05.君子危うきに近寄らず
よく言うよね。
君子危うきに近寄らずって。
君子って人格者の事を言うんだよね。
君子並に徳があったら、きっとこんなとこにはいないけどっ。
それとも、命を知る者は巌牆之下に立たずってか?
どっちでもいいけど、私はこっから動きません。えぇ、絶対に動きませんとも。
野太い怒声が飛び交う中なんか自分から出て行こうなんてこれっぽちも思いませんからっ。
終わったら迎えにきて下さい!
伊達に三年も命根性汚くやってきたわけじゃありませんからっ!
どこへ向かうのかも知らないまま馬車に揺られて半日、日も沈みかけた頃に何かがやってきた。
という事までしか分からないっ。
乱暴に馬車が止まったかと思ったら怒声と殴打の音が幌の向こうから聞こえてきましたよ!
もう、毛布被って荷物へ擬態してます状態。
この世界の野蛮な人達って腕自慢の人が多い……というか、殆ど自慢しまくってる人達ばかりで、刃の付いた武器よりも鈍器が主流なんだよね。
それとも私が見る機会なかっただけで、普通に武器として剣があるかもしれない。
でも、今は外から潰れる音ばかりで剣がかち合う音は聞こえてこないんだよね。
怖いっ。まじ怖いっ。
売られて暫くは私も色々と悩んだりもしましたので、いっその事! なんて思ったりもしたけれど、いざ実行してやろうって思った矢先に私の直ぐ前に売られてきた姐さんが実行してしまったので勢いがなくなっちゃった。
悲鳴が聞こえてどったんばったんした後、通りに投げ捨てられた音がしたんで窓から覗いてみたらその姐さん顔面血だらけで倒れてたんだよね。
死のうと思えば簡単に死ねちゃうんだなと一気に冷めましたよ。
お客の財布を抜いたり、唾の一つでも吐きかけてやれば軟い私なんて拳一発で終わりなんだよねってお陰で気付いたわけで。
まぁ出来るところまで生きて足掻いてやるかって気にはなったけど。
けどー。
直ぐ傍で殺し合いとか本当に勘弁してくださいーっ。
私そこまでこの世界に慣れてませんからーっ!
あ! 馬車揺らさないでっ。ちょっ、幌が破れた。怖っ。危なっ。
自分で自分の口塞いで悲鳴堪えてんだからそっとしといて!
目的が何か分からないから本当に怖い。
私が目的なら大人しくしていれば命は助かると分かってはいるけどっ。
一人で外出たらこういう目に遭うかもしれないから、逃げもせずに大人しくしていたのに。
『人間』は確かにモテるけど、要は生まれる子供の獣相に影響が出ないからなんだよね。
虎の顔に兎の耳なんて獣相を持って生まれた子供なんかは、どっちつかずで色々と生き辛いらしいし。
そういう極端なカップルはまずいないらしいけど、ちぐはぐな獣相とならないためにも獣相の少ない相手を選ぶ傾向にあるというのはこの三年で流石に覚えた。
金を持っていれば買い取るし、腕に自信があれば奪い取る。
それがこの世界では普通なんだよね。
あわよくば子供できるといいな~、とか言って通ってくれていたお客さんもいたけど、未だヒットした人はいないし。
まぁ、正常に機能しているようには思えないので、これからもヒットするとは思えないんだけどさぁ。
もしかして血尿か?! と焦ったくらいすんごい薄いんだもん。
何か子供は無理だと思う。
オーナーは子供できたらできたで出産権を買ってもらうとかほざいてたけどさ。
………………。
って、外が静かになったんですけど?
えっと、終わり?
このまま荷物の擬態を続けるべきか、様子を窺うべきか、どっちだ!
耳を澄ましても音が聞こえないしっ。
ちょ、ちょっとだけ見てみるか?
目が血走っているミノタウロスと間近でお見合いしちゃいましたっ!
迎えにきてくれた方ですか?
ちょっと私も緊張し過ぎて色々と限界みたいです。
失礼して失神させてもらいますね。
目覚めたら改めてお会い致しましょう。
では!