◆六日目・告白・エピローグ七日目◇
◆六日目・告白◇
朝になって目が覚めると、玄関から義母の声がした。
スマートフォンで時間を確認したが、約束の時間よりも早い。
「登美子さん、不用心ね、鍵が開いてたわよ。あら、どうしたの?電気は?」
「あ、昨日、寝てしまって。いつの間にか……たぶんブレーカーが落ちてるんです」
「あらま、ブレーカーはどこにあるの?」
「私がつけます。座っててください」
登美子はブレーカーを上げ、電気を回復させた。
「電子レンジとか、いろいろ同時に使うとたまに落ちちゃうんですよ」
「あるある、気にしないでいいのよ」
義母はそう言って、テーブルの上に荷物を置いた。
「お義母さん、それ……」
「ああ、これ、あなたよく通販で買い物するのね。玄関前にあったのよ。置き配は便利ね。いつも何を買ってるの?開けていいかしら?」
「あ、どうぞ。でも、何も入ってないと思います」
「あら、どういうこと?」
そう言って義母は箱を開けた。しかし、登美子が言う通り、中には何も入っていない。
「本当ね。何も入ってないわ」
義母は不思議そうに箱を持ち、くるくると手で回して何かないか探していた。
箱が開くと登美子にだけ声がささやく。
『ねえ、なんでボクをころしたの?』
登美子は驚き、力が抜け、床に崩れ落ちた。
「違う!私は殺してない!あなたは最初から……」
「登美子さん、何を言ってるの?」
「お義母さん、ごめんなさい。突然涙が出てきて……でも、大丈夫ですから」
登美子は全てを打ち明けることは出来なかった。
幸せな生活が目の前にある。
それを壊したくない。
「そう。あなたがそう言うなら、深追いはしないわ。明日は洋司が出張から帰ってくるから、泊まっていくわね」
「はい。お義母さん。いつもすみません」
義母は優しく微笑んだ。
「あ、そういえば……洋司さん、昨日連絡したんですが、まだ返事が来なくて。お義母さんの方には何か連絡ありましたか?」
「いいえ、何にも。おかしいわね。私から電話しようかしら?」
登美子のスマートフォンが鳴った。
「あ、お義母さん!洋司さんです!出ますね」
「噂をすればね」
登美子は笑顔でスマートフォンを耳に寄せた。
「もしもし、洋司さん?」
「ああ、俺だよ登美子。連絡が遅くなってすまない」
「心配したわ。でも繋がって良かった」
「ところで昨日、どこに行ってたんだい?」
夫の予想外の問いに登美子は絶句したが、すぐに理由が分かった。
「洋司さん、あの時間にGPSを見たのね?」
「そうだよ。いつも君のことを気にかけているからね。実はあの日、サプライズで帰る予定で病院へ向かっていたんだ。すると、君は駅の方へ向かって歩き出した。だからそのまま追いかけたのさ」
「……どこまで追いかけたの?」
「それは……それより登美子、あの箱の中身……」
登美子の鼓動が跳ねた。
「どうしてそれを……」
洋司は、登美子の動揺を無視するように続けた。
「実は君に言ってなかったことがあってね……」
洋司は登美子が普段から、何度も夜な夜な発している寝言のことを語った。
そこで廃墟の場所や箱のこと、後悔していることなど、苦しそうに泣いて、全てを語っていたと……。
尾行をして、すぐに廃墟に向かっていると分かった、と。
登美子はまさか自分から、あのことを語っていたとは全く気付かず、何も返せずに視線が泳いだ。そして言葉を捻り出すように言った。
「び、尾行するなんて、酷いわ」
「そうだね。すまない。でも登美子、俺は君を、愛する妻を守りたかったんだ。そしてこの話には、重大な続きがある。俺はあの箱の中身を……」
そこで電話が突然切れた。
慌ててGPSを開くと、夫はまだあの廃墟にいると表示された……何かあったとしか思えない。
しかし、絶対に警察には頼れない。警察に言えば、捜査の先に、きっと箱の中身まで知られてしまう。
登美子は義母に電話の内容の詳細は語らず、洋司のGPSが廃墟を示したまま、電話が途絶えたことを伝えた。
義母は一人息子を心配して、廃墟に迎えに行くと言って出て行ってしまった。
自分も一緒にと伝えたが、お腹を理由に許されなかった。
ひとりになった登美子は、静かに泣きながら、スマートフォンでなんとか夫と繋がろうとメッセージを送り、電話を繰り返しかけ続けた……。
二度と返事はなかった。
その日は一日中不安の中、何度も洋司と義母に連絡を繰り返したが、なぜか一度も電話にも出ず、メッセージの返事も来なかった。
数時間が経ったが、GPSを見ると、洋司はあの廃墟から動いていない……。
その日の夜、ベッドの上でなかなか寝付けない中、やっとウトウトとして、眠りについた。
そして、あの夢を見た……。
シャワーを浴びると、ぬるま湯が身体の線に沿って流れ、足首から床へ続き、汗や涙などが混じった赤黒い液体が排水溝へと吸い込まれていく。
爪の間に詰まった土は、こびりついているようで、簡単には洗い流せなかった。
呼吸を激しく繰り返し、身体が震えていた。
打ちつける温かいシャワーだけが登美子を癒し、乱れた呼吸が少しずつ静かになっていった。
田舎の夜道を、廃墟へと向けて自転車を漕いだ。
自らの過ちが胸を締め付け、涙が止まらなかった。
夜空は曇り、小雨が降り始めた。
帰り道、自転車を押して歩いていると、先に見える十字路をパトカーが横切った。
登美子は血の気が引き、ハンドルを握る手に力が入った。
もしも、この先でパトカーに呼び止められたら……。
十字路に辿り着く。街灯の下で暗闇を見つめた。
もう、どこにもパトカーは見えなくなっていた。
ひとりで自転車を押す登美子を、静かに小雨が濡らしていた。
◆エピローグ・七日目・母子手帳◇
朝、目が覚めると、少しだけ開けてある窓の隙間から風が流れ込み、カーテンが揺れていた。
窓の外の空は曇り。
ベッドから起き上がり、昨日見た夢を思い出していた。
通知音――玄関扉を開けると、置き配があった。
登美子はまたかと思ったが、部屋へ戻り箱を開けた。
中には土まみれの母子手帳が入っていた。
母子手帳を開くとバランスの悪いひらがなで、『おかあさん』と書かれていた。
登美子の目に涙が溢れた。
声が聴こえた。
『おなかのこの、はこ、もってきたよ』
登美子は固まり、震えた。
『おかあさんがはいれる、はこもあるよ』
「もうやめて!」
ピンポーン――ドアベルが鳴った。
「また、何度、来るの……」
登美子はふらつきながら、玄関口へ向かった。夫が元気に帰ってきたベルならどれだけ嬉しかっただろう。
玄関扉を開けると、そこには、通路を塞ぐほどの大きな箱が二つ置いてあった。
送り状はいつもと同じ内容。
品名はどちらも同じ、『かぞく』――目立つ位置に『フラジャイル』のシールが貼られ、登美子はその置き配を見て、すぐに事態の察しがつき、悪心が込み上げた。
廊下に出て、手すり越しに眼下の川を見ながら哀咽した。
荷物の天面がテープで閉じられていなかった。
それに気付き、そっとダンボールを開けると、見慣れた顔の濁った目がこちらを向いていた。
背後から音がした……トットット……ト。
『おかあさんのおおきいはこ、おいておくね』
――《了》




