12.切る手遅かれ
よく言うよね。
切る手遅かれって。
戦争が始まるって話は、耳の早い人だととっくに聞いていて、ちらほらと街から離れつつあったらしい。
オーナーはお店の事もあるんで、早々に動き出した人達に比べたら二番手辺りの早さで私達を送り出してくれた。
中流以下の一般家庭や貧民窟辺りだと、そろそろ噂が出回る頃かって感じみたい。
それでも、何となく落ち着かない空気は感じてんじゃないかな。
昨日まで見下ろしてた街は何となく普段に比べて賑わってないように見えたから。
夜になっても繁華街だから娼館の近くはそこそこ明るいし、店も営業中なので裏口からひっそりと出発したんだけど、街の外れで少し小競り合いがあったんだよね。
戦争の元凶らしい亡国のお姫様を狙ったのか、早々に街を捨てる連中の家財を狙ったのかは分からないけど、腕の立つ護衛だし相手の人数もそう多くなかったみたいで直ぐに片は付いてしまった。
勿論、私は馬車の中で毛布被ってましたけどね。
不安になったのはその一回だけで、街を出てから今日で七日目。
かなり順調な旅を送っておりましたよ。
途中、野宿したり、小さい村や町に立ち寄って宿に泊まったりってね。
私は何もしませんので、文句なんて恐れ多くて口にできませんけど、舗装も適当な悪路を進む馬車はなかなかハードだった。えぇ、口にはしませんけどね。ハードだった。
ご飯も護衛さん達が作ってくれるしね。
宿に泊まる時も扉の前に立っててくれたり。
これは不審者が近づかないようにっていうのと、私達が逃げ出さない為だったのかなって思った。
まぁ、私は逃げ出したところで行く宛てもなければ、やっていけるほどのお金も常識もないしね。
それ以前に、まともに喋れないし、漏れなく野垂れ死になるだろうからそんな気にもならない。
元々、売春宿や娼館で働く人達って、性に合ってる人や手っ取り早くお金を稼ぎたいって人が極一部で、多くはないけど私みたいに攫われて売られてきた人、後は借金の形に売られてきたってパターンか。
借金の形で売られてきた人の殆どはもう諦めちゃってるところがあるんだけど、諦めきれないのが攫われてきた人達でたまに脱走とかしでかすんだよね。
直ぐに捕まってきつい折檻受けるのに、それでも諦めきれずに逃げ出しちゃう気持ちは分からなくはないけどさ。
私の二人前に入った姐さんで、リスみたいに円らな瞳が可愛いタイプだったんだけど、見た目同様性格も気弱な人で限界だったんだろうね。
気持ちは分かるが、今は姐さんが恨めしくて仕方がない。
リスの獣相を持つ姐さんがトンズラしやがった。
お陰様で只今全力疾走する馬車の中、舌を噛まないように布を咥えて兎姐さんと必死に抱き合っておりますよ!
護衛さん達も必死に頑張っております。もっと頑張れ。
いや、馬もどきよ。君には特に頑張って頂きたい。
私達の後ろには、直径一〇センチ、全長三メートルはあるかっていう真っ青なミミズもどきの団体様がすんごい勢いで追っかけてきてます!
盗賊の方が断然マシなんですがっ! マジ怖いんですけどっ!
チラ見したらパクパクする口の中一杯に小さな牙が生えてました!
口の中三六〇度歯です! 喉がどこにあるか知りませんが、奥までぎっちりみっちり歯です!
疾走する馬もどきに負けない速さですよ!
馬車を繋げてなかったら逃げ切れそうだけど、荷物積んだ馬車だからかなり際どい。
馬! 頑張れ、馬っ! お馬様、心よりお願い申し上げますので頑張って下さいっ!
ああっ、何であの時リス姐さんに声を掛けなかったんだ私っ。
リス姐さんもばっくれるならもっときっちりと計画立ててよーっ!