web小説における「転生」普及過程
(2023/05/14)Googleトレンドで気づいていなかった機能があったので少々追記。
①「転生」の検索量は2008年06月頃から連続した数値が発生。
②「憑依」は2009年07月頃まで拮抗していたが、その後「転生」優位へとシフト。
まずは「転生」という語の使用量、その長期的な推移として、以下にGoogleトレンドの数値を示す。
仕様上、主に「転生という語を用いた作品」が注目を浴びた時期、数値が大きく動いている。
ただこうして主だった語の分解と減算を繰り返したところで、目的のものを取り出すのは困難であり、1未満というスケールでの誤差も大きくなってしまう。
上の方法では「web小説」上の変化を知る上で適切とは言い難く、目的に合ったキーワード設定が必要だ。
web小説の関連語句に絞って検索量の推移を見ていくと、扇の要とも言うべきタイミング、「2008年後半」という時期が浮かび上がってくる。
本稿ではweb小説という場において「転生」という要素が、どのように普及・拡大していったかについてを扱う。
まずは上述の「2008年後半」を中心として、それ以前に触れる第1節と、普及初期段階としての第2節。ついで小説家になろうを舞台とした拡大期としての第3節に、現在に近い時期としての第4節。
以上4つの時期に分けて見ていきたい。
①2008年頃まで――「転生」という語
転生という語は別に近年的な造語というわけではなく、ネットよりも遥か以前から存在した語である。
ただ少なくとも日常会話で用いるような語ではないし、2000年代前半という時期においては、その用法も現在のweb小説上のイメージと異なる面が大きい。
現在の小説家になろうで、転生という単語を初回投稿日順で検索した結果が以下のものである。
転生という語は、2007年4月3日設置の「カテゴリ」として、なろう公式で設定された単語の1つにあたる。 ※2
ただそこで同時に使用されているタグを見ていくと、2008年までは舞台として「現代(モダン)」というものが多数派であり、異世界モノという色合いはまだそれほどでもない。
内容に関しても、妖怪や異種族等人外の「人化」を指して使ったり、「生まれ変わり」こそ伴いつつも、同一世界内で前世の知り合いとの接触を主題にしたりといった具合。
昨今の「現代人を異世界に送り込む手段」という傾向は稀薄であり、ランキングを確認しても、目立った位置に着けるほどにポイントを得ていたわけではないようだ。 ※3
一方でそうした傾向が色濃いのが「二次創作」であった。
そもそもの話として、web小説の商業化というものも未熟だった00年代という時代では、オリジナルより単純に規模が大きかったという点もある。
内容で言うならば、原作主人公等を別の作品に送り込む、「クロスオーバー」の一手段として。そして現代人的なオリキャラを、作品世界に放り込む「転生オリ主」という形態として。
商業作品の原作というある種の「異世界」に対して、価値観の通じるキャラクターを送り込む手段として、「転生」という手法が用いられた。
以下にArcadia、2002年から運営されている「捜索掲示板」における、転生という語の捜索件数を年別に整理したグラフを掲げる。
大きな数字として見ていくと、2005~2007年の間は横ばいだった件数が、2008年に入ると急に4倍もの増加を示す。ここには載せなかったが2009年にはさらにその3倍と、極めて急激な「転生」需要の膨張が起きていた。
早い時期において特筆すべきものとしては、2005~2007年の「椎名高志」を挙げておくべきだろう。
漫画「GS美神」の原作要素として転生が存在するという点で、語の利用が比較的多かったこと。またこの原作を基盤とする「Night Talker」が、当時有数の大規模な投稿掲示板を有していた点も、普及に対して影響を与えたものと思われる。
そして2008年前半期には、「ネギま」「なのは」「ゼロ魔」という3原作を主要な舞台として、「転生オリ主」モノが爆発的な増加を見せていく。
②2008年以降――「転生」モノ普及初期段階
捜索量ベースで見ていくと、2008年前半期に「転生」利用の急激な膨張が起きたことは明らかだ。
しかしこの段階ではまだ、web小説の場というもの自体散在が激しく、「好んだ人が捜索」するという形で名前も挙がるものの、明確な創作上の「流行」を伴っているとは言い難い面があった。 ※4
本節ではそうした状況の変化に触れ、サイト「Arcadia」を中心とした転生モノの流行についてを見ていく。
00年代半ば頃には、アニメの放映、また根本的なネット人口の増加を背景としたものか、短期間で急激に規模を拡大していく二次創作サイトが各所で見られた。
しかし2008年、そうした中規模のサイト群は軒並み縮小を見せ、特定の小説投稿サイトへの集約が劇的に進んでいく。
こうした流れの中で国内最大のweb小説投稿の場となったのが「Arcadia」であり、約半分程度の規模でそれに次いだのが「小説家になろう」であった。
まずは単純に現在の検索結果を。 ※5
タイトル部分に「転生」と付く作品は、2008年7月時点で急激に増加。またその中でも「よくある現実→転生系」という表現には、普及のほどが窺える。
Arcadiaの人流は2007年頃まで日間5~6万規模だったものが、2008年のお盆休みシーズンには10万を突破。年末には毎日15万という規模まで急拡大を遂げた。
以前の転生モノは他サイトで分散的に展開という傾向が強かったが、この人口移動の過程でArcadiaへと場を移し、より大規模となった集団の中で急激な普及が進んだと言えよう。
ただこの時期1つ注意点となるのが、「憑依」という語の存在。10年代以降の二次小説においては、ほぼ「特定原作キャラに成り代わる」という展開を指すものへと純化した語である。
しかし00年代後半期という時代においては、「オリキャラ憑依」であるとか単に「憑依モノ」等、その意味合いないし転生との境界が曖昧な所があった。 ※6
ともあれそうした傾向も、2009年の間を通じて徐々に薄らいでいく。
おおむね2009年前半期には、二次創作という場での転生モノは完全な一般化を果たし、そうした流行そのものをネタとした作品も見られるようになった。
主人公が「トラックにはねられて」死亡し、作品世界へ転生するという導入。死亡時に神様なりが干渉し、チート能力を与えるという「神様転生」の構造。
こうしたギミックはオリ主を作品世界へ送り込む手段として多用され、強固なテンプレとして根付いていった。 ※7
③2010年以降――小説家になろうにおける「転生」の拡大
2010年に起きた最大の変化と言うべきは、web小説投稿の中心がArcadiaから「小説家になろう」へと移ったというもの。
具体的にはなろうの2009年9月リニューアルあたりから、Arcadiaの検索量は継続的な減少が始まり、2010年夏頃に逆転。
以後なろうは2010年代を通じて、そして現在に至るまで、絶対的一強のweb小説投稿サイトとして君臨している。
まずは長期的な推移として、初回掲載日をベースに年別の転生作品の割合を示す。
整理してみるとカテゴリが設置された2007年から、2009年にかけては横ばいないし微増で推移したものの、2010年に(比率の上では)一時的な減少。
2011年に入ると急激な転生作品の増加が始まり、以後2019年まで右肩上がりの増加を続けた、ということが読み取れる。
2010年のなろうにおける、一時的な転生率減少に関して考えられるものとしては、当時「異世界転移」系のギミックの方が圧倒的に強かったという点。 ※8
なろうは2009年9月30日のリニューアルにおいて、評価システムを一新し、お気に入り(現ブックマーク)登録機能を追加するなど、現在と連続するポイントシステムを構築した。以下には初期の総合評価上位作品を整理した図を掲げる。
2010年11月に書籍化(削除)した「リセット」のような例外こそあれ、2011年前半までの時期では、総合評価上位はほぼ異世界転移系作品が占める。
2010年までの時期のなろうには、参考にしやすい指標も検索の「総合評価の高い順」程度しか存在していなかった。
そうした状況から投稿も、すでに人気のある要素であった異世界転移系に集中し、一時的な転生作品率の減少に至ったものと思われる。
ただこの時期のなろうで忘れてはならないのが、二次創作の存在。
オリジナルでは若干の転生率減少が起きた一方で、二次創作の側では転生モノの顕著な膨張が起きていた。
Arcadiaを舞台に普及を見た転生という流行の波及、ないしこの時期ではもうより便利な場所、好きに振舞える場所として、二次創作集団のなろう移住の進行。
オリジナルと二次創作では流行ギミックの乖離があったものの、この過程で転生モノを受容しやすい集団の基礎が形作られていったのかもしれない。
なろうオリジナルにおいて転生作品の膨張が顕著になるのは、2011年のことだ。
この変化を後押しした要因として考えられるのが、2010年12月24日の「ランキング」設置である。 ※10
より短い期間でポイントを集めた作品の視覚化。入れ替わりも激しく、これまで以上に多くのジャンルを目にするようになる契機だったと言える。
2011年前半期を通じて、転生というギミックはなろうで一気に普及。累計ランキングで見ると、2011年2月時点には100作中8作だったものが、6月には19作と急激な拡大を示した。
以後に関しては詳しく触れる必要も無いだろう。
転生モノは一次創作の場においても完全な一般化を果たし、極めて便利な導入ギミックとして拡大を続けていく。
転生モノとして2013年10月には「無職転生」が累計1位となり、最盛期には累計の4割強を占めるまでに至った。
④転換点――2016年
少し前のグラフに戻るが、割合として見た場合の転生モノは、2019年まで増加を続けていく。
ただ2017年以降その勢いは鈍化を示し、2020年に入ると明確な減少基調に転じた。
この要因は明白と言っていいだろう。
2016年5月24日に行われた「ジャンル再編成」における、「登録必須キーワード」として「異世界転生」の設定義務化、及び「異世界転生/転移ランキング」の設置だ。
これまでと異なり「ジャンル別ランキング」がトップで表示されるようになり、異世界転生/転移タグを含んだ作品群はその中から除外。
まるでかつてのセカンドランキングの位置と入れ替わるような形で、それらにアクセスしたい場合は一手間が必要となった。 ※12
それでも以前からの利用者であれば、これらを読みに行くことも多かったとは思うのだが、導線が悪化した場所までわざわざ見に行く人、というのは長期的には減少していくものなのだろう。
異世界転生/転移というギミックは、最盛期には年間ランキングの約8割を占めたほどである。しかしランキング除外がなされるようになり、これらは「ポイントを集めにくい」ものとならざるをえなかった。
まぁ以前の状況がジャンルの多様性を欠く、と言われればもっともなのだが。それでも特に異世界転移の縮小は著しいものであるようだ。
異世界転生に関しては比較的減少幅が小さい。
すでにポイントが入りにくい状況に変化していたにも関わらず、2019年にピークを迎えた(異世界転移は2017年)という点からすると、「転スラ」アニメあたりの影響が大きいと言えようか。
コミカライズの人気を軸に今や累計3000万部を越える大ヒット作品であり、「転生」という語を社会的――この場合はweb小説との関わりを持たない大衆――に認知させた、という点ではこれ以上の作品はないだろう。
世間的な感覚としての「小説家になろうというサイトでは、異世界転生なるものが人気らしい」という認識もまた強固なものだ。
※1 関連性の低い「女神転生 小説」「転生学園 小説」「DQMSL 転生 SS」の数値を減算した。
特に女神転生関連の二次小説は多かったのだが、確認できる範囲ではクロスオーバーに限られ、いわゆる転生モノを含まない。
※2 カテゴリは「作品の傾向・要素」52種(転生はここ)・「時代/世界/舞台」22種・「主要登場人物」35種からなり、10件まで選択可能。
2009年9月30日のリニューアルにおいて廃止されたが、その後も「指定キーワード」として、2016年5月24日のジャンル再編成(登録必須キーワード「異世界転生」設置)まで存続した。
※3 2008年10~12月のものに限れば、200作品超を確認可能。
昔の「カテゴリ」には、「召喚」「トリップ」「迷い込み」等、後の異世界転移系作品で多用された語は含まれておらず、代用として当てている傾向も感じられる。
※4 名前が挙がる主だった場としては、先述の「Night Talker」に加えて、ネギま系大手として「風牙亭」「投稿図書」、特定原作系ではないが「生まれたての風」「堕ちた天使の世界」等。
これらのサイトにしても転生が主流になったというわけではないし、後は個人レベルのHPやブログに点々と、といった具合である。
※5 Arcadiaの仕様上「初回投稿日」を求めることは難しい。ここで表示されるのはあくまで「最終更新日」順であり、ほぼ早々にエタった作品に限られる。
また検索箇所はあくまで「タイトル」に限られ、あらすじ・タグを持つなろうとは基本的な構造が異なる。
※6 理屈として考えるなら、「一定の年齢で前世の意識を得る」といったパターンなど、「生」まれたというよりも取り「憑」いた、と解釈した方がしっくり来る場合もある。
人気作を整理してみると、なのは系で量産されたクローン体になるテンプレが多いか。
※7 一方で短期間の急激な膨張、元々全く違う場所で形成された集団が統合されたことによる摩擦、というべきものが激しくなった時期でもある。
原作で言えば「ネギま」「なのは」「ゼロ魔」、ギミックで言えば「オリ主」「憑依」「転生」といった流行。これらは二次創作として「正しくないもの」として、攻撃的な言動を受ける場面が多々見られた。
転生オリ主というギミックは当時における新しい作品群、それまでの人気二次創作原作とは乖離した、若年層を中心とした流行と言った傾向が強く、世代集団的対立であったのかもしれない。
※8 異世界転移という語に関しては2016年5月24日の必須タグ化に伴って普及したという面が色濃く、それ以前の時期、特に主人公単独転移としての使用は稀。
当時のタグとしては「召喚」(「召還」)「トリップ」「迷い込み」が主なものだった。
※9 この中で「リアデイルの大地にて」に関しては、現在では「異世界転生」タグを使用。ただ当時のあらすじ・タグ中では転生という語を用いていなかった、という点で緑に含めていない。
また「このすば」など、なろう掲載時には転生という語を一切用いていなかったが、書籍化に際しては使うようになった、というパターンも存在する。
※10 試験公開日。
それ以前もトップページ上に総合評価上位10作を表示する「ランキング!」が存在し、検索の「総合評価の高い順」に飛べるリンクとしての「ランキング」は存在した。
2011-01-17 モバイル版
2011-01-28 ジャンル別、ランキングの「本格導入」
2011-02-03 モバイル版ジャンル別
2011-02-04 ノクターンノベルズ・ムーンライトノベルズ
2011-03-10 にじファン
2012-01-27 セカンドランキング
2013-06-18 300件表示、年間ランキング
2016-05-24 異世界転生・転移の除外、ジャンル別が前面へ
※11 ランキング的には2012年後半期あたりで若干の後退が見られる。「SAO」アニメ1期の放送を背景としたVRMMOモノ、及びそのVRMMOキャラとしての転移モノの流行が主因だろう。
※12 セカンドランキングは「人気ジャンルやブームとなっているキーワードに当てはまらない作品の紹介を目的とした特殊ランキング」のこと。
システム的には「運営が判断した人気ジャンルやキーワードが含まれる作品を除外」したもので、マイナージャンルへの導線を意図したものと思われる。
改めて見直すとその後の展開を示唆しているようにも感じられ、結構興味深い存在。
入らなかったもの
月別で見ていくと、原作ごとに膨張の起点とも言うべきタイミングが見えてくる。
特に2009年4月の「赤松健」「オリジナル」、2009年7月の「HxH」など。
・ネギま!! 元一般人の生き方。(転生ものさぁ 作者の病気)
・幻想立志転生伝(転生モノ)
・人形遣い(H×H オリ主女転生物)
あたりはある種のインフルエンサーだった、と見做せるかもしれない。
ただ資料的に使用可能な時期が極めて限られるのは問題点である。
(2024/09/28追記)
Arcadiaの「転生」作品を整理しなおしたので一応置いておく。