第5話 会議
「他に書記官はいないのか?」
エミールはルネを無視して官長に訊ねる。眉間に皺を寄せた顔は少し怖かったが、ルネは聞き捨てならないと声を上げた。
「待って下さい! 私、ちゃんとやれます!」
「小遣い稼ぎに働いているような女性では役に立たない。ちゃんとした者はいないのか?」
エミールの言い様にルネは目を吊り上げると、エミールに歩み寄る。
「女だって仕事はできます!」
「お、おい、ルネ……、相手は王子だぞ……」
強気で出たルネの背後で、ジャックが忠告するが黙ってはいられなかった。
「ジャック、知り合いに頼むって言うから行かせたのに、女を連れてくるなんて聞いてないぞ」
こちらの騒ぎに気付いたのか、分厚いノートを持った男性神官二人が走り寄ってくる。
その二人はルネを見ると、わざとらしく溜め息を吐いた。
「今日の会議は魔物討伐に関してのことだ。このお嬢さんじゃ、到底理解できないよ」
「二人の言う通りだ。他にいないのか?」
二人の言葉に重ねて、またエミールが官長に訴える。
ルネが我慢ならないと反論しようとした時、廊下の先で大きなざわめきが起こった。
「国王陛下がご到着です!!」
その声に廊下に出ていた者たちが、慌てて会議室に入って行く。
「ど、どうしますか? 官長!」
「私にやらせて下さい!」
「……分かった。いないよりはましかもしれないな」
官長はそう言うと、ルネに分厚いノートを手渡した。
「いいか? これは本当に大切な会議なんだ。取り落としは許されない。うちの二人には国王陛下の言葉を書かせる。お前はできる限り、他の者の発言を書き留めるんだ。できるか?」
「はい!」
元気よく返事をすると、ジャック以外の男性が深く溜め息を吐いた。その反応に頬を膨らませたルネだったが、気持ちを切り替えると、二人の書記官と共に会議室に入った。
「国王陛下、全員揃いましてございます」
「ああ、では始めよう」
初めて近くで見た国王の顔を、ルネはこっそりと見つめる。
武人然とした体つきの国王は威圧感があり、近くで見るとなんだか少し怖く感じる。隣に座るエミールに似た金髪だが、顔はそれほど似ていない。
(エミール殿下の方が、優しい顔立ちね……)
二人の顔を見比べてそんなことを考えていると、議長が今日の議題を話し出した。
「本日は国王陛下を交え、近頃頻発する城下町近辺の魔物の出没に関して、話し合っていきたいと思います」
議長の言葉に、ルネはピンと背を伸ばしてノートを開く。ポケットから黒鉛のペンを取り出すと、まっすぐに国王を見つめた。
会議は二時間に及んだ。各地域の魔物の出没した場所、日時、数、討伐内容、被害状況と、国王が恐ろしい速さで読み上げていく。その後、国の管轄である騎士と兵士、そして神殿が管轄する神官兵の割り振りに関してどうするかが話し合われた。
「では、これで今日の会議は終わりとしよう。もう少し考えたいことがあるから、議事録を余に提出せよ」
「は!」
国王はそう言うと、足早に会議室を出て行った。他の者たちもぞろぞろと出て行く中、ルネは隣に座っていた書記官二人が真っ青な顔をしているのに気付いた。
「どうしたんですか?」
「い、今……、議事録を提出せよって……」
「ああ、陛下が言いましたね」
「む、無理だ……」
「え!?」
書記官が頭を抱えて机に突っ伏す。その姿にルネがどうしたんだろうと思っていると、エミールが近付いてきた。
「書記官、父上にはいつ提出できる? 夜までには城に届けてもらいたいが」
「で、殿下……」
真っ青な顔でエミールを見る二人に気付いて、エミールは顔色を変えた。
「どうした? まさか……」
「す、すみません!! あまりにも陛下が早口で……、すべてを正確に書けたかどうか、自信がありません……」
「二人で書いていたんだろう!? 合わせればどうにかなるんじゃないのか!?」
「わ、私も自信がなく……」
肩を落とす二人に、エミールは信じられないと顔を歪める。それを見ていたルネは、ふとエミールと目が合った。
「……お前に聞いても仕方ないか」
「あら、そんなこと言っていいんですか?」
にこりと笑ったルネに、まさかとエミールは手を伸ばしルネのノートを開く。その中身を見て目を見開いた。
「なんだこれは!? いたずら書きか!?」
「いたずら書き!? あ、ホントだ! お前、他の者の発言を書けと言っただろ!?」
エミールの言葉に、隣の書記官もノートを見ると怒鳴った。
確かにルネの書いたノートには文字の一つも書かれてはいない。エミールがいくらページをめくっても、延々といたずら書きのような線が書かれているだけだ。
「ちょっとお待ち頂けますか?」
「え?」
またにこりと笑ってそう言うと、ルネはテーブルの上にある羽ペンを持った。そうしてもう1冊ノートを開くと、すらすらと文字を書き出す。
そうして1ページを文字で埋めると、「どうぞ」とエミールに差し出した。
「こ、これは……」
「冒頭から5分ほどの国王陛下のご発言です。間違いはないはずです」
「た、確かに、合っている……」
書記官が自分のノートを見比べて驚いている。エミールも同じように驚いた顔をすると、ルネに視線を向けた。
「これ……、文字なのか?」
「ええ。私が作った速記文字です」
「速記?」
「はい。どんなに早口でも長い会話でも、この速記術を使えば、絶対に聞き逃すことはありません」
ルネが胸を張ってそう言うと、全員が唖然としてノートを見た。
「まさかお前……、国王の言葉だけでなく、全員の言葉を書いてある訳じゃ……」
「もちろん、全員分、記録してあります」
「ま、まさか!!」
書記官は信じられないという顔をしたが、エミールはじっとルネを見つめた。
「本当か?」
「はい。清書に2時間ほど下さい。夕方には城にお届けします」
ルネがきっぱりとそう言うと、エミールは初めて笑ってみせた。
「よし! ならばお前に任せよう。待っているぞ」
「はい!」
会議が始まる前と同じように元気よく返事をしたルネに、エミールは大きく頷いた。