第七話
高三になって受験を意識し始めたころ、美歩と翔が以前から通っていた塾に通い始めた。
クラス分けで美歩達と離れてしまい、心細かったときに優しく声をかけてくれて、案内してくれたのが彼――水上先生だった。
その後もクラスに知り合いのいない私に色々教えてくれたり、進路の相談にものってくれた。
美歩達のクラスも担当してたから、一緒に質問しに行ったりしても優しく教えてくれた。
その優しさと時々みせる笑顔に心を奪われるのに時間は掛からなかった。
本当は一番苦手だった彼の担当教科。
毎回の小テストの成績がいいと、笑顔で「頑張ったな」って言ってくれるのが嬉しくて必死で勉強した。
でも彼はモテたし、塾の中でも憧れてる子はいっぱいいた。告白したっていう子も何人かいた。
しかも彼は先生だ。
親切なのもきっと仕事だから‥
気持ちを伝えることはできないまま、卒業のとき握手してもらうのが精一杯だった。
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『‥すいません。今思い出しました。。
水上先生‥ですよね?』
彼は目を見開いた。
驚くのも無理はない。六年ぶりとはいえ、再会してもう数週間経っている。
――私、きっといま、ものすごく情けない顔してる。
だって‥どんな顔していいか分からない。気持ちに整理すらつかない‥
「‥そっかぁ、、
紗香まだ思い出せてないことあったんだね。
すっかりもぅ全部思い出してるかと思ってた。」
「‥そぅみたい。
わたしもビックリした‥」
泣きそうになりながら呟いた私の頭を美歩はヨシヨシと撫でてくれた。
怪訝な視線を向ける水上に説明をかって出てくれたのは翔だった。
「紗香さ、二十歳のときだから‥もう四年前?に事故って、一時記憶喪失だったんですよ」
水上の切れ長の眼がこれでもかってほど見開いた。
「まぁ、きっかけさえ与えれば、どんどん思い出したみたいだけど。最初は結構混乱もひどくって、大変だったんっすよー」
「そぅそぅ、全部が怖いとか言って、ヤスさんにベッタリだったよねぇ」
翔の説明に、美歩は思い出したように苦笑した。
「‥ヤスさん?」
「そぅそぅ、紗香のお兄さん!
ちょうど子供が生まれて大変な時だったのに~」
「そう、そう!
紗香があんなにお兄ちゃんっ子だったなんてなー」
口々に言う二人の言葉に、自分の思い当たる行動が思い出されてにグゥの音もでない。
ひとしきりからかわれた後は、思い出話や近況などに花が咲いて、和気あいあいとした飲み会になった。
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お店で解散して、方向が一緒だった水上と駅に向かっていると、水上が口を開いた。
「‥お兄さんなんていたんだね」
「いますよ~!あっ、写真みます?
結構前のですけど‥」
と、携帯に入ってた泰と雄太が写った写真を見せる。
見にくいせいかじっくりみて、呟いた。
「‥‥お兄さん‥だったのか」
「え? ヤスにぃのこと知ってるんですか?!」
驚いて水上を見上げると、じっと見つめてきたと思ったら、気まずそうに目を逸らされた。
「‥前に仲良さそうに歩いてるの見かけたことがあって、、てっきり‥彼氏かと‥‥」
「え!!」
衝撃発言だった。
「‥たしかにあんまり似てないかもだけど、、先生にそんな誤解されるなんて‥」
自分でも気持ちが落ちていくのがわかった。
「‥あ、、いや、
腕とか組んで歩いてたから、てっきり‥‥」
水上は段々声が小さくなり、最後はゴニョゴニョ言っていたが、完全に沈み込んでいた紗香には聞こえていなかった。
しばしの沈黙の後、思い付いたかのように水上が呟いた。
「でも今思えば、事故の直後だったのかも‥」
「‥えっ」
「4年前の春だろ?
見掛けたの就職してすぐの時だから‥」
「あっ‥そっか~、あの頃かぁ。
残念!すごいもったいないことした~」
「もったいないって‥?」
「だって事故にあってなければ、先生と二年ぶりとかで会えてたかもなのに‥」
紗香はがっかり~と呟きながらと下を向いたため、水上の様子を見逃していた。
もしこの時に見上げていたら、赤い顔を隠すためにそっぽをむいた水上がみれたのに‥
しばらく紗香の言葉を反芻していた水上だが、ふと違和感に気付いた。
「‥二年ぶり‥?」
「え?」
「悪い、ちょっと確認させて。
お前‥どこまで思い出したんだ?」
「どこまでって‥」
真剣な水上のセリフにうろたえる。
「‥俺らって会うの何年ぶりだっけ?」
「え‥、あっ、えっと‥高校卒業以来だから、六年ぶり?」
水上の表情に一瞬、動揺がみえた。
「‥六年ぶり‥‥ね」
「もしかして‥‥ちがいます‥??」
紗香の不安そうな顔に気付くと、水上はにっこり笑って紗香の頭に手を伸ばしてぐしゃぐしゃに撫でた。
ボサボサになる髪の毛と水上の笑顔に気をとられて気付かなかった。水上の呟きに‥