ギルド
頬に綺麗な紅葉マークを作ることで、可愛らしい女の子に聞いたギルドの場所。
小さな町なのですぐ見つかった、というかすぐ後ろにあった。
木造建築のどっしりとした構え。その屋根には、「ギルド」と分かりやすく書かれた大きな看板が悠々と鎮座している。
入り口の前に立ったはいいが、中から聞こえる喧騒に、アクくん足が竦んでいる。
諦めて農場でも経営しようかしら。
当然、土地もなければ金もない俺には無理だが。
……ええいママよ!
俺は頬を叩いて気合いを入れ直し、意を決して建物の中に入る。
「お、お邪魔しまーす……」
ガヤガヤ… ガヤガヤ… ガヤガヤ…
俺の蚊の羽音のような声は、喧騒によってすぐに消えてしまう。
周りを見渡せば、がたいのいい傭兵であろう男たちが、豪快に酒を飲んでいた。
誰も俺に気付いた様子はない。
さて、とりあえずは受付に行こう。
酒場も経営しているのかギルドが酒場なのか、建物はだいぶ広く、テーブルや椅子が数多く配置されている。
濃い酒の匂いに酔いながらも、俺は受付のほうへ一歩を踏み出すのであった。
「あの、クエストを受けたいのですが」
「はい、新規の方ですね! 初めまして、あたし、ここのギルドの受付をさせてもらっています、リエンです!」
「あ、ご丁寧にどうも。俺はアクっていいます」
受付にいたのは、俺より年下であろう、バンダナを頭に巻いた元気ハツラツな女の子であった。
「アクさんですね! ではまず、そちらの魔方陣に移動してください」
「あ、はい」
その女の子、リエンに指示され、ちょうど受付の横にあった青白い光を放っている魔方陣の上に移動する。
指示されるがままであるが、俺はギルドのことについて、誰でも依頼を受けられるー、ということしか知らないのだから仕方ない。
「では、そのままじっとしていてくださいね……『スペクタル』!」
リエンが何かを叫ぶと、魔方陣が輝きを増し、何かが起こったことはわかった。
しかしそれだけなので、俺はじっと待っているだけだ。
「はい、出ました! えと、レベル1ですね、はい」
「うん?」
今、聞き慣れた単語が出てきたような……。
「あ、レベルというのはですね、全ての生き物の身体の中にある魔石から読み取った、強さの値のことです。これを元に、どのクエストまでアクさんが受けれるかを判断するんですよ!」
疑問に思ったのが顔に出てしまったのだろう、リエンは笑顔で説明してくれた。
なるほど、レベルか。
この世界のレベルは、自分の強さを表すだけで、上がると強くなるんじゃなく、強くなると上がる感じみたいだな。
ほほう、世界もよくできておるな。
と納得してみたが、魔石ってなに?
ていうか俺の身体にもそんなものがあるの?
俺は知を満たすため、リエンにそのまま聞くことにする。
「え、知らないんですか? 魔石は生き物の核、これが壊されればその生き物は死にます。人間はちょうど左胸の辺りにありますね。魔石は討伐モンスターを倒した証明にもなりますし、魔石はその生物の種類とレベルに応じたエネルギーを持っているので、様々なものに使われているはずですが……見たことありませんか?」
なに言ってんのこいつ?
みたいな顔をされてしまった。
この世界では常識らしい……が。知るわけないだろ、こちとら今さっきこの世界にきたんでい。
「すみません、少し忘れてました」
とは口に出さず、慣れない敬語で誤魔化した。常識を忘れてたってなんだよ、みたいなツッコミはよして下さい。
よし、このままじゃ話が進まない。
さっさとクエスト受けて、さっさとGを稼ごう。
「で、ですね。アクさんはレベル1ですので、受けられるのはこちらのクエストになっております」
「ふむ、どれどれ」
リエンがよいしょとカウンターの棚から取り出した数十枚の紙に目を通す。
その中の一つに目が止まった。
~薬草採り~
報酬 300G
内容 ペレス草10個の採集
制限時間 10月10日まで
備考
急遽ペレス草が大量に必要になった。
制限時間内までならいくらでも買い取るので、採ってきてほしい。
これならわかりやすいし、薬草を採るだけ、レベル1向けなので生えている場所も手軽なとこだろう。
制限時間に10月と書いてあったが、この世界の時間も、元の世界と同じらしい。
春夏秋冬もちゃんとある。
因みに今は6月らしい。
俺が黒魔術を行った日とほとんど一緒だ。
「これにします」
俺はその紙を手に取り、リエンに渡す。
「はい、薬草採集ですね。ペレス草は町を出てすぐにある山で採れます。採ってきたペレス草はそのまま受付のあたしに渡してください。10草ごとに300Gを渡しますね。あ、普通にペレス草を売っても構いませんが、此方のほうがGは高いですからね」「わかりました」
リエンの説明を聞いて俺は頷き、酒場の出口へ足を向ける。
「さて、俺の初クエストの始まりだぜ!」
Gの価値は未だにわからないが、あの依頼の中ではこれが一番楽だったので、選んだことについては何もない。
そう、歩き出した時だった。
「あ、待ってください! アクさんは魔法を使えるんですか!?」
ピクリ。
いきなり呼び止められ、出鼻をくじかれてしまったが、魔法という単語に足が止まる。
「誰でも使えるものなんですか!?」
「ふえっ!? あ、はい、威力や魔力量に個人差はありますが、誰でも使えますが……」
一気に受付へ戻って身を乗り出して聞く。
リエンは驚きながらも教えてくれた。
魔法。
それは、ファンタジー好きなら誰でも夢見たことがあるだろう。
しかし俺の世界にはそんな物は存在しない。
だがここは異世界、異種族魔物がいるんだ、魔法があって当然!
自分も魔法が使えるんじゃないかと、俺の興奮は最高点である。
「んじゃ、簡単なやつ教えてください!」
「は、はい……じゃあ、右の人差し指の先に集中して、『ファイア』と唱えてください。……でもアクさんは多分……」
リエンが何かまだ言っているような気がするが気にしない。
俺は右の人差し指を目の前に出し、集中する。
「……ファイア!」
ファイア!
口でも心でも唱える。が、
「……発動しない?」
「……やっぱり」
おかしい。
そんなことは有り得ない。
そんなことはあっちゃいけない。
「ファイア! ファイヤ! ファイアーボール!」
いくら叫んでも、発動しない。
酒を飲んでいた傭兵たちの視線を集めただけである。
「どういうことだ……」
頭を抱える。
まさか、魔法が存在する世界で、魔法が使えないとは。
そんな様子の俺を見て、リエンが控えめに話す。
「あの、アクさんをさっきスペクタルで見ましたが、魔力がその、全くなかったんですが……」
「なん……だと……?」
「普通は有り得ないことなんですが、アクさんはいったい……」
魔力ZERO。
なんていうことだ。
しかも魔力がないほうが有り得ない?
絶望した!
魔法が使えないなんて絶望した!
この後のリエンの話は、全く耳に届かなかった……。
衝撃の事実。
アク「魔法の使えない人なんて、ただの人だ」