もし私が死んだら――保険証
更新された保険証が送られてきた。
私は郵便配達の人から簡易書留の封筒を受け取り、財布の中の古い保険証と交換しようとする。
ふと、保険証の裏をみた。
目に入ったのは臓器提供の項目だ。
「以下の覧に記入することにより……臓器提供の意思を表示することができます。記入する場合は1から3までのいずれかの番号を○で囲んでください――か」
私は呟きながら、三つの選択肢を読んだ。
1 私は、脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも、移植の為に臓器を提供します。
2 私は、心臓が停止した死後に限り、移植のために臓器を提供します。
3 私は、臓器を提供しません。
「……」
今までは、臓器提供の意思表示など、特に気にもせず、無記名でそのままにしておいた。
しかし今は……考えてしまう。
現在、私は失業中。
再就職先は見つからず、東京から実家に出戻り。
実家に戻ったばかりの頃は、ハローワークに行ったり、求人誌を読んだり、ネットで検索するなど、あらゆる手を尽くして、数多くの会社の面接を受けたが、すべて空振り。
次第に気力を無くし、就職活動をしなくなった私をみかねて、両親はつてを頼りに、必死に私の仕事先を探してくれたが、それでも仕事先は見つからなかった。
とりあえず、今は近所のスーパーで週に三~四日アルバイトをしているが、それ以外は自宅に引きこもりがちの生活になってしまった。
上京している間に、元々少なかった友人知人とは疎遠になっていた。
現在独身。趣味もこれといってない。サークル活動など、何かの集まりに参加しているわけでもない。
最近では「このまま歳をとっていくとどうなるのだろう」「両親が死んだ後、ひとりぼっちになったらどうなるのだろう」といったことを、自問自答しては妄想することも多くなった。
そんな私だからこそ、臓器提供の項目を見て、考えてしまうのだ。
――もし私が死んだら。
その時、目の奥に閃光がはしったような感覚がした。
目は開いたままで、保険証を見つめている。室内の様子も視界に映っている。
だが、頭の中ではまざまざと、ある映像が浮かんでいた。
病院の室内。幾つもの管で繋がれ、口には人口呼吸器のマスクを付けている私。
ベッドに横たわっている私の側に、やつれはて、老いた両親が佇んでいる――。
それは、自分で思考をこねくり回して思い描く妄想などではなかった。
アンテナが電波を受信するような、ある種の閃き。直観的な認識だった。
私はハッとした。心臓の鼓動が異常に激しい。目眩を感じ、全力疾走をしたように息も荒かった。
フラフラとした足取りで、私は室内の椅子に座った。
私は、死後の世界や魂、神といったものを信じている。少なくとも、あったらいいなとは思っている。
だから、脳死という状態は、少なくともまだ生きている状態であり、魂はまだ体の中にあると思っている。
目に涙が溢れた。
しばらくの間、ずっと椅子に座っていた。
その後、私はボールペンを取り出して、保険証の臓器提供の意思表示項目に記入した。
そして、封筒に同封されていた個人情報保護シールを、そっと貼り付けた。
おつかれさまでした。
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