10.嘘から出た実
よく言うよね。
嘘から出た実って。
実は私、亡国の姫君なんです。
父親は国王、母親は後ろ盾もない最下級貴族。
お金や地位が揃っている腹違いの兄や姉が両手では足りないほどいる中で、王位継承権にも程遠く、政治的材料としても乏しい立場ですのでずっと虐げられてきました。
しかし、突如襲ってきた敵国に王は討ち取られ、逃げる最中に囚われた私は辛くも命だけは助かったものの奴隷商人に下げ渡され、娼婦にその身を窶す事となりました。
再び故国を再建する事だけを生甲斐に、私はこの地獄の日々を過ごしているのです。
ですが、その一方で姫でなければ……と、大空を舞う鳥を見上げては詮無き事を思ってしまうのです。
これが巷で出回っている私のプロフィールの詩らしい。
うん、詩。吟遊詩人が歌ってるんだそうで。
へぇぇ…………。
最近、どこかの国が滅んだりしたんですか?
亡国も何も、私の実家はまだあると思うし、天皇陛下もご健在ご健勝の事と存じますが、生憎私は江戸から代々品川で魚屋を営んでいた家系の流れでして、父はサラリーマンなんですけどね、てやんでぇべらんめぇなんですけどね?
菊のご紋とはこれっぽちもご縁ありませんけど?
何で、亡国の姫君?
というか、十人以上いた兄やら姉やらはどこ行ったの? 何で末端の私が再建すんの?
ミノちゃん繋がりでケンタウロス風味な護衛のケンちゃんとも仲良くなって聞いた話ね。
吟遊詩人達がこぞって詩を作ってくれてるそうで、近々続きができあがるらしいですよ。
私でさえも知らない、私の半生を綴った可哀想な詩が。
………………へぇ。
というか、こぞってって何? コンテストでもあったの?
人をダシにしないでもらえるかな。 肖像権請求するわよっ!
何でも憂い顔で空を見上げていたのが発端らしい。
あそこの娼婦はいつも窓から外を見ている。何て可哀想な表情なんだろう。
元からこういう顔なのよ、ほっといてよ。
暇だから確かに外をしょっちゅう見てましたよ。股関節のストレッチをしながらねっ。
ケンちゃんが更に続きを教えてくれたんだけど、その内容が本当にヒドイ。
聞いたところによると、客と言葉を交わす気もないのかいつも一言二言らしい。
身を売る仕事だから仕方ないさ、自分の境遇を嘆いているんだろうねぇ。
いやいや、何でもとある金持ちの家で落ちぶれた挙句に娼館へ行き着いたそうじゃないか。
おや、とある貴族が没落してという話だぞ?
俺が聞いたのは亡国のお姫様という話だったぞ。
一緒に落ち延びてきたお付きの人が平民と口を聞くなと言っているらしいじゃないか。
乳母ではなくて臣下がお姫さんを御旗に担ぎ上げて故国の連中を集めているんだってな。
だから、お姫さんは再び戦争にでもなったらと心配で空を眺めてんのかな。
それだ!!
どれだよ!!
身振り手振りで声色変えて演じてくれたケンちゃんの熱演には一応拍手を贈っておいたけどさっ。
居もしないお付の人が乳母へ、そして臣下へと変化してるし。
部外者立ち入り禁止ですから、ここ!
それにお姫様すっとばして女王様だから、私。
………………。
言葉が少ないのは単に喋れないだけだし、喋れるとしても『挨拶もできないお馬鹿さんなの?』になっちゃうしっ。
こっちに来てかれこれ五年目になろうかってところだけど、三年かけて漸く片言から抜け出せるかと思った矢先に場所が変わって一から言葉の覚え直しだったし。
大体、共通語で『おはよう』が北だと金沢風に『おひんなり』で南になれば沖縄風に『うきみそーちー』とか、全然音が被ってないのに直ぐに覚えられるわけないじゃないかっ!
この娼館に来てから早一年、そんな環境にもかかわらずだいぶ滑らかに喋れるようになってきた私。
日常会話以外がね。
挨拶と片言での意思疎通もどきはできるようにはなったけど、まともな日常会話は片言なのかも怪しいし。
言葉の先生が例の連中で、五人から更に二人増えて七人なので、その手の言葉だけは淀みなく発音できるようになりました。
全然嬉しくないけどね。
寧ろ、日常会話教えてくれないかなぁ。
最近、姐さんや妹分達が厳しい表情でひそひそと話してるんだよね。
悪口を言われているわけじゃないんだけど、何かあったのかって聞いても子供は気にしなくていいのよな表情でやんわりと追い遣られるし。
ミノちゃんもケンちゃんも似たようなもんだし、たまにオーナーも一番上の姐さんと話し込んでるしなぁ。
そんなんだからか、特別仕様の部屋はお預け状態なんで喜びたいところではあるんだけど素直に喜べない。
それに、犬さんと豚さんと山羊さんが顔を見せない。
何か関係あるのかな。
聞いても教えてもらえないし、ずっと蚊帳の外っていうのもねぇ。
無駄なプレゼントだけは贈られてくるから元気ではいるんだろうけれど。
来たら来たらで鬱陶しいのに、さっぱり顔を見せなくなると妙に心配になる。
伝言でもお願いしとこっかな。