表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/34

第21話 炎の魔法

 城下町は高い壁に囲まれているから、きっと魔物の侵入はないだろう。けれど戦いに向かったエミールが怪我をしてしまうかもしれない。

 それを考えたら、居ても立っても居られなかった。


(焦っちゃだめ……。ちゃんと正確に聞くの……)


 高い声の精霊は、ランタンのそばの花の上に座ってルネを見上げている。

 ルネはその精霊に顔を近付け、じっと見つめる。


(フィネ……、フィネ……、フィ……ロー……)


 目を閉じて、全神経を耳に集中させる。雑音を意識から排除して、目の前の精霊の声だけが聞こえていると強く意識する。

 今までこれほど集中したことはない。そうして、微動だにせず30分ほどすると、はっきりと言葉が聞こえた。


「聞こえた!!」


 カッと目を見開いたルネは、勢いよく立ち上がり走り出す。そのまま地下を出て城内を走ると、城下町に出た。


(どこで戦っているの!?)


 焦りながら周囲をキョロキョロと見渡していると、兵士が集まって何かを話しているのが見えた。


「あ、あの! 魔物が出たって本当ですか!?」

「ああ、南門の外ですよ。今は閉鎖していて城下町からは出られないので、行っても無駄ですよ」

「分かりました!」


 ルネは南門へ向かって走りだす。背後で兵士が呼び止めるが、その声を無視して走り続けた。

 南門が近付いてくると、明らかに市民たちは動揺しているようだった。城の南側は一般市民の住居がある場所で、人々が多く暮らしている。

 兵士たちが門の閉鎖と、家から出ないようにと言って回っている。

 不安そうな市民たちの間を縫って走ると、ルネは門の手前まで来た。


「ホントだ……。門が閉まってる……」


 肩で荒く息をしながら、大きな門に目を向ける。いつもよりもずっと多くの兵士が出ていて、ルネはどうしようかと迷った。


(エミール様は外よね……)


 どうにかして外に出なければと、周囲をキョロキョロと見渡す。城下町から外に出るには門をくぐる以外、ルネは道を知らない。

 とにかく一か八かお願いしてみようと、兵士に近付くとルネは声を掛けた。


「あの!」

「なんですか?」

「私、門の外に出たいんですけど!!」

「は? 今はだめですよ。外で魔物が出たんです。危ないので下がっていて下さい」

「で、でも、騎士たちが外で戦っているんですよね!?」

「そうですよ。ですからしばらくすれば通れるようになると思いますのでお待ち下さい」


 こちらの焦りとは裏腹に、兵士は冷静に外に出ないようにと注意を促してくる。


「エミール様に伝えたいことがあるんです! 私を通して下さい!!」

「は? 何を言っているんですか?」

「ですから、ここを通して下さい!!」

「ちょ、ちょっと!!」


 ルネが大声を上げて、無理に門へと近付こうとすると、さすがに兵士が慌てたように腕を掴んだ。

 騒ぎを聞きつけて他の兵士たちもこちらに近付いてくる。


「お嬢さん! だめですよ!!」

「お願い! 通らせて! エミール様に会わなくちゃいけないの!!」


 こうなったら無理にでも通ってやると、兵士の腕を振り解こうと頑張るが、もちろん腕を放してくれるはずもなく、ルネはその場から一歩も動けない。


「ルネ!? なにやってるんだ!?」


 突然背後から名前を呼ばれて振り返ると、そこには神官兵のジャックが驚いた顔をして立っていた。

 ルネはジャックに駆け寄り、その腕を掴んだ。


「ジャック!」

「ルネ! ここは危ないぞ! なんで」

「ジャック、聞いて! 私、エミール様のところに行かなくちゃいけないの!!」

「殿下の!? そりゃ無理だよ! 今、外で魔物と戦っているんだぞ!?」

「だから行きたいの!!」


 ルネが必死な顔で訴えると、ジャックは何かを感じ取ってくれたのか、ルネの肩を掴んだ。


「危険なのは分かってるか?」

「……分かってる。でも、今行かなくちゃいけないの!」


 ルネの真剣な眼差しに、ジャックは同じように真剣な目を向け頷いた。


「よし。俺が一緒に行ってやる」

「ホント!?」

「ただし! 絶対俺の前に出るなよ」

「分かったわ!!」


 ジャックはそう言うと、門へ歩いていき兵士に声を掛けた。どう説明したのか、兵士は頷くとゆっくりと分厚い門が開いていく。

 門の外にも兵士はかなりいて、ルネの姿を見るとギョッとした顔をして近付いてきた。


「ジャック! その女性は?」

「エミール殿下に知らせることがある。どこで戦っている?」

「丘を越えてすぐのところだ。大物が出ているから、そばには近付けないぞ」

「大物?」

「氷の力を使う魔物で、もうかなり被害が出ている。騎士だけではどうにもならないかもしれない」

「分かった……」


 ジャックは低く頷くと、一度ルネを振り返る。ルネは恐怖を押し殺して小さく頷いた。


「行きましょう!」


 ルネのその声にジャックも覚悟を決めたのか、大きく頷き走りだした。

 城門を越えてすぐは平たんな道が続くが、しばらくすると少し上り坂に差し掛かる。その辺りになると、何か獣の唸るような声と、たくさんの怒鳴り声が聞こえてきた。

 ルネは胸をドキドキさせながらも、足を止めることなく走り続ける。そうして丘を越えた瞬間、巨大な狼のような獣が視界に飛び込んできた。


「あれが……、魔物……!?」


 銀色の毛皮に覆われた巨大な狼は、口から咆哮と共に、白い息を吐き出している。その周囲を20名以上の騎士が取り巻いているが、誰もが手傷を負っていて、余裕のある顔をしている者はいない。


(エミール様……、エミール様は!?)


 入り乱れて戦う騎士の中に、エミールの姿が見つからない。ルネは焦ってもっと近付こうとすると、その腕をジャックが掴んだ。


「これ以上は近付いてはだめだ!」

「でも!!」


 ジャックが激しい声で制止する。

 魔物の身丈は人間の三倍以上はあろうというほど大きい。その狼に飛び掛かられて、騎士が悲鳴を上げる。他の騎士が果敢に剣を振るうが、その体にはまったく手傷を負わせているようには見えない。


(どこ……!? どこにいるの!?)


 騎士たち一人ひとりに視線を向ける。けれど焦ってしまっているからか、誰が誰だかまったく判別がつかない。

 その時、魔物が一際大きな咆哮を上げた。


「こっちだ!!」


 魔物の足を切りつけた騎士が大きな声を上げる。その声にルネは目を見開いた。


「エミール様!!」


 ルネは咄嗟に魔物に向かって走り出す。


「ルネ! だめだ!!」


 ジャックの制止を振り切って走る。するとついにエミールがこちらに気付き顔を向けた。


「ルネ!?」

「エミール様!!」

「なんでここに!? 危ないから下がってろ!!」

「エミール様!! 『フィネ・フィルラ・ローネ・ファナ』!!」


 ルネは力の限りに叫んだ。その言葉にエミールはハッとした顔をした後、口の端を上げて笑った。


「フィネ・フィルラ・ローネ・ファナ!!」


 エミールが精霊の発音とまったく同じ発音で叫ぶ。その瞬間、エミールの持つ剣から炎が吹き上がった。

 周囲の騎士たちが驚く中で、エミールは炎を纏った剣を振り上げる。魔物がそれに気付きエミールに襲い掛かかるが遅かった。

 魔物の首に剣が振り下ろされると、そこから炎が燃え上がった。魔物が痛みに悲鳴を上げ転げ回る。だが炎はあっという間に魔物を飲み込み、すぐに動きは鈍くなった。

 よろけるように地面に巨体を横たえた魔物は、それきり動かなくなり、固唾を飲んで見守っていた騎士たちから、ついに歓声が上がった。


「やった! 殿下がやったぞ!!」


 まだ肩で息をしているエミールの周りに騎士たちが集まる。だがエミールは剣を鞘にしまうと、ルネに向かって走り出した。


「ルネ! よくやった!!」


 勢いのままにルネを抱き締めたエミールが声を上げる。

 ルネはあまりに強く抱き締められて真っ赤になってしまった。けれどそんなことはお構いなしに、エミールはルネの頬を両手で包んで顔を近付けた。


「ルネはすごい! ルネがいなかったら皆死んでた! ありがとう、ルネ!!」


 キラキラした目でそう言ったエミールは、またルネをギュッと抱き締める。

 鼻が触れそうなほど間近で見たエミールの紫の瞳に、ルネはついに首まで真っ赤になると、エミールの腕の中で固まってしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ