●atone-29:激闘×ヴォルテール
周囲のヒトたちは、無事避難を終えたようだ。坂道を埋めていた群れは、突如坂道を駆け上がってきたこの鋼鉄兵機に度肝を抜かれたのか、その後は慌てず騒がず一糸乱れぬ隊列で、避難場所である公民館の中へと、するするとスムースに呑み込まれていくのが先ほどから見えてはいたが、今やその最後尾も見えなくなっていた。
公民館には巨大な地下構造があって、水・食料が1000人分かける三日は賄えるほどが貯蔵されているそうだ。居住スペースもまさにシェルター風の趣きがある個室がずらと並ぶ快適空間らしく、新鮮な空気の取り入れさえ怠らなければ、数か月単位の滞在も悪くはないと他の隊員さんからは聞く。
……それはどうでもいいか。ともかく足元を気にせずにやりやすくはなったってこと。
いや、さて。
<……>
外連味に過ぎる見栄を切った私であったものの、白鱗に包まれた「そいつ」の眼は、少しは目の前の対象に興味を持ったような色を見せてくれたようで、であれば娘をより遠くへと逃がせる時間が出来て好都合……とは言え、囮とか時間稼ぎをするつもりはさらさら無いのだけれど。
なるべくならば、先ほど叩きつけたる宣言通り、こいつを殲滅しておきたい。喋り方はアレだけど、それを差し引いても知能やら知性やらを感じさせるから……こいつが指揮をとって「マ」を統率し始めたりなんかした日には……こちら側には本当に打つ手が無くなる可能性は大だ。無秩序・無軌道な相手だから何とか食い止められるわけであって、こちらの戦力なんて推して知るくらいしかないし、それだけは避けないと。
機体の身長ほどあるこの「棒」を真っすぐ正面に突き出すような感じで構える。その切っ先の先にはもちろん、「ヴィタメタル」とか自称していた、例の「骨鱗」と思しき危険生物が、脱力したような自然な佇まいで浮いている。
こっちがこれほどまでの臨戦態勢を整えているってのに。いやそれこそがこいつの手か? まあいいけど。刹那、
「……!!」
<おっとぉ~、随分鋭い動きをかましてきはるんやな~、中にいてはるのんは、『人間さん』なんよなぁ? 『神々』のような『液状』でも無いはずやのに、どんな動きで操縦してんねや、ほんま>
溜め動作無しでの鋭い突きはでも、やっぱり見切られてしまったわけで。それにしてもこいつの言葉、言ってることはぼんやり分かるものの、どっから出てんのか、とかその意味とか、いちいちワケ分かんなくてムカつくんだけれど!!
「……」
でもそんな詮無い思考は即座に片隅に追いやり潰すと、左半身となって、「棒」の打突をきわめて軽く躱しやがったそいつの死角、私から見ての左手方向からすかさず、またも無挙動からの今度は拳を固めての撃ち込みを放り込んでいく。
でもそれも見えてますよ的な余裕を感じさせるふわりとした挙動で、そいつは空中でぐるりと背中を反らせるようにして回転すると、結構いい角度/間合いで入ったはずのジェネシスの左フックを、その上空に身を躍らせることで紙一重の回避をかましているわけで。うううう、こいつおちょくってるだろぉぉぉぁぁあああッ……!!
が。
それはフェイク。もっと言うならその前の突きもそう。構わず振り抜いた左拳が、突き出したままの右腕、その棒を握り込んだ手の下辺りを掠める。その衝撃で跳ねる右手。それに保持された棒の切っ先も当然の如く、
<……!!>
無軌道、埒外の跳ね方をするわけで。見たところ、こいつはかなりの手練れ、格闘目利きって感じだ。こちらの「動作前」のわずかな機体の初動をも見切って、のちの攻撃の軌道を完全に読んできている。でもね……私ですら予期できない動きっていうのを。
「……」
読む、ってことは出来ないでしょうよ。わざと軽く握っていた棒は、手の中でも不規則に暴れまわり、結果その先が「偶然」、中空で逆さになっていたそいつの両膝裏を巻き込むようにして着弾した。
会心、とまではいかなかったものの、そいつの身体のバランスをコンマ1秒は崩すことは出来た。仰向けになり、ジェネシスと向き合うかたちで中空を瞬間泳いだ隙を逃さず、私はまたしっかりと棒を握り直すと、肩口上段に振りかぶり、振り下ろしていく。やつの、ガラ空きの胴へ。
<おお……>
しかしこいつの反応はほんと神業的だ。首元からおへそ(あるかは分からないけど)辺りまで縦に割れる「口」を現出させると、それで「棒」を受け止めようとしてくる。いくら強度があるこの「エスドネ鋼」の棒であれ、まともに「口」に噛み込まれたら、齧り取られちゃうのは自明。でもね……
<!!>
それもフェイクだったりするんだよねぇぇぇ……思わず顔面に浮き出てしまう喜悦の表情を押し殺しながら、私は振り下ろしの瞬間、握ってた「棒」を上空にわざとすっぽ抜けさせるように手放しているわけで。
右腕はその勢いのまま、奴の中心線を通るように開いた「口」に触れないよう、何かを掴むかのように曲げた五指で胴体へと刺突を加えていく。勢いよく下方向へと弾んだそいつの身体。でも地面に叩きつけるってのも芸がないから。
<……ぐ>
振り上げていた左膝とで挟み込むようにして衝撃を与える。初めて、こいつの口から呻き、みたいな音声が発せられた。でも、
「っらぁぁぁぁあああああッ!!」
それで満足する私でもないわけで。上空を縦回転していた「棒」が重力に引かれ落下してきたところを、
<!!>
頭上に掲げた両手でいい感じに掴んだ私は、そのままえぐり込むようにして奴の喉元目掛け突き下ろしている。再びのぐう、という正にのぐうの音。よっしゃ。
再び崖下へと落ちていくそいつの姿に手ごたえを感じた私は、どうよとばかりに左手を前に突き出し、右手は棒を肩にかつぐような格好で見栄を決めるけれど。
「あ、アルゼ……そんな激しい動きされたら乗り込めないって……」
機体の背後から、そんな掠れた死にそうな音声を拾ったかと思ったら、それは今の今まで背中にぶら下がりながら激しい挙動に振り回されていたジンであったわけで。
ごっめ~ん、忘れてたぁ~、てへっ♡ とのフォローをすぐに返しつつ、機体の手を後ろに回して、背部の「非常口」のコックを外してハッチを開いてあげる。ややあって、
うぷ、とかいうような音を出しながら、ジンがよろよろと私の座る操縦席の方へ辿り着いたのが気配で分かった。振り返ると青白くなったその顔に何か言いたそうな表情を浮かべたけど、よし、これで準備は整った。奴を……ツブす!!




