◆五日目・廃墟◇
◆五日目・廃墟◇
登美子はその日、義母と一緒に妊婦検診に来ていた。検診結果は良好。その後、義母は用事で別れ、登美子は一人になった。
空は晴れ渡り、あの『置き配』以外は問題のない日々……。
義母と別れてから、ひとりでいる時間に迷った末、駅へ向かった。
身重である自覚はあるが、もう一度あそこに行って確認しなければならないことがある。
幸せに暮らす日々の中、不安にさせるのはあの日のことだけ。あの場所に埋めたものに、もう一度謝りたい。
いつまでも、静かに眠っていて欲しい。
それを伝えたい。
登美子は再びあの場所を訪れて、誠心誠意を込めて供養しなければ、今の幸せに水を差されてしまうような、そんな気持ちになっていた。
登美子は電車に乗り、郊外の地元へと帰った。そして一人、駅前でタクシーに乗り、廃墟へと向かった。
途中で夫にメッセージを送ったが、珍しく返信がない。会議でもしているのかと思い、電話はかけなかった。
地元でも誰も寄りつかない山の近くにある雑木林。
そこを抜けると出てくる廃墟。
その手前でタクシーを降りた。
タクシーの運転手が不思議そうな目をしていた。
廃墟の外観は昔と変わらなかった。記憶を頼りに中を進み、箱を隠した場所に辿り着く。
あの頃の記憶のまま、無造作に置かれた瓦礫。
まるでタイムスリップしたような感覚を覚えた。スマートフォンを見ると圏外。
連日届く荷物から、深夜にひとりで運んだ『あの箱』のことが気になった。
登美子は箱を確認するため、その場所へ向かった。
足場の悪い中、記憶を辿って箱を埋めた場所にたどり着く。
雑に乗せたカモフラージュ用の瓦礫をどかし、被せて隠していたベニヤ板を退ける。
登美子は必死に素手で土を掘り起こした。
どうしても確認したくなっていた。
やがて、あの時のままのダンボールが現れた。
息を切らしながら箱を見つめ、中身を覗こうと手をかけた。
湿気を吸ってダンボールは柔らかくなり、手触りは冷たかった。
箱を開けた。
そこには跡形もなく、何も入っていなかった。
登美子は固まった。嘘だ……誰かがこの箱の中身を持っていったのか……。
『なんで、うめたの?』
突然聴こえた声に身体がびくりとして動けない。記憶が蘇り、事実がそのまま口をついて出た……。
「違うの!だってあなたはもう……」
パキパキ……。
どこかから音が聴こえる。
パキパキ……。
登美子は咄嗟にスマートフォンのライト機能で、周囲を照らして音の正体を探した。
パキパキ……ミシ……。
音はどこかに乗り上げたような音を出して止まった。
「なんなの?」
無音……。
登美子はライトを上下左右、あらゆる場所に向け、その音が消えた場所を探した。何かがそこにいるはず……。
暗闇をライトの灯りが這う。
やがて音の正体を捉えた。
黒い粒子の塊のような影が、登美子に向かって両腕を広げ、手を開いては握りを繰り返して消えた。
「今のは……」
これ以上、ここに居ることに危険を感じ、登美子は箱を戻して廃墟を後にした。背中に視線を感じていたが、どこを探してもその正体は見えなかった。
早足が出来ない身体……気持ちが落ち着くまで、いくつもの過去の記憶が混ざりながら、頭の中を駆け抜けていた。
タクシーをつかまえ、元来たルートをとんぼ返りした。懐かしい景色を流して見るしかなかった。
淡々と今住む街に帰ってきた。駅を降りてバスに乗り、自宅マンションまで歩いて帰った。
いつまでも廃墟で見た内容が頭から離れない。
エレベーターでひとり、寄りかかるように壁に背中をつけた。
静かに自宅がある階への到着を待った。
エレベーターを降りて廊下を歩いた。
目の前に大きな川。
遠くに隣街が見える。
目線の先に、自宅の玄関前にまた置き配がされているのが見えた。
箱の大きさと、なぜかボロボロの外装が、廃墟に埋めたあの箱を思わせた。
持つと重みがある。
まさかとは思ったが、居間のテーブルの上に乗せ、しばらく見つめていた。
まるで夢の続きのよう。
震える手を箱にかけると妙な緊張が走った。
邪念を払うように頭を振って箱を開けた。
中には何も入っていなかった。
背後から声が聴こえた。
『ねえ、おなかのこは、おとうと?いもうと?』
登美子は驚いて背筋を伸ばした。汗が頬を伝った。ゆっくりと、声がした方を振り向くが誰もいない。
そしてまた声がした。
『すてられて、ずっとさびしかった』
登美子は顔を左右に振った。
「ち、違うわ!捨てたんじゃない!あのままではいられなかったの……許して……無力な私でごめんなさい……」
声は震え、涙はポタポタと床に落ちていた。
バチン!
ブレーカーが落ち、部屋の灯りが消えた。
登美子は膝から崩れ落ち、手前に手をついて泣いた。
登美子はその後、止めどなく湧く不安から、ベッドに入っても眠れずに動けなかった。
夫からの連絡もまだ来ていなかった……。
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全6話、完結まで予約投稿済みです。
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