6:偽物の欠片
俺の手はあまりに短かった
月を望んだわけではない
星を願ったわけではない
ただ君を抱き締めたかっただけなのに
それさえ許されなかった
「今…なんて…?」
「だから、しばらくあの子に近付かないでって言ったのよ」
イリがいなくなった待ち合わせ場所で一人佇んでいた俺に声をかけたのは、イリの母親だった。今まであまり話したことはなかったが、知らない人ではない。何となくお堅そうで好きなタイプの人間ではないが。
おばさんに言われるがままに、近くのベンチで二人並んで座っていた。
「あの子、今ちょっと変でしょう?」
「…」
肯定も否定も出来なかった。そんな俺を見て、おばさんは優しく微笑んだ。
「優しい子ね。…あの子、イリはね。今ちょっと体調が安定しないから、言動がおかしいのよ。だから、あなたも戸惑っちゃうでしょ?でもその戸惑ってるあなたを見て、余計あの子は焦っちゃうと思うのね。だから、しばらくあの子に会わないで欲しいの」
「…ぁ…えっと…」
イリがおかしいのはわかってる。だが、体調のせいか?俺と会わなければ良くなるのか?
しかし、どれだけ考えを巡らせても答えなんてわからないのだから、ここは言う通りにしておくべきなのだろうか。
「…わかってくれる?」
「………はぃ…」
追い詰められた俺は、つい返事をしてしまった。
「ありがとう。…聞きわけの良い子」
なんとなく、誉められたというより品定された気がした。
「あの、イリは…イリさんは、そのことはもう了承してるんですか?」
「………えぇ、そうよ」
間があった。まぁ、さっきイリが帰ってその直後だもんな。少しの嘘は、親だし大人だし仕方がないということで許した。
「…メールとかも…?」
「ごめんなさいね」
「学校は?」
「しばらく休ませるわ」
「…ノートとか、イリさんの分も俺がとっておくから気にせずゆっくり休んで下さいって伝えて下さい…」
ありがとうと呟き、おばさんはベンチを立った。
また、一人になった。いろいろ考えて独りで沈んだりしないために、俺は足早に帰った。
ケータイがバイブになっているため、震えていることに気付かなかった。