11.足元に火がつく
よく言うよね。
足元に火がつくって。
この世界には地図がない。いや、あるけど持っているのは特殊な職業や運搬に携わる専門職の人達だけで、一般人はまず持たないし下手したら一生見ないままって人はいるんじゃないかな。
現に私も見た事はない。
なので、世界が、大陸がどんな形をしているのかは知らない。
この娼館がある街は南と言われたけれど、気候からしてもそれは分かるんだけど、実際に南のどの辺りなのかまでは知らないんだよね。
港町として栄えているのかな。
娼館の窓から見る限りだとかなり大きな船がいくつも停泊しているから港も結構大きいんだろうね。
港の近くは漁業関係に輸出入関係の会社、後は関税とか取り締まりやら船陸交通に携わる事務所と安めの宿泊施設があるんだって。
この娼館のある繁華街は港から少し離れているんだけど、飲食店や高級宿泊施設にお土産屋と大変賑わっている。
それ以外にも賑わう理由があったのかもしれない。
昨日、オーナーに呼ばれて荷物を纏めるようにって言われたんだよね。
戦争が始まるんだって。
お客の犬さんと豚さんと山羊さんが顔を見せなくなったのもその為らしい。
ここも戦火に見舞われる事になりそうだから、私を始めか弱い小型草食系や小鳥系の獣相を持つ姐さん達と一緒に別の国へ疎開する事になったんだって。
オーナーのお兄さんが経営している隣国の娼館なんだけどね。
肉食系の獣相を持つ姐さん達と妹分はもう少し残るみたい。
それと、巷に出回っている私の出鱈目プロフィールが妙な刺激剤となってて、街の人が娼館に押しかけてくるかもしれないから急げとも言われた。
敵国が攻めてくるのは亡国の姫君を狙ってるんだとか、奪回するためなんだとか、これまた曖昧な噂に色々と尾ひれがついて回っているそうで。
一時間で荷物まとめましたよ。
自分で買った荷物って殆どないんだけど、お客さんから貰ったプレゼントはちょっと嵩張る程度で姐さん達や妹分の荷物に比べたらそれっぽちなの? と言われるくらいには少ない。
二度と見るかと思ったアレやソレな服も一つの箱にまとめたしね。
忌々しいんで戦争で焼かれちゃったの……とか言って捨ててやろうかとも思ったんだが、もしかしたら疎開先で売れるかもしれないし。物は最高級品だからね。
私物を全部持っていける程度には時間にも余裕あると言われたんで、こうのんびりとした気分ではいられるんだけど、戦争なんて縁がなかったからやはり不安になってくるなぁ。
姐さん達は相変らず男前で余裕な笑顔をしているので、大丈夫なのかな? とも思えてしまう。
もしかしたら私達が不安がらないようにって気配りだったのかもしれないけれど。
できる事ならこんな仕事はしたくないけど、仕事以外では本当に恵まれてるんだよね私。
加減を間違えてちょっと乱暴に扱えば死んじゃう『人間』だってのもあるんだけど、メンタル面でも姐さん達に可愛がってもらったし、前のオーナーも今のオーナーにも分を弁えていれば大事な商品として扱ってもらえたし、お客さんも……まぁアレだったけど世話してもらったし。
すっからかんな自分はいつも貰うばかりで何もしてないなと。
急な別ればかりで菓子折りの一つも買えないし。
残る姐さん達と妹分には急いで挨拶にだけは行ったけどさ。
一度で皆が移動する方が危ないから、小分けで移動するし後でまた会えるとも言われてもちょっと泣けてくる。
まぁ、そんな訳で三度馬車の中でガタゴト揺られてるんですけどね。
皆、馬もどきに乗れるんだけど私は乗れないので荷物と一緒。
私と四人の姐さんに五人の護衛と馬車二両。
そこそこな団体だから目立って襲われたりしないんだろうかと聞いたら、一般的に移動となるとこの程度は普通らしい。
今回は襲われないといいんだけどな。
どれくらい掛かるのか聞いたら、早ければ十日、ゆっくりでも二週間くらいなんだって。
特別にミノちゃんから地図を見せてもらったら、鹿児島の最南から関門辺りまでの距離っぽい。
今回、ミノちゃんとケンちゃんが一緒なのでかなり心強い。
後、虎の阪神君も頼れそうだ。
コアラとか鷲とかいれば……いや、野球は興味ないけどね。
東京の夜空とは違って、こっちはやっぱり星が凄いや。
皆と早く会えるといいなぁ。