進してくる影が一つ。
「きたか……」
俺も腰にかけていた剣を抜き、そちらへ構えた。
目を凝らして見ると、その正体は……豚だ。
確か、トンキーという低級の魔物。
レベルは俺と同じく1。
その姿は、体長1メートルほどの、小柄な四足歩行の豚。
毛はなく、でっぷりとした肉の塊が動いているようにも見える。
ちなみに食える。
焼けばこんがり肉にはなるだろう。
今の俺の気分は、○スを狩るハンター。
「さあ、こい!」
「ブヒィイイ!」
豚らしい声を上げた後、そのままトンキーは俺に向かって突進を続ける。
しかし、速度的に幼稚園児の走るスピードぐらいしかないので、俺のほうからも歩いて行き、
「ていっ」
「ブヒァッ」
すれ違う様に一太刀。
軽く切り捨てたが、トンキーは一撃で絶命した。
「……弱っ!」
返り血も浴びず、血のついた剣を振り払ってから腰の鞘に戻す。
トンキーの元に戻ると、肉の塊が真っ二つに切断されている。
その切断面に、黒い塊のようなものが見えたので、これが魔石だろう。
魔石を取るには、魔物を魔石を破壊せずに倒す必要がある。
しかし、魔石を破壊せずに倒す方法はいくらでもあるので、差ほど難しくはない。
トンキーを魔石ごと真っ二つにしてしまったが、まあ、トンキーごときの魔石は使えないと思うので、後悔はしていない。
「それにしても、呆気ない初魔物戦だったな」
生き物を殺すことについて、俺はどうとも思っていない。
平気で豚肉食ってるんだ、今更だろう。
しかし、俺も鍛えていたとはいえ、同じ1レベル同士、ここまであっさりいくものなのだろうか?
あのスペクタルとかいう魔法。
個人の強さを魔石を通して測る魔法らしいが、そもそも俺に魔石がない可能性もある。
……もしかしたら俺、もっと強いんじゃね?
ちょっと自惚れてみたが、何かが変わる訳でもない。
魔物を倒したり、クエストをクリアすればレベルは上がるらしいし、さっさと帰ってクエストを達成しよう。
俺は再び、町の方へ歩き始めるのであった。
トンキー。
通称豚肉。
ご飯のお供、みんな大好き。
上位にはドストンキーという魔物がいる。
こちらはさらに美味。
突進することしか脳がないので、簡単に避けられます。
繁殖力は高いので、積極的に殺しましょう。
因みに、アクの殺したトンキーは、後でほかの魔物が美味しくいただきました