●atone-03:密談×マウンテンメドー
それからの授業の身の入らなさは、まあ自分でも大したものだと思わされるほどであった。昼休み挟んでの五・六限。
何でここまで惹かれるんだろう……みたいなまるきり似合わないことをしかも机に頬杖つきながらため息交じりで思い浮かべているよ何だこりゃ……
あまりの顔面の脱力感に、ありがたい授業を行ってくださっている教師がたは皆、こぞって見て見ないふりをしてくれたので、穏便裏に今日という日を終わらせることは出来た。
部活も無い日なので、いつも通りエッコと一緒に、駅前から少し外れた通りの、果物屋と本屋に挟まれたこじんまりとした建物の、かなり狭く急な階段を上がったところにある穴場な喫茶店にてお茶を楽しむ。下校中の寄り道はもちろん禁じられているけど、もちろんそんなこと気にしない。
「……エッコ的にはド真ん中と、そういう感じなんねぇ……」
話題はもちろん「ツクマ」センセ一点盛りである。三方を壁で囲まれている店内は夕方前でも薄暗くてカウンターの中で佇む店主は四六時中陰気なのだけれど、その雰囲気は私らには心地よく、客の入りも推して知るべしなので、周りをはばからず、きわどい話も出来るってなわけで。
「そんなこと……あるかもだけど、でもそれってアンちゃんも同じじゃない……?」
お互い飲む気も無いのにストローをくわえたまま、お互いをどこか牽制するかのように言葉を紡ぎ合っているんだけれど。うぅん、エッコってばおとなしい顔して、結構踏み込んでくるじゃあなぁい……
「……教育実習はのべ『15日間』……しかして我々が密に話せるであろう機会は残り『4回』しかない……」
昂揚を押し殺すために珍妙な言葉遣いになってしまっている私が、それでも有益な情報を提示し、それに対する「策」を練ろうと極めて真摯に発言をしてる、つもり。
だよねぇ、今日もお昼休みにちょっと職員室見に行ってきたけど、もう何か、先輩たちもロックオンしてた……いっぱい群がっててさりげなく近づくことも出来なかったよ……とエッコは空気9割くらいのため息を吐き出しながら言うけれど。
「……うちの教師になるって未来も、なくはないっていう感じもするけど、にしてもその頃には私ら卒業してるだろうし……」
詮無いことを言い募るしかない私。いや、だからこそ今だ。今にすべてを賭けるんだ……!!
「『機シス』専攻であれば……その辺りの踏み込んだことを『質問』の体で聞きこめば……彼の君の印象には刻み残せるやも知れん……」
どんどん口調が定まらなくなってる私だけれど、うんうん、それだよ、とエッコはいい笑顔で頷いてみせてくれる。
というような「作戦会議」を終え、エッコと別れた私は、帰り道である果て無い坂を上りつつ、その中腹にある図書館(分館)にて、機械システムに関する、難しそうな本を三冊も借りてしまうのだけれど。
あ、いや、こんな借りても一晩じゃ数ページくらいしか読めない予感……じゃあ一冊で良かったんじゃね……それにこういう専門書って大概でかくて分厚いから、持ち運ぶのって存外きつい……さらに私、家があるの、のっぴきならない丘の上だし……
肩に食い込み擦れるリュックの肩紐を両手を差し込んで何とかいなしながら、ほうほうの体で帰路につく私ではあったのだけれど。
絶対、いい感じの質問してやるぅぅ、との思いは、自分でもあれ? と思うくらいポジティブかつ積極的なわけであるのだった……
「……へええ、『中大』って言ったらそこそこのエリートじゃなぁぁい。うぅぅん、アンヌちゃん、狙う価値は高そうだねー」
へろへろで家に帰った私を迎えてくれたのは、薄黄色のかわいらしいエプロンを身に着けたママであって。おかえりぃーと何か月振りくらいに再会したかのようにハグしてくるスキンシップ精神は、ここらへんの習慣には無いよな的な密さだ。もっともこれが仕事で単身赴任中のパパなんかが帰って来た日には、まあ年頃の娘は察して自分の部屋からは出てきちゃいけないくらいの濃密な氣を階下からむせ返るほどに醸してくるわけで。小一時間くらいはヘッドセットをつけて難しい数式を解きつつ頭を空っぽにしておく必要がある。
ちなみに私は「ハーフ」ということになるんだけれど、あまり外見で何だの言われることは無い。ちょっと髪のひと房が赤毛っぽくなってるくらいで、顔も体も中途半端な地味さである……そして性格は自分で言うのも何だけど内向的……まあ私、目立ちたくはないからいいのだけ れ ど 。
相変わらず玄関先で熱烈抱擁を続ける母を残った力を振り絞ってやんわり引き剥がす。華奢だけど出るとこは出ている羨ましすぎるほどのスタイル。でも身長はちっちゃいのでもう私が越した。肩までのゆるふわなボブは光沢が物凄い黒色。そして額の上あたりのひと房が赤毛。アンバランスがこの人には魅力的なアクセントになってるように思える。
化粧映えしそうな大きな黒い瞳、すっとした鼻筋、唇は大きめ薄めだけれど艶めいている。すっぴんでも充分、娘の私でも魅力的と言わざるを得ない。
間延びする癖のある喋りの合間にも、くるくる変わる表情を呈する顔は、年齢をあまり感じさせない……というか、はっきり異常なほどの童顔であるので、一緒に買い物なんかに行くと、私が「お姉さん」と間違われる。不愉快ではある。
でも仲はいい方だと私は思っているわけで。「お母さん」っぽさが希薄で、それこそ姉妹みたいな感じだから、何でも話せるんだ、友達感覚で。とか何とか夕餉の席でも私は早速例の「ツクマ」様の話を事細かに「報告」しているのであった……
いやでも「狙う価値」って……いかにも私が狙ってるみたいじゃん……みたいな事を述べたら童顔でニヤニヤされた。まあこの母も十五歳の時……ちょうど私の今の年齢だ……に私を産んでいるというスーパー早熟少女だったわけで。色恋沙汰のスペシャリストよぉん、と自称そう言っている。それが本当かはともかく、三十の今は仕事に完全復帰してバリバリやっているらしい。家でのぽんやりした雰囲気からは想像も出来ないけれども。でも料理もあまり上手じゃないけど最大限の手間暇込めて毎日作ってくれている。なんだかんだで感謝してるし、好きなんだ、ろう、たぶん。でも。
とにかく何もかも規格外な人から、どうして私のような平凡民が……と月に何度も思わされることこの上無いわけで。私は話すそばからトーンダウンしてきてしまう自分を感じてちょっと心の中でため息をついてしまうけれど。




