●atone-32:狼狽×シナバー
断続的に一定な律動で、どんどんと乗機の手にした「棒」が呑み込まれていく……
「……」
このまま保持してたら、手ごと腕ごといかれてしまうかも……!! そいつの「肩口」に現れた巨大な「口」は、旺盛な食欲をもってして、私の得物を咀嚼まじりに飲み込んでいってる。強力な、底抜けの吸引力みたいなのを感じる。こいつの「中」には、まだ何かあるとでも言うの!?
左手も握りの部分にあてがって、私は思い切り後方へと体重をかけるけど。それくらいじゃあ、引きずり込まれるのを防ぐことなんか出来無さそうだった。
<諦め悪いんちゃうか姐ちゃん~、もうこの棒は使い物にならんくなってるでぇ。いい素材のもんを丹念に鍛え上げたと思しき代物やけど、運動をやめてしまえばそれもあま意味を為さんゆうこっちゃ。かえっていい噛み応えやし>
こいつの言う通り、受け止められた、イコール動きが止まったことで、喰われる隙を晒してしまった、そういうことだろう。そしてこいつの見立て通り、この「棒」は自警のみんなが苦労して調達し作り上げてくれた大切なもの……その丹精込めて削り鍛え上げてくれた逸品が、こんなヤツの腹に収まっていってしまってる……
ごめん、みんな……
私は込み上げて来る無念さを何とか心の隅まで押しやると、
……「囮」として、存分に使わせてもらうからっ。
気合いを入れ直し、さらに腰を深く落としていく。棒の引っ張り合いっこをしてるみたいだけど、彼我の力差は歴然。でもそれでいい。
奴はほんと、いろいろなことに目端が利く。それを逐一くっちゃべってくれることでそうと確信も出来る。だから、その裏をかくこと、それが出来れば……
いま、奴は、私がこの棒を必死こいて引っ張っているのが振りとは思ってないはず。それは棒が貴重なものであると理解したうえで、ゆえに私がそれに執着している、そう捉えている、はず。
もちろん私だって気持ちの半分はこれは放したくない。使い物にならなくたって、カケラでさえも残ってればそれを持って帰りたいよ。でも。
「……!!」
こいつを倒すことが、今のいま、最重要事項と理解している。みんなもそう思っているはずだ。だからっ。
<そこまでの必死さ……この棒がほんまに姐ちゃんの『切り札』なんやなぁ……? まあそれももう全部喰らうよって。いや、それだけやなく……>
そいつの口調がこちらを嘲笑うような響きを帯びた……ッ!! いけるっ。と思うや、「咀嚼速度」が急激に早まったのを感じる。
<ぐううううううっ……>
操縦者たる私に神経が直結してるとかそういうことは無いんだけれど、愛機の右手指が野郎の口に巻き込まれた瞬間、私は確かに痛みを感じた。いやな音を上げながら断続的な衝撃が響き増してくる。「棒」を全て喰らい呑み込み尽くしたそいつの口は、さらなる獲物を求めて貪欲に摂取を続けるつもりだ。
諦め悪く棒を手放さなかったゆえ、機体をも損傷されつつある迂闊な行為……とか、奴の卓越した洞察力の御眼鏡に、そう映っていたのなら。
「……!!」
私の勝ちだっ!!
<……何やッ!?>
初めて出たかに思われる、そいつの驚きの、素の声。その瞬間、機体の右腕は斜め左下に向けて振り抜かれており。
「……」
その食い取られた右手首の断面から伸びる、「黄金色」と「青白色」が二重螺旋のように絡まり合った「光力の刃」が。
<……右手喰わせるまでが策……かい……ッ>
奴の肩口に開いた「口」から右脇腹までを一直線に袈裟斬りに切り裂いていたのであった。そう、これが策。
ずるりと「上」「下」に分かたれて、べちゃりべちゃりと川岸に落下していくそいつだったけど、それで生命活動が止まるとは端から思っちゃいなかった。それも知っている。十七年前に、同族の個体が、下半身だけを尻尾切りのように残して上半身だけが逃走したこととかあったそうじゃない? だから、気を抜かないのよ~アルゼ。
<以前にもこんなことがあって……『あなた』じゃあないけど、同じ見た目の奴と戦った時に、ジェネシスはそいつに右腕を、肘の辺りまで喰われた>
砂利の上に転がって身動きを見せていないそいつ(×2)から目を切らないように、片割れとなったどっちが動いても、どちらともが同時に動いたとしても対応できるように、軽く両膝を曲げ、そのまま中腰のような姿勢で近づいていく。ゆっくりと。
<喪われたその右腕に……光力を放つ『理光石』を埋め込んでその上にさらに『義手』を取り付けた。それが『奥の手』>
私は言葉を発しつつ、じりじりと接近を続ける。言わでもの説明を続けちゃってるのは、もう少し距離を詰めたいという時間稼ぎの思い。時間稼ぎと言えば、援軍待ちのってのも、アンヌちゃんの逃亡のってのもある。
肩越しに振り返ると、ジンの首を横に振る仕草。通信関係を先ほどから任せちゃってたけど、未だ反応はないらしい。「穴」は向こうで、何かのっぴきならない事態が起きちゃってるのかも。であれば援軍の期待は出来ないし、私がここを制して、逆に向かわなければならない事態かも知れない。よし。
<最初は、飛び道具持ってませんよと見せかけておいて中距離くらいから射撃してやろうって考えてたけど……はっきり警戒してたよね……それに必ずしも分のいい選択じゃなかったし。さらにあなたの、あの『羽毛』のような動きを見せられてからは、確実に躱されてたろうなって、だから……『ゼロ距離』。プラス『内部』からならって思って作戦を切り替えた>
こいつなら、私の冗長過ぎる喋りを聞いてくれると思った。そういうの好きそうだし。いや何となくだけれど。仰臥したままのそいつの身体はふたつとも、先ほどから動きを見せていないまま。でもその「静けさ」……逆に、嘘くさい。
「……」
充分の、射程距離に入った。私はゆっくりと右腕を上げ、理光石の「銃口」をそいつに向ける。斜めにばっさり両断されたその「斬り口」からは血も何も出てはいなかったけれど、そこならば、「口の中」同様、この「ハイブリッド光力」が効くはず。
いま……ッ!! と私が右手の指先に力を込めた。その瞬間だった。
<まあ何ややってくるのは予測がついてたわ~。威力は想定外やったけど。でもな姐ちゃん……『奥の手』隠してんのは、自分だけとちゃうで>
!? ……そんな声が聴こえたか否か、いきなりそいつの「下半身」がこちら向けて吹っ飛んで来たのであって。慌てて照準をつける私だったけれど、それを完全に上回る速度でその両脚は、ジェネシスの右腕に絡みついてきたわけで。そのかたち、形状が変化している……? 肘の部分に巻きつくように、「紐状」に変形したそいつの片割れは、機体の右腕を極めるかのようにして後方へと引き絞るかのような動きを見せると、今度はその一端を伸ばして左腕へと絡みついてきた。
まずい……こいつこんな……
<とは言え、さっきの妙な力はやっぱ脅威や。てなわけで……初志貫徹、先ほどのエラい力を持った子ぉを『吸収』させてもらいに、ちょいと行ってくるのやで>
!! ……両腕を後ろに回されたまま、何とかもがき逃れようとする私だったけれど、下半身は次々に「触手」のようにその身体を変化させて伸ばしてくると、機体の首と言わず腰と言わず、全身の稼働部分を巧みに固めてくるのであった……そんな拘束された私の姿を横目で見つつ、上半身は残った右腕だけを使って、器用に飛び跳ね去っていく……アーヌが!! アーヌが危ないっ!!




