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第10話 精霊王の眠る場所

「綺麗……」


 ルネは暗闇の中で淡く光を放つ花々を見つめて呟く。エミールと共に花畑に近付くと、本当に花自体が光を放っているのが分かる。


「これ……、魔法ですか……?」

「そう。魔法の花だ」

「魔法の花……、え、でも……」


 魔法はもうないのではと聞こうとして、ルネは言葉を止めた。エミールしかいないと思っていたが、人の話し声が聞こえたのだ。

 ひそひそと誰かが話している。


「誰かいるんですか?」


 足を止めて周囲を見るが、エミール以外姿は見えない。けれど確かに声は聞こえる。小声だと思った声は、意識したからか徐々にはっきりと聞こえてくる。すると、さらに複数の声が聞こえた。


「え? え?」


 足元からざわざわと、まるでたくさんの人が小声で話しているかのような声が聞こえてきて、ルネは戸惑いの声を漏らす。


「よし。聞こえるんだな?」

「え、ええ……、聞こえます。なんなのこれ……、たくさん……」


 姿は見えないのに声は聞こえる。それが不思議でしょうがない。

 エミールは笑って近付くと、ルネの手を引いて膝を折った。一緒に座り込んだルネは、エミールの視線を追って花を見つめる。

 その花の上に座る小さな姿を見つけ、ルネは目を見開いた。


「う、嘘……」


 それは絵本で見た精霊の姿そのままだった。人と同じような体に透き通った蝶のような羽が背中にあって、鱗粉がキラキラと光っている。

 ルネは食い入るようにその姿を見ていると、エミールがポンと肩を叩いた。


「見えるようだな」

「見えるわ! これは!? まさか精霊なの!?」

「うん、精霊だ」

「し、信じられない! 本当に精霊っているのね!!」


 子供のように声を上げると、周囲の光が膨れ上がったように見えた。それは一斉に精霊たちが飛び立った光で、ルネは口をポカンと開けてそれを見つめる。


「やっぱり、ルネには少しだけだが魔力があるんだ」

「私が!?」

「うん。会った時に感じたんだ。精霊の姿が見えているということは、魔力があるのは確実だな」


 エミールの言葉に、ルネはなんだか感激してしまった。ふらりと立ち上がり、周囲を飛び回る精霊を見つめる。


「私に魔力が……」

「ルネ、こっちに来てくれ」


 エミールは立ち上がると、自然にルネの手を握り歩き出す。洞窟の奥には水たまりのような小さな泉が点在していて、それらが細い川で繋がっている。

 清らかな水のせせらぎを跨ぎ先に進むと、少しだけ大きな泉がありもうそれ以上進めなくなる。


「掴まれ」

「え? わっ!」


 突然ルネを抱き上げたエミールは、そのまま水の中に入っていく。

 男性に抱き上げられたことなどないルネは、顔を真っ赤にして身を固くした。そんなルネなどお構いなしに、エミールは歩を進めると、泉の中心にある小さな島に足を踏み入れた。

 そこには人の背丈ほどの巨大な水晶が地面に突き刺さっていて、ルネは恥ずかしさも忘れて見入った。


「ルネに見せたかったのはこれだ」


 エミールはルネを下ろすと、水晶にそっと手を触れる。

 ルネは吸い込まれるように水晶を見つめた。水のような透明な水晶の中に、閉じ込められているように人が見える。

 男性か女性かは分からない。ただ髪の長い美しい人が目を閉じて眠っているようにそこにいる。


「これが、新しく生まれた精霊王だ」

「精霊……王……」


 ルネは目を離すことができず呟く。こんなにも不可思議で美しい人を見たことがない。


「ルネには、この精霊王を目覚めさせてほしい」

「…………は!?」


 一瞬エミールの言っていることが理解できなかった。少し間を置いて間抜けな声を上げたルネは、エミールに視線を向ける。


「ど、どういうことですか!?」

「ここにいる精霊たちの声を聞き、最終的には精霊王を目覚めさせてほしいんだ」

「精霊の? ちょっと意味が……」

「精霊の声が聞こえるだろう? この子らの声は小さい上にとてつもなく早い。それに全員がそれぞれ勝手に何かを話している。ルネには、この子らの言葉を聞き分けてほしいんだ」

「ま、待って下さい! この声を!?」


 ルネは話を進めようとするエミールを止めて、一度耳に集中してみた。

 ざわめきの中に、確かに何かが聞こえる。ただどうしてもそれが言葉に聞こえない。何の意味もない音が重なっているようにしか思えないのだ。


「殿下……、これって大陸語ですか?」

「いや、精霊語だ」

「せ!? な、なんですか? その精霊語って」

「そのままの意味だ。精霊たちが話す言語だ。呪文にも使われている」


 さらっと言われた事実にルネは思い切り顔を顰めた。


「無理です!!」

「ルネ」

「知らない言語を聞くことなんてできません!!」


 書記官として色々な会議に出てきたけれど、さすがに知らない言葉を聞くことなどできない。まずその言語を知らなければ、聞き分けるなんて無理だ。


「……相応の報酬は出すぞ」


 低い声でポツリと言われた言葉に、ルネの動きがピタッと止まった。

 ちらりとエミールを見ると、真剣な目がこちらを見ている。


(う……、ど、どうしよう……。こんな仕事、難しいなんてレベルじゃない。……けど、国からの仕事なら、かなりの額を貰えるかも……)


 そんな打算がルネの頭を巡り、絶対無理だという気持ちが薄らいでいく。


「……いくら、頂けます?」

「そちらの言い値で」

「言い値……。い、1千万リール……、なんて無理ですよね?」

「大きく出たな……」


 さすがにそんな大金を貰える訳ないとは思ったが、エミールは腕を組んで考える素振りを見せた。そうして少しの時間を空けると、すっと顔を上げルネを見つめた。


「よし。出そう」

「ほ、本当ですか!?」


 まさか頷いてくれるとは思わなかったルネが、今までで一番大きな声を出すと、エミールは驚いた顔をした後、声を上げて笑いだした。


「なんて顔するんだ、ルネ!」


 腹を抱えて笑うエミールに、ルネがぶすっと頬を膨らませる。その顔に気付いたエミールは、慌てて笑いを引っ込めると涙を拭った。


「酷いです、殿下……」

「ごめん、ごめん……。女性でそんな顔する人がいると思わなくて……」

「それ、慰めになってませんよ」


 じっと目を細めて睨むと、エミールはまた「ごめん」と謝った。ルネは本気で怒っている訳でもなかったので、肩を竦めると笑ってみせた。


「もういいですよ。それより本当に1千万リール、報酬で頂けるんですか?」

「約束する。本来は1千万リールだって安いくらいなんだ」

「もう一度、仕事の内容を教えて下さい」

「まずは精霊がそれぞれ何を言っているか聞き分ける。そしてその中から、精霊王を目覚めさせる言葉を探す」

「精霊王を目覚めさせるまでが、仕事の内容なんですね?」

「そうだ。やれそうか?」


 エミールの強い視線を受け止めて、ルネは真剣な顔で頷く。


「やりましょう」

「よし、契約成立だ!」


 その言葉と共に手を差し出してきたエミールに、ルネはまるで挑戦を受けるように強く握り返した。

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