1:不変こそ幸福
いつも通りの朝というのは、つまり何の変哲もなく変わり映えのしない朝ということだ。つまり
「早く起きなさい!!!」
…こういうことだ。
そりゃあ、俺だってこの変哲の無い毎日がつまらなくなったときがあったよ。でも、この変哲の無い毎日こそが、幸せの象徴だったと今更ながら気付いたんだ。
君が長年焦がれてやまなかった幸せは、誰もが疎ましく思うような変哲の無い毎日の中に隠されていたんだ。
ゴメンな。俺だって、ただの人間なんだよ。
その日俺は、皆と同じように『平穏の終り』を望んだ。
「ねぇ、どうして君はいつも遅れて来るのかなぁ?!」
「本当にスミマセン、イリ様。お詫びにケーキをご馳走させていただきます」
怒った仕草をして腕を組んでいたイリは、俺が口にした『ケーキ』という単語一つで機嫌を取り戻した。
「しかたない、許そう!!!」
「かたじけない。………安いなぁ〜」
歩きながらボソッと言うと、前を歩いていた彼女は振り返った。
「なんだってぇ〜?」
「お前のご機嫌とりは、簡単でいいって言ったんだよ」
シシシと歯を剥き出して笑うと、またイリは腕を組んだ。
「やっぱり許さん!ケーキ三つ食べてやる!!!」
「あ、バカ嘘ごめんなさい!さすがに無理!!!」
「許さん。反省の色が伺えませんなぁ?」
「マジゴメンマジごめん!今度から、目覚まし五分前にセットするから!!!」
「五分前?何の五分前?」
「約束の時間の五分前」
「今までは?」
「約束の時間にセット」
「じゃぁ、あたしがここで待ってる時に君は起きるわけ?!」
「うん」
「…し、信じられない。。。愛しい彼女が寒空の下健気に待ってるのに、その直前まで愚かな彼は布団でぬくぬくと…。あたしが肺炎にかかって死んで、あたしの大切さを痛感してその府抜けた顔を泣き腫らせぇ!!!」
うゎ、やばい。マジで怒ってる。プイとそっぽを向いたイリの顔を下からソロリと覗きこむ。一瞬目が合うと、すぐにまたプイと目を反らされた。
「ごめんて」
「…」
「………ケーキ」
「三つ」
「……二個」
「三つ!!!」
財布を見る。ちょっと無理するくらいなんだ、彼女の機嫌を直す方が大切だと財布が厳しく訴えてきた。
はぁ〜…。長い溜め息のあと
「…三個ね」
諦めた俺はそう言った。
イリの機嫌はまたすぐ直った。
「まいどあり〜♪」
彼女の笑顔が大好きな俺だが、この時ばかりは悪魔に見えた。自業自得だけど。