03.金は天下の回り物
よく言うよね。
金は天下の回り物って。
世話になりたくはないが世話になっている売春宿は、場末な癖に結構儲かっているらしい。
何せ、雀の涙みたいなモンだけど、給料が出るんだからありがたいよね。
望んだわけじゃないけれど売られた身ですから、借金背負ってるわけですよ。
まさか給料貰えるなんて思わないし。
不思議に思って姐さん達に聞いてみたら、やはり場所によっては給料が貰えない所もあるらしい。
とは言っても本当に、ほんとーにっ、微々たるモンだけどね。
そこはやり口が上手いなと思わざるを得ない。
大体、この寂れた通りで買える昼食が日本円に換算すると五百円くらいで、貰ってる給料といえば日給千円。
チップはお客さんによりけりだけど、まぁ一人五十円から百円ですよ。
上手くやってるなぁって思うのが、与えられた部屋は私室でもあるしお客さんを相手にする部屋でもある。
一晩で数人こなさないといけないから、当然シーツを替える必要があるんだけど、最初に渡されるのは予備の一枚だけで、後は支払われる給料やチップでの買い取りですよ、買い取り!
これが一枚百円!
二枚でシーツ回せるかっつの。
三食は賄ってくれるけど、アメニティグッズも日用雑貨も全て自腹。
服だって下着だって支給されるわけないから当然自腹で購入。
みすぼらしくない程度の服で大体二千円前後。
色気の無い実用パンツが五百円くらいで、勝負パンツは安くても千円から。
日給千円じゃやっていけないので、お客さんから貰うチップには思わず手を合わせて拝みたくもなるよね。
お客さんに通ってもらえないとなると宿から貰える給料も下がるし、チップも入らないから通ってもらうためにも着飾らなくちゃいけないのに先立つものはないというね。
宿からお金を借りる事もできるけど、そうなると借金が膨らむ一方だし、給料を与える事で年季が明けるかもって期待を持たせつつ、実際には逃げ出すほど貯め込めないようになってるんだから、やり口が上手いと誉めるべきか汚いと貶すべきかって感じだよねぇ。
…………吉原じゃないんだから年季って言うのか、そもそもあるのかも分からないけど。
手っ取り早く足を洗えるのは身請けだよね。
そう、妹分であるオカメちゃんが身請けされるのよ。
この間、自重できずにオカメちゃんのほっぺをチークで赤くしてあげたわけですよ。
オカメインコのようにねっ!
可愛かったよ。笑っちゃいましたよっ。笑うでしょ、普通っ。
可愛い女の子の頬がまん丸で赤くなってたりしたら。
元々オカメちゃん贔屓にしていた鳥系のお客さんが、ほっぺ真っ赤なオカメちゃんを見て天啓を受けたらしい。
獣相マジ分かんない。
あれよあれよで身請けが決まって、明日にはオカメちゃんとはおさらばですよ。
可愛い妹分が幸せになるのは勿論嬉しいですよ?
えぇ、姐さんのお陰ですとか両手握り締められて涙うるうるされちゃったら、当然おめでとうと祝福はしますよ?
いくらなんでも妬んだりひがんだりなんかしませんよ。
しないけど、何だろうこの遣る瀬無いような、やり場のないような、悔しいような気持ちは。
私もほっぺ真っ赤にすれば身請けのチャンスはあるのかっ!
…………。
まぁ、済んだ事を嘆いていても仕方ないしっ。
別に悔し紛れなんかじゃないしっ。
泣いてなんかないもんっ。
泣いてなんかっ…………。
鼻水が垂れた。
可愛い妹分の目出度い門出なので、この三年間で爪に火を灯すように貯めに貯めた四万円の中からご祝儀で一万を上げる事にしましたよ。
残り三万円。
一ヶ月の家賃にもならない残り三万円。
一万円よ、帰ってこい。
必ず私の元へ帰ってこいっ!
さっきっから頭の中でエンドレスリピートしている津軽三味線の音色に合わせ、握り締めた一万円に向かって帰って来いよ! と呪詛を送っておく。
オカメちゃんは帰ってこなくていいから、お前だけは何としてでも帰ってこい!!