3日目 猫のような
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ーー…あっという間に放課後になった。
今日は入寮して荷解き(というほど物はないが)をするので翡翠に断って部活は休む事にした。寮は建てられたばかりで外見から綺麗だ。今日入寮だが、初めて中に入る。
「おお…」
つい声が出てしまった。広い玄関だ。玄関の目の前がリビング…談話室?みたいな共同スペースになっている。既にちらほら人がいて、ソファーでくつろいでたり、探索している人もいる。
寮に来る前、担任に言われ部屋の鍵を受け取った。鍵についている札に部屋の番号が書いてある。305号室。
(この寮は5階建て…1階は共同スペースとか食堂、大浴場だから実質2階からが部屋なんだよな、まあちょうどいいか)
さすがにエレベーターはない。キャリーケースを抱え、階段を登る。ちょっときついけど、3階ならまだましだ。
305と書かれた部屋の前で深呼吸する。まだ誰もいないかもしれないが、念には念を。これから一年、この部屋で、まだ分からないメンバーと過ごす事になる。
(…よし!)
鍵を差し込む。カチャ、と音がして鍵が開く。ゆっくり扉を開けると、早速知らない人影が目に入った。胸がドク、と鳴る。
(…多分三年生じゃない、私服だけど…見覚えないし)
人影が俺に気づき、ゆっくり顔をこちらに向ける。雰囲気が放送部の唯一の二年生、美風桜歌と似ている気がする。不思議な感じというか…顔立ちもかなり整っている。
「こ、こんにちは…いや、初めまして…?」
俺から口を開いた。今から一年過ごすのなら第一印象は良い方が良い。自分なりの笑顔をつくる。
挨拶を聞いたその人物はゆるりと口角を上げた。笑う、というより微笑む感じ。やっぱり桜歌と雰囲気が似ている。
「初めまして〜…先輩、ですよねぇ?」
「え?あ、うん、多分」
その人物は立ち上がり、俺に手を差し出す。握手してくれるらしい。
「黒宮ノラで〜す」
ノラ。確かに猫みたいな感じだ。首につけているチョーカーがよりそれを際立たせている。
「高山紅平です」
「よろしくお願いしま〜す、紅平…先輩」
不思議な感じだ。桜歌は一個下の学年だが俺の事を先輩とは呼ばないので先輩、と呼ばれるのはほぼ初めてだ。なんだかくすぐったい。握手を交わし、俺は部屋に入る。
「ラッキーですねぇ、まだ俺しかいないからベッド選び放題ですよぉ」
そう言いながら黒宮は入って右側の下のベッドに腰かける。どうやら黒宮のベッドはそこらしい。周りにスマホの充電器やタオルなんかが既に適当に置いてある。
「…そこにしたの?ベッド」
「あぁはい。俺寝相悪いっぽくて、上だと落ちるかもしれなくて」
俺は残りのベッドを見回す。どうしよう、正直上でも下でもいいのだが。迷った挙げ句、俺は左側の下のベッドを選んだ。
「あれ?上じゃなくていいんですかぁ?」
「あ、うん…後の二人が下がいいって言うなら変わるけど」
「ふぅん」
それを最後に黒宮はイヤホンをつけ、スマホで動画を見始めた。なんか本当に猫っぽいな、こいつ。気まぐれそう。まだ何もわからないが…
ーー…黒宮と挨拶して一時間程が経った。
黒宮はというとずっとスマホで動画を見ており、時折小さく笑ったり小声で何か言ったりしている。
俺はスマホを弄ったり持ってきた漫画を読んだり…各々好きな事をやっている感じだ。
(居心地悪くはないけど…静かだな…家だったら母さんがテレビ観てたから音が聞こえてたんだけど。ここ、テレビないし)
防音対策も抜群らしく、隣の部屋や上階からの音は聞こえない。時折、廊下を誰かが歩く音は聞こえるが。
すると、突然ドアがバン!と勢い良く開いた。油断していた俺は肩をビクッとさせてしまった。黒宮はほとんど反応してなかったがドアの方に視線を移す。
「たーのもー!!」
道場破りのテンションで一人の生徒が入って来る。その姿に見覚えがあった。
(職員室の場所間違えてたやつだ…)
そう、入寮希望の紙を提出しに行く途中、出会った生徒だった。そして、その生徒も俺を見るなり大声で叫ぶ。
「あ!?あの時の親切な人!!」
「し、親切な人って…」
名乗ってなかったな…とは思ったがそう言われるとは。拍子抜けしてしまった。生徒は続ける。
「あの時助けてもらった者です!!」
また大げさに頭を下げる。鶴の恩返しでしか聞かない台詞を聞くとは。はは…と乾いた笑いが出る。
「…知り合いなんですかぁ?」
一連の流れを見ていた黒宮がイヤホンを外しながら尋ねる。そんな黒宮を見て生徒は目を丸くする。
「く、黒猫の擬人化…!?」
「いやヤバ。ウケますねぇ」
あはは〜と黒宮は笑う。特に何も感じてないらしい。俺は先ほどの黒宮の質問に答えた。
「知り合いっていうか…ちょっと前会話しただけだよ」
「そう!命の恩人です!」
「言ってる事噛み合ってないんですけどぉ…?」
断じて命は助けてない。心の中で否定する。大げさなんだよな、表現が。
「あ!自己紹介してなかった、如月燈也です、よろしくお願いします!!」
また頭を下げる。最早見慣れてきた。黒宮が立ち上がり、俺にしたのと同じように手を差し出す。誰とでも握手するんだな…
「黒宮ノラで〜す、よろしくお願いしま〜す」
「ノラ…!?やっぱり猫だ」
「めっちゃおもろいですねぇ先輩」
「先輩?え?俺先輩なの?」
握手に応じながら如月は首を傾げる。そういえば、黒宮は私服だから何年生かわからなかった。自分よりは下だと思ってはいたが。
「俺一年なんで。先輩二年でしょ?」
「うん!えっ、後輩!?うわ〜!部活以外の後輩初めて!」
この反応、わかる気がする。俺も部活以外の後輩とここまで関わるのは初めてだ。部活でも桜歌以外は同級生だし。
「燈也先輩、ベッドどっちにするんですかぁ?」
黒宮が残りのベッドを見ながら尋ねる。左右どちらも上しか空いてないが…如月が左右を見ながらうーん、と唸る。
「上か…」
「あ、嫌なら俺変わるけど」
「いや、最高です上。マジで」
「…あ?え、そう…?」
大げさに首を俺の方に向け、足早に迫ってくる。近い、近い顔が。
「最高ですよ!俺家では兄貴が上陣取ってたから!」
「お、おう…」
思わずオタク特有の反応をしてしまった。まあ二人にはわからないだろうからいいんだけど。俺から離れた如月は黒宮の上のベッドを選択した。
「ノラ!俺めっちゃ寝相良くて静かだから!安心して!」
謎のフォローを黒宮にして、如月は自分のベッドで荷解きを始めた。フンフンと鼻歌が聴こえる。
「おもろすぎる…当たりですねぇ、この部屋」
黒宮がクスクス笑う。当たり。なら俺も嫌われたり苦手だと思われてないという事でいいのだろうか。安堵する。
「あと一人いるけどな…」
自分で不安を煽る事を言ってしまった。黒宮が答える。
「ん〜まぁ大丈夫なんじゃないですかねぇ…そんなヤバイ人来ないでしょ」
俺は頷く。まあそもそもそんなヤバイ人はこの学校にいないし。そわそわしつつ、俺達は最後の一人を待つ。




