5:奈落の声色
声が、聞こえた。小さな声だったが、確かに聞こえた。
だが、何て言っているのかは聞き取れなかった。
「退院?」
「うん。検査が一通り終わって、異常無しって出たから」
「…そっか、異常無しか…」
「うん…あんまり、嬉しそうじゃないね?」
「…いや、これでやっと病院通いとおさらばか!やれやれだ!!!」
「…ごめんね、毎日通わせちゃって」
「え、あ、いや、別にそういうつもりで言ったんじゃ…」
ダメだ。やっぱりおかしい。
退院の日は親が来るし何日かは家でも安静にしなきゃだからと、明日から5日間イリと会えない日を約束された。
きっと、健康が取り柄だったから入院という事態に弱気になっていただけだ。五日後は、きっと元気でうるさいイリに戻っているハズだ。
「…あ、れ…?」
約束の時間10時。…を少し過ぎた只今10時5分。いつもなら俺はもっと遅く来て、イリの怒りの鉄槌を喰らうのだが、最近まで入院してた人を待たせるのはいけないと思い、いつもより早く約束の場所に着いた。結局遅刻したが。
しかし、いつもはここで
「遅い!!!」
と言って待っているイリの姿がない。
少し待ってみたが、一向に来ない。ケータイを見るが、メールも着信もない。
イリが寝坊?ありえない。
また具合いが悪くなった?そうかもしれない。きっとそうだ。どうしよう、イリの家に行ってみようか?
「ごめんね〜」
気の抜けた声と共にイリが現れた。10時23分。ありえない。ありえないありえないありえない!!!絶対おかしい!!!
不安が爆発した俺は、イリの肩を掴んで叫ぶように問いただした。
「どうしたんだよ、イリ!お前なんか最近変だぞ!?なんかあったんなら言ってくれよ!!!」
「…別に、普通だよ?」
俺を安心させるためだろうか、イリは笑顔を浮かべて静かに言った。しかし、その冷たい笑みに俺の不安は余計駆り立てられた。
「違うだろ!?いつものお前なら、変なこと言うなって怒りながらもっと無邪気に笑ってたよ!!!」
「…何言ってるのかわかんない。あたしはアタシだよ」
俺の手を振りほどいて
「帰る」
と一言言って、イリは背中を向けた。その瞬間…
『……実験…し…い…』
イリの耳元からザザっという機械音と共に、誰かの声が聞こえた。
俺の思考は提出した。しばらく動くこともできなかった。
た。
俺は、しばらく動けなかった。