とある田舎の拝み屋さん
出てくる人達
一色 透太 とある田舎の拝み屋さん。近所の人達に頼られてる。
一色 青葉 透太の妹。拝み屋の才は無いが、武術の才はあった。
夜野 陽介 元弟子で幼馴染。拝み屋の才はからきし。でも陽気。
「ウワサってのは、質が悪い。言ったもの勝ちだからさ」
「言い出したものの手から離れると、人と人の間を悠々泳いで、肥大していくんだよ」
「そして、帰ってくる頃には全くの別物になってる。無害になってるなら、いいんだけどね。人間、刺激を求める生き物でもあるからさ、無害ってのはまぁ、無いな」
青葉は、少しばかり不機嫌な顔をした兄の話に頷いた。
一色家。この辺りではそこそこ名の知れた、拝み屋の一族である。
都会というには程遠い、田園風景が広がるのどかな場所。お隣さんは歩いて十分と、ぽつぽつ家が点在する……まぁ、田舎だ。
此処には一つ、決まり事がある。曰く、困った事があれば先ず一色家に行け。たちどころに全て解決してくれるだろう、と。
先代のばあ様だったら、それは間違いではなかっただろうな。現当主、一色透太の口癖である。
「俺は、ばあ様程の力は無いんだよ」
しかし、なんやかんやと言いながらも透太は、近所の困りごとを解決している。それは幅広く、失せ物人探しから始まり予知や神降ろし、除霊までやってのける。それが今まで外れただの失敗しただのは、聞いた事がない。
「兄さんは、自己評価が低い」
その評判は口コミで広がり、今では県外から態々やってくる人もいる。
「私は、ばあ様を超えていると思う。だって、ばあ様も言ってたもの。兄さんは、将来大物になるって」
妹、青葉は十七歳。多感な年頃だが、互いに思いやっているからか、兄妹仲は拗れることなく穏やかだ。
彼女には拝み屋の才は無い。無いが、武芸の才はあったらしく、幼少期から鍛え続けていた彼女の拳と蹴りは、その辺の猛者も敵わない。
「その話は置いといて。話、進めるぞ」
逸らされた。透太の眉間の皺はそのままだ。これは青葉に怒っているのではなく、原因はその隣に居る陽介だ。
夜野陽介。先代に救われ、弟子入りを志願したが、才が無いとズバリと断られた男である。しかし根性だけはあり、何度断られても玄関先で土下座するので、さしもの先代も折れるしかなかったという。透太と同時期だった事もあり、共に修行したが……この男、本当に才が無かった。
当人は、透太の不機嫌から目を逸らし、わざとらしく庭なんぞ眺めている。
「で、何処だった?」
「中学の旧校舎。来年取り壊しが決まってるんだけど、それまでは何も無かったのに変なウワサが出てきたって。実際見たって人も居るらしいの」
「自分の首を持って歩き回る女?」
「え、何それこわっ。透太!悪霊だぞそれ絶対!」
「それがヌシで、その強い力に引き寄せられた霊達が集まって、もう旧校舎は異界に変わり、入ったら二度と出られないって」
「異界ではないな」
透太は目を閉じ、地図に指を置いている。覗き込めば、中学校をしっかり指していた。
「集まってもいない。でも、なんか厄介なのが居る」
「厄介?」
「……ツギハギ、でこぼこ、ツクリモノ」
青葉が首を傾げ、陽介の目が輝く。
「知ってる!師匠が言ってた、人の妄念が生み出したコトワリから外れたモノ!」
「作り話は、何処にでもある。怖い話は大体それだな。作られたものだから、当然形は無く存在も曖昧、そして記憶にも然程残らない。でも、誰かがこう言ったらどうだろう。本当に居た、見た、襲われた」
「それって、都市伝説みたいなもの?」
透太は頷く。陽介は作り話と断じられ、今夜の心霊特集番組の予約消去を決めた。
「今はアレがあるだろ、スマホの、……」
「SNSね」
「それ。広まる速度も早ければ、抜けた所を補強するのも早い。あっという間に形ができる」
「好きな人は好きだもんね」
「全部が全部、そうなる訳じゃないけどな。今回がちょっと特殊なだけで」
なんにせよ、祓わなければならない。ウワサが生きて、目撃者も居るのなら、そのうち徘徊だけでは終わらなくなる。
「本当に異界になって行方不明者が出る。しかもだ、距離的にこっちに話が来るのは明白。今の内に始末しておいた方が楽でいい。という訳で陽介、ちょっと行ってきて」
「近所の買い物のように?!いや、それ透太の分野だろ!?」
「俺が足捻ったのは誰のせいだろう」
泊まりに来ていた陽介が寝惚けて階段を踏み外し、透太の上に落ちてきたのは一昨日の事だ。
「俺が行けないから、青葉が代わりに行くと言って聞かない。陽介、お前は壁になれ。妹を守り切った男の中の男と墓標に掘ってやるから」
「死んでる!それ俺死んでるよ?!」
「青葉はこれを持っていきなさい。いざという時は指に嵌めて拳を叩き込みなさい」
「それメリケンサック!物理が通用する相手だったっけ?!」
「馬鹿野郎。青葉に手を出す野郎には法則を超えるよう祈りを込めてんだよ」
「物騒!!」
男達が言い争う中、青葉はメリケンサックを大事にポケットに入れた。
夜の学校というのは、どうしてこうも気味が悪いのか。
普段賑やかな分、しんと静まり返った校舎は、それだけで異界のように思える。
「青葉ちゃんはさ、怖くないの?」
「これだけで怖がっていたら、拝み屋の妹なんて務まらない。私には何も視えないし聞こえないし…。陽介さんはどうなの?才は無いって言われてたけど、修業は一緒にしてたんでしょ?」
「うん。色々やったけどさ、全然ダメだった。透太がうらやましい」
「そう言うのは、視えない聞こえない触れない幸せな奴だって兄さん言ってた」
「うん、ただの三重苦だって昔殴られた。能力あったらあったで、苦労するんだなって勉強になったよ」
二人は淡々と話しながら、ウワサの旧校舎を歩き回る。足取りは普段と変わらず、怯えや躊躇いは一切無い。それを異形が目にしていたなら、さぞ困惑していただろう。
「何階?」
「相手は歩き回ってるらしいから、決まった階に現れる訳じゃないみたい」
「そっかぁ。じゃあここ曲がったらいきなり出てくるかもしれないんだうわぁ」
前を歩いていた陽介が、不自然に止まる。壁になれと言われ抵抗していたものの、実行しているあたり、この男は信頼できる。だから兄も代役を任せたのだろう、と青葉は考えつつ、隙間から見た。
女が居た。
黒いワンピースを着た女が、こちらにゆっくり歩いてきている。病的なまでに白い肌が浮かび上がり、光っているようだ。
それだけなら、深夜の旧校舎で散歩ですか奇遇ですね、で終わるのだが。
「首持ってる」
「マジで持ってた抱えてた」
あるべき所に首は無く、胸の前の、無表情なそれと目が合った。
「どうする?俺が視えたら、マジでやばいやつだって教わったんだけど?」
ぺたぺたと近付いてくる。視線は固定されたまま。
「でも、私達で手に負えないのなら、兄さん絶対許可しないと思う。だから何とかなるんじゃないかな」
ぴた、と女が止まる。首がカタカタと揺れ始め、ぐるんと白目を剥いた。
それからは動かず、カタカタぐるんぐるんと、ひたすら奇怪な動きを繰り返す。
……常人が目撃したならば、充分な恐怖場面だ。悲鳴を上げ、逃げ回る所だろう。しかしこの二人は、大事な役目を担って此処へ来ている。慣れもあり、この程度では退かない。
「確か、ツクリモノって言ってたよね。だったら、視えるのも道理なのかも」
「あ、そーか。完全になるには、認識が必要なんだ。だから俺達にも視れる。え、でもこれからどーしたらいいんだ??」
「兄さんは言っていた。いざという時はこれで拳を叩き込め、と……!」
青葉はお守りのメリケンサックを嵌めると、迷いなく踏み込み……目玉を回し続ける女の首に、拳を叩き込んだ。
確かな手応え。
体も吹き飛び、もんどり打って廊下を転がっていく。壁にぶつかり、動かなくなる。
拝み屋の妹は、何物にも容赦無かった。陽介はただ、うわぁ……と零すのみ。
「……それで、どうしたらいいの?」
「動かないや……これで、いいんじゃないかな。首も無くなってるし。すげーよ青葉ちゃん、これ除霊したってことじゃん!」
「そうなの……?でもだとしたら、兄さんのお守りの御陰ね」
「よし帰ろう!んで、透太に報告して褒めてもらおう!」
「……来た、」
透太は目を開けた。
部屋の暗がりから、ぽんぽんと何かが跳ねる音。それは正座する透太の前まで転がり、姿を見せた。
無表情な、マネキンの女の首。ちょうど鼻辺りがへこんでいる。青葉だろう。
それを徐に掴み、ひょいと用意しておいた桶に入れ、蓋を閉じた。ついでに札も貼っておく。
「あとは体か。……首は此処にあるし、取りに来るだろう」
それにしても、誰が言い始めたのやら。人型のモノは宿りやすい。
此処のマネキンは動いている。いつも、立っている場所が変わっている。最初は、それぐらいの話だったのだろう。
「……ほんと、厄介だねぇ。ウワサってやつは」
独り言ち、騒がしい気配に気付いた透太は、出迎えの為立ち上がる。片足立ちのまま、器用に進む。
玄関の戸を開けると、妹と幼馴染の無事な姿。
その更に後ろには。
……首が無い異形が、四つん這いの不自然な動きで、ついてきていた。