●atone-40:終局→開幕×ホリゾンブルー
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目の前で確かに起こったことではあったけれど、まるで信じられない……
娘が、鋼鉄兵機に乗って、空飛びながら「骨鱗」を握りつぶした……その他「イド」より湧いて出て来た「マ」の眷属たちをも、何か分からないけど追尾する「光力球」で余さず屠り切った……
どれほどの能力を秘めているのか、憶測ですら難しいのだけれど、ともかく未だ宙に謎の力で浮いたままの、しなやかな形状の鋼鉄兵機に、私たちは助けられたと、そう言えるのかしらん……
あまりにもな出来事に真顔でぽんやりと上を眺め続けることしか出来てはいないけれど、そんな私の呆けた視界の中で、
<えーと、ええぃッ、この光球をあの穴に一発で投げ込めたのならぁー!! っこの地区の皆のいまの30分くらいの記憶がぜ~んぶ、ぜ~んぶ、消っえ、失っせ、るっ>
件の兵機が娘の声でそんなのっぴきならない拡声音を撒き散らしたかと思うやいなや、右手に掴んでいたピンクい「球」を肘から先しか使わない女投げにて、ぴょいと穴向けて投げ入れているサマが見て取れたのだけれど……そんなことじゃあ皆の記憶からはこのザマは消し去れやしないよぉぅ……
しかし、その「光球」の威力はやはりただならなく。放物線を描いて綺麗に黒い穴の真ん中あたりに吸い込まれるようにして消えたかと思った瞬間、
「……!!」
野太いピンクの光の柱が、遥か天空へ向けて突き立ち。おそらくそれを目撃した人が皆、真顔で見送るしかなかっただろう数瞬の後には、イドはその痕跡すら残さずに消え失せていったのであった……普通ツブすのに数多くの人員とか兵機とか動員しても丸一週間くらいはかかるっていうのにぃぃ……
ともかく救われた……他ならぬ、自分の娘に。慌ただしく事後処理に動き出す自警の面々の背中を見送りつつ、徐々に実感がこみあげてきた私は、困惑100%だった自分の中に、少しの安堵と誇らしさ、みたいなのがほんの少し、ぽこと泡のように湧いた気がした。
「……!!」
とか、自分の中でのシメに入ろうとしている場合じゃなかった。イドを消し飛ばした光球を投げ終えた瞬間、空中でいきなりくずおれた鋼鉄兵機が、地上向けて頭から落下してきてる……ッ!! 限界だったのねぇぇぇ、無理するから!!
彼我距離約30m……間に合うかぁっ!?
「アーヌッ!!」
いや間に合わせるんだ絶対っ!! 私はジェネシスに最大限の稼働を促すと、自分の残り少ない光力をも叩き込みくべて、最大速度で落下物の下へと走り込んでいく。その急激な動作に泡食う隊員のひとたちの鼻先3cmほどを掠めながら、走る、その元へ。
「……!!」
跳ね飛び込んで突き出したジェネシスの両腕に、アーヌの機体はかなりの速度で突っ込んで来たのだけれど、その首と丹田辺りを二点で受け止めた瞬間、両膝を曲げて衝撃を緩和しつつ、抱きかかえたままで回転させ勢いを殺してから、ぐるりぐるりと二回転半くらいしてのち、ゆっくりとお尻から着地する。ふー。
なんとか、なんとかなった。良かった……と、
<ママ……おなかすいたよぅ……>
疲れ果ててもうオチてるのか、そんな寝言みたいな甘え声がその機体からは漏れ出てきていたけど。何となく私は泣いてしまいそうだったから、はいはい、と手短に答えるに留めて、その華奢な機体をジェネシスの背中におんぶしてあげる。
その瞬間、すっかり忘れていたけれど、操縦席の私の背後にもたれかかるように縦並びで座ってオチていた夫が、ぐび、みたいなこれまた精魂尽き果てたような寝息を立てるのだけれど、あ、今のでまた限界を超えて吸い取っちゃったかも……うぅんごめぇん……美ー味しいパぁイをー焼ーきまーすかーらねー♪
「……」
歌って誤魔化しつつも、私はいま、アーヌとジン、かけがえの無い二人をこの背中にしょっていることを実感して、ちょっと幸せで、思わず笑いたくなるような気持ちに埋め尽くされていきながら、ゆっくりとジェネシスの歩を進めていく。
▽▽▽
「アレ」から、三週間が経った。
穏やかな晴れ模様の中、私は日常通りに寝坊して、慌てて朝食を詰め込んで家を出て、坂下の学校へと急ぎ向かう。
どうやら、あれやこれやの諸々よしなし事の様々な数々は、地区の人たちの温かな気遣いのもと、腫れ物にさわる程度の扱いを受けるにとどめ流されていくようなのであった……
「……」
それはそれで、うん……ていうしかないほどの空気感なのではあるけれど。でもまあまた普通な生活を送れるということに、一抹の感謝がよぎりますなぁ、とか、定まらない思考の立ち位置のまま、今日も今日とて小走りで丘を駆け下りていく。
「アンちゃん!! って……あれまた寝てないの……?」
校門をくぐった辺りで、背中に親友の声が。傷の治り具合は順調だそうで、先週からもう学校の方にも普通に来ている。そのいつも通りの左右のおさげの間で訝しげないつもの顔。日常ってやっぱり尊い……
でもご指摘通りの寝不足は、「非日常」のせいによるところが多分にでかいのだけれども。
「うん……何かもう強制的に『自警』に組み込まれてんだよね……私も|アーヌ専用人型鋼鉄兵機も……それって人権とか大丈夫なのかな……」
連日の学業と実習に加え、「訓練」そして「出動」までのしかかってくる状態を果たして「日常」と言っていいものやら……真顔でほとんど唇を動かさない喋り方に不穏を察したのか、エッコは、だ大丈夫だよぅ、あくまでもしもの時の要員なんだと思うよ、それより今日からまたツクマ先生が来てくれるって……と、慰めだか励ましだか誤魔化しだか分からないけど、とにかく気遣って校舎の方へと促してくれるのだけれど。
刹那、だった……
ブー↓ウィー↑、ブー↓ウィー↑というような、耳をつんざくばかりの大音声が、私の左手首から放たれる。嗚呼……
直後、無理やり嵌めさせられている「腕輪」からは、鬼教官さんからの有無を言わさぬ「出動要請」が告げられてくるわけで。ちっちゃな「イド」はあれからも週一くらいのペースで湧いていて、それを速攻でツブすのが私の今の「仕事」でもあったりするのであるんだけどェ……
……アイサイ、との腐った声を左手首を口元に近づけて吹き込むという大概な応答姿勢にも、真顔になるのを禁じ得ない私がいるけど。
「……」
がんばって、との胸の前で拳を作るポーズを、笑顔で向けてくれる親友。
そんな大切な友達とか、家族とか、地区の皆々様のお役に立つため……いっちょやりますか、みたいな体で思い切り息を吸い込むけど、実は、あの兵機に乗って縦横無尽に活躍するってのは「夢」でもあったし、いつもわくわくしているところはあるんだ。だから。
「アーヌ=ロア、『ヴァーチュー』出ますッ!!」
殊更にいい声で返事をすると、笑顔でエッコと向かい合う。そうだよ、これが私の「日常」。であれば存分に、謳歌してやる。
「……」
振り仰いだ青空には、摩訶不思議な「自動操縦」とやらで素立ちの姿勢のままでカッ飛んでくる兵機の、外観だけは満点な姿が既にあって。
アンちゃぁぁん、給食までには戻れるようにするからねぇぇん、とかいう、どうでもいい(よくはないか)事を大音声で地区中に振りまいてくるのであった……
駆け出した一歩目をコケ踏み外しそうになりながらも何とか姿勢を保って、制服のまま校門の方へと、登校してくるみんなとは逆行しつつ走り出す。
いい天気。私の「日常」が、今日もまた始まる。
(終)




