13.川を渡り船を焼く
よく言うよね。
川を渡り船を焼くって。
次の村だか町までにはまだ距離があって、今夜は鬱蒼とした森の中で野宿するらしい。
日も沈む頃だから辺りもだいぶ暗くなってる中で野営の準備をしていた護衛さん達の仕事を眺めていたら、リス姐さんが茂みの中に入って行くのが見えたんだよね。
まさか逃げるなんてこれっぽっちも思ってなかったから、トイレだって普通思うじゃん。
さてそろそろご飯の支度でもしますかって頃に、リス姐さんが居ないって事に気付いてそれからが大変だった。
ケンちゃんとミノちゃんがリス姐さんを探しに出掛けてどれくらいだろ。
ちょっと不安になって兎姐さんと寄り添いながら、阪神君へ切実なるご飯への思いを眼力で訴えてた私。
頻りに視線を逸らす阪神君とそんな熱い遣り取りをしていた中、遠くて小さかったけれど悲鳴が聞こえたんだよね。
キャーとか絹を引き裂く悲鳴なんて可愛いもんじゃなかった。
断末魔かと思えるような必死の金切り声だった。
その場に残っていた三人の護衛達が途端に険しい表情になって、ミノちゃんとケンちゃんが消えた方向を見据えていたけど、何かに気付いた阪神君が兎姐さんと私を馬車へ乗り込むよう言ってきたから素直に従いましたよ。
兎姐さんも表情強張っているし、ここで何だ何だなんて騒ぐほど私だって馬鹿じゃない。
阪神君の指示で一旦は馬車から外した馬もどきを御者の人達も慌てて繋げ直したところへ、ミノちゃんとケンちゃんが凄い勢いで現れたんだよね。
そこからは早口で何を言っているのかは分からなかったんだけど、切迫した空気だけは分かった。
兎姐さんを見たら顔が真っ青だし、何が何だか分からないでいたら突然馬車が走り始めるしで、あわあわしていたら兎姐さんに口の中へ布を突っ込まれまして、何すんだ! と思った矢先に押し倒されて凄い焦った。
悪路を疾走する馬車だから、弾んだ勢いで外に飛び出ないように掴まれって意味に気付いたのはちょっと後だったりしたんだけどね。
布も舌を噛まないようにって事だったし。
こんな時に何を?! とか思ってすみません。
一体何事なんだと不安になりながら小さくなる焚き火を見ていたらアレが出てきたのよ。
足がないから体をくねらせてるんだけど、そのスピードがホラーだった。
パクパクする口は寧ろガチガチって歯を鳴らしてる感じで口の周りが赤く濡れてた。
逃げ出したリス姐さん、遠くから聞こえた悲鳴、慌てて戻ってきたミノちゃんとケンちゃん。
説明されなくてもリス姐さんがどうなったのかは何となく想像がついた。
思わず兎姐さんにしがみついたら無情にも腕を引き離されて馬車の枠へ押し戻されてしまった。
たびたびすみませんっ! でも怖いんですっ!
こんな化け物が居るなんて聞いてないし、知らないんですっ!
しんがりを走る護衛さんまで、三馬身か四馬身って辺りまで距離を詰められちゃってるよ。
このままじゃ間違いなく追い付かれるし、どうすんだって思ってたら姐さん達が乗っていた馬もどきの一頭の首をいきなり掻き切った。
疾走していたために勢いよく血飛沫が飛ぶ中、前足が宙を掻いて踏鞴を踏むようによろけた様子がやけにゆっくりと見える。
馬もどきが地に倒れ込む前にミミズもどきが飛び掛かるように群がって、忽ちその姿は見えなくなったけれど、肉を喰いちぎる音や骨をも噛み砕く音が聞こえた気がして思わず顔を背けた。
自分達が助かるためには仕方ないけど、仕方ないんだけど、嫌な気分だ。
何もできないんだから奇麗事を言うつもりはないけど、ごめんって言葉が頭を占める。
もう大丈夫だと、逃げ切れたんだと安心できたのは朝日が上って辺りが明るくなった頃だった。