成功と失敗
皆さんこんにちは。
俺の名前は南谷阿玖、家庭事情以外平凡な高校二年生です。
そんな俺は今、異世界にきています。
あるのはこの身と着ていた制服のみ。
え? 何言ってんだって?
ははっ、俺にもさっぱりですよ。
ちょっと死にたいと思って山に行ったら、偶然胡散臭い本を見つけて。
その本が黒魔術だったというので、雰囲気出していろいろやってみたけど。
なんか途中で雷に打たれて俺さようなら。
んで次に目が覚めたら、多分町の中の噴水の中。
本当、何がなんだかさっぱりですよ。
……しかーし!
「うぉおおおおおお! 異世界キタァアアアアアアアア!」
噴水から這い出てみれば、色とりどりの髪をした人間。耳や尻尾のついた獣人や、尖った耳の見目麗しいエルフ。小さな身体の毛むくじゃらドワーフに、白い羽のついた天使のような人もいる。
さらには剣や弓を携えた者も多く、回復薬であろう液体の入ったビンを売っている店では、トカゲ男もといリザードマン(多分)が銅貨を出してそれを買っていた。
感動である。
俺のようなオタクにはたまらない。
元の世界なんてどうでもいい。
もう、この世界で楽しむことに決めた!
「ヒャッハー! 腐った記憶は消毒だぁ!」
再び噴水へダイブし、水の中を泳ぎ回った。
身長182センチ。
雑に伸びたくせっ毛に、周りには不良と間違いなく見られるこの目つき。
そんな男が町の広場のド真ん中にある噴水で泳いでいたら、どうなるか?
そう、こうなる。
「あ、あの、すみません、怪しいものじゃないんで皆さん剣を向けないで弓を構えないでください!」
周りにいる武器を携えていた様々な種族が団結したかのように、一斉に俺に鋭い視線を向けていた。
当然、安全が保証されている日本国家で育ってきた俺、ビビるわそりゃ。
しばらく身を縮こめていた俺であったが、騒ぎを聞きつけてきたのか、騎士のような、鎧に身を包んだ集団が現れた。
「何事だ」
「あ、はい。噴水に怪しい男がいて……」
ふむ、どうやら言語翻訳は効いているようだ。
あの怪しい黒魔術の本だが、どこかマジもの臭を放っていたし、書いてあったことも全て本当のことだろう。
こんなことなら、家からなにか持ってくればよかったぜ。
「おい、貴様は何者だ? 見慣れない服を着ているようだが……」
なるほど、騎士様は現実逃避を許してくれないらしい。 と言われても、何者って。俺が聞きたいわ。
異世界からきた平凡な高校二年生ですなんて言ってもお縄になるだけだろう。
早速異世界の壁にぶち当たったな。
「……言えないのか? なら、名は何と言う?」
考え込んでいた俺が黙りこくっているように見えたのだろう、次に騎士様は名前を聞いてきた。
騎士様と俺の距離は一メートルほど、鎧の無機質な威圧感がすごい。
いやいやそうだ名前だ。
こっちまで黙っていたら流石に連行されてしまう。わからないが。
「あ、あ……」
いやまて。
ここは異世界だ。
日本人の名前なんて、珍しいものだ。
怪しまれる、間違いない。
いやいやまてまて。
「アク」なんて名前、日本人か?
あの顔も覚えていない両親がつけたこの悪質な名前。
悪で灰汁で渥だ。
異世界でも通じるだろう。
この間実に二秒。
騎士の目(鎧だ、わーい)をキチンと見て、俺は言う。
「アクだ。それと俺は怪しい者じゃない。ただの旅人だ」
キリッ。
決め顔で言った。
なんか上から目線で言ってしまったが。
これでもびびってんだ、言えただけアクくんすごいだろ。
「旅人か。ならその身なりも頷ける……か? 武器も持っていないし、そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。だからとりあえず俺を解放してくれないか?」
その証拠に、騎士を始め、ほかの人も警戒を解いてくれた。
少々甘くないかと思ったが、この程度は日常茶飯事なのだろうか。
少し思案したあと、「持ち場に戻るぞ、ほかの者も散れ」という騎士のひとことで、俺の周りから人は立ち去っていった。
「……ほっ」
何とか危機は去った。
異世界に来て早々牢屋にガッシャンなんてシャレにならん。
とりあえず、情報を集めよう。
俺は再び噴水から身体を起こし、濡れた身体のまま町を歩き出した。
アクはアホです。