30.生きてるだけで丸儲け
よく言うよね。
生きてるだけで丸儲けって。
いやぁ、長旅だったわぁ。
お疲れ私、お疲れみんな。
これ、お土産! と館のみんなに配って回ってたら知らない方がいました。
私が旅に出ている間に、兎姐さんがやっと気に入る下僕を見つけたらしい。
体の頑丈さが売りの象さんだそうで。へぇ…………。
見た目は人っぽいんだけど、耳が超福耳してた。お釈迦様より長いんじゃなかろうか。
あと、肌が象さんっぽくってかなり堅い。
初めましてのご挨拶と、つまらない物ですがとお土産を渡しておいた。
話してみるとのんびりマイペースな感じの人だったなぁ。
というか兎姐さんに引きずられて部屋に連れ込まれたら、ライオン姐さんと白熊姐さんを始め他の姐さん達もお揃いなんですが何事ですか。
え。何事とはこっちの台詞? 王族から後宮入りの声があったと? 何で知ってるんですか。
いや、断りましたよ。面倒そうだし。
馬鹿って……ヒドイ。
え~。だってねぇ? 初対面ですよ? お客さんですよ? そりゃあ、いい人そうだなぁとは思いましたけど後宮でしょ?
正妃さんもまだなようで、栄誉ある後宮第一号らしかったんですけどねぇ。
幸い、今までいた娼館やここは姐さん達が良い人ばかりで居心地良く過ごせましたけど、後宮なんて行ったらドロドロした女の戦場そのものじゃないですか。
今のところ子供ができる機会はありませんでしたけど、万が一子どもが生まれちゃったりとか、権力争いに巻き込まれちゃったりとか考えちゃうとねぇ。
今は借金もないし、寧ろ貯金も増えているし、衣食住にも困ってないし、護衛もいてくれるし、身の危険も少ないですし、何かあれば頼れるパトロンズもいますしねぇ。
元々引き篭もり体質だから出歩こうって気はないんですけど、自分が好き勝手に出歩けるのと出歩くのも不便なのとは状況が違いますし。
後宮なんかに入ったらちょっと近所に出かけるってだけで、お供がどうとか先方がどうとかスケジュール調整とか大変じゃないですか。
ライオン姐さんが、困ったような顔しながら頷いてる。
でしょ?
それに、後宮に入ったら入ったで行儀作法とかきちんとしないといけないし、要人との会合とかも付き合わないといけないかもですし。
ここでだって左団扇な生活ができてるのに、何でそんな縛りだらけな生活をしなければならないのかと。
王子様は男前でしたけどねぇ。今の生活捨てるってほどでもないと言いますか。
え? 一目惚れ? え、白熊姐さん、実はロマンチストさん?
いや、無いです無い無い。王子様と会う機会なんてそう無いですからテンションは上がりましたけど、それだけですよ~。
損得考えたら損の方が大きいですし、損を押してまで王子様と添い遂げたいって思うほど好きってわけでもないんで。
この館でのんびりしてる方が居心地良いです。
なぁんて話していたのが先月ですよ。
勿体無い話ね~なんて姐さん達はぼやいてましたけどね、今更気苦労する世界になんて行きたくはないし。
と思っていたら、王子のお使いがやってきたりとか、業を煮やした王子本人が乗り込んできたりとかってね。
客というか下僕として通うっていうなら考えてあげても良いけど? とか言ったら王子の従僕が切れるとか、まぁ賑やかなことこの上ないです。
西から東まで来るとか、そんなに気に入ってもらえたのは嬉しいけれど、三番目とはいっても仕事は一応あるんだろうし、そういうの全部ほったらかして来られてもねぇ?
パトロンズも一回は大目に見たけど、こう乗り込んでこられるのは当然面白くないようで王子を連れて別室に行ってしまった。
さっき王子が帰り際に何か吠えていたけど、パトロンズは何を言ったんだろ。
まぁ、静かになるならそれでいいんだけどね。
結局日本にも帰れなさそうだし、太く短く生きるのもまた良いかもね。
何の因果でと思いもしたけれど、最近ではこう思うようになった。
私は宿命的な放浪者である。
この先また流転する人生が待っているかもしれないけれど、最後は笑ってられればそれで良いや。
杜美津子永遠の十七歳、緩く頑張っていきますよー!
私は宿命的な放浪者である――林芙美子「放浪記」より