●atone-28:会戦×ジョンブリアン
坂道を登り爆走し始めたジカルさんの単車を横目で見送ると、私は再び、「目標」へと視点を据える。
やっぱり……あの規模の「イド」っていうのは伊達じゃあなかったってわけね……非常に、非常にヤバいところの「個体」が、現出してきたってこと……うぅん、唐突に沈黙を破ったと思ったら、いきなり最大級の「災厄」を突きつけてくるなんて……
機体のちょうど目の高さ辺りで、優雅に見えるほどの所作で浮いている「それ」は、その表面の黒い甲殻を持つ「マ」の骸から、
「……」
残存していたらしき「光力」を余さず吸い取ったようだ、内部から。硬いはずの甲殻が、萎れるようにして大小いくつかの皺を刻むと、次の瞬間、力を失くしたかのように谷底にはがれ脱落していくのを私はただ操縦席内で、それでも態勢を保たせるために小刻みに操縦桿やペダルを操りながら、注視しているばかりなのだけれど。
先ほどジンに言われた通り、「援軍要請」は既に出している。エディロアさんがまだ近場にいるはずだし、他の皆も、そろそろ気づいたはずだ。
ここにいるこの「個体」こそが、第一に殲滅すべき「目標」であることを。
禍々しい氣が、10mほどの間合いを取っているこちらにも、ぞんぞん感じられてくるわけで。
それでも「そいつ」は、何というか「落ち着き払った」としか形容できないほどの動き、というか「浮遊」を続けている。それがまた不気味ではある。でも。
アーヌを狙っているのならば、絶対にここで、この場で、こいつを仕留めなければ駄目だ。私は機体の腰からナイフを緩やかに抜き払うと、背後に回したまま、足指だけを使って崖の方……「そいつ」の方向へとじりじりと間合いを詰めていく。
「……」
剥がれ落ちていく「残骸」、その下からは、妙に乾いた質感を持つ白い「鱗」のようなものが見て取れた。それを見た瞬間、私とジンと、同時に息を飲んだのが感知できたのだけれど。
「骨鱗」とかのレベルの凶悪なやつ、ってさっきジンはこいつを評していたけれど、そうじゃあない。
……「骨鱗」そのものだ、こいつは。
十七年前に現出した「災厄」、その大元が「骨鱗」という、「マ」を束ねる親玉のような存在だった。だんだんと記憶が鮮明に蘇ってきている。
骨のような鱗をそのヒトによく似た姿かたちに纏っていたから、便宜上そう呼んでいたのが定着した。そしてその全身を覆う何てことはなさそうな、かさついた質感の「鱗」は。
こちらの「光力」をすべていなし弾くという非常に厄介な特性を持っていたわけで。
さらには食欲旺盛。ヒトも光力も全てその体内へと取り込んでしまう。身体のいたるところに不気味に文字通りに「口を開ける」、巨大な牙を有した「口」から。
どうする……? 「骨鱗」を殲滅する術は、残念ながら無い。というか未だ見つかっていないと言った方がましか。どちらにしろ、十七年前は、偶然に偶然が重なった結果、何とか退けられたというところに収まったに過ぎない。先の「個体」は力を失い、また永い「眠り」に入ったとされているけれど、それすら憶測の域を出ていないわけで。
とか、呑気に考えている場合じゃなかった。最善を尽くす……ジェネシスも私も、十七年前のままじゃあないのよっ。
あらかた「骸」が剥がれ落ち、その乾いた「鱗」に覆われた身体は、やはり私たちととてもよく似た大きさ・かたちをしていた。直立した、二本足の体躯。その顔面は、やはりびっしりと骨の質感を有した「鱗」で覆われているものの、左目の部分だけが露出しており、そこに顔の大きさには不釣り合いなほどの巨大な「瞳」が、表情なくこちらを漠然と睥睨している。やはり「奴」だ。まるで巨人が、壁に開いた穴からこちらを覗き見ているかのような……そんな薄ら気味悪さを醸している「眼」、間違いない。
最強最悪の個体……「光力」が弾かれるというのなら、直接刃物でえぐるか、拳を撃ち込むか、対処法はいくらだってある。でも、頭の中の考えとは裏腹に、対峙する異形はこちらの根源的な恐怖みたいなのを揺さぶってくるらしく、さっきから私の身体は震えっぱなしだ。
ぬううううう、臆してる場合かぁぁぁぁ、他ならぬ、うちのかわいい娘を狙う不届きな輩なのだぞぉぉぉぉ……鼻から一発、息を頭蓋の中まで取り入れるかのように吸い込むと、私は先手必勝とばかりに、大股で一歩、間合いを大胆に詰めると、構えたナイフを「そいつ」向けて瞬息の閃きで突き出していく。
しかし、だった。
枯れた光沢の無い白色の鱗の「そいつ」は、その切っ先を、無造作に体の前に出した左手一本で軽く受け止めている……ッ!! 結構な鋭さを誇るそのナイフの刃を、下から、指で挟むようにして。
牽制気味の素直でまっすぐな軌道であったものの、その馬鹿力……そうだよ見た目で判断しちゃあ駄目なんだよ……
とか思ってる間に、機体の右腕を通して、感知される衝撃。慌てて画面の角度を変えてその出どころを確認すると、ナイフの刃先、「そいつ」の手が掴んでいる場所が、割れ欠けているのが見える。悪食……そうだよこいつは鋼鉄兵機の硬い装甲ですら喰っちゃうんだった!!
慌てて右腕を引っ込めるものの、ナイフの刃は三分の一くらいはもう失われていて、私は改めて「そいつ」の厄介さに頭を抱えたくなる。奴の白い鱗に包まれた掌は、縦にぱっくりと亀裂が入っており、そこで刃だったものを金属音を響かせながら咀嚼しているよ……
のっけからもう圧倒されてしまった私だけれど、ここで手を止めるわけにはいかない。とは言え、取っ掛かりとなりそうな手も無いのだけれど。
その時だった。
<……何やぁ~? 『聖剣』の野郎が出張はりよってきてけつかる思たら、抜け殻かい……『中』に寄生しとるんは、かなりの多寡の『光力』ば持っちょるみたいやけどなあ……さっきの『種』といい、割とピンポイントでええ時代に目覚めたんちゃう? 俺ぇ……>
気だるげな、こちらの神経に障ってくる声色と物言い。どこの言葉かは分からないけど、言ってることは分かる、いや、ひとりごつようにして言ってる内容は飛躍し過ぎていて1mmも分からないけれど。
こいつ、喋れんの……!?
<やっぱ地上の空気はええもんやなあ……にしてもあれや。超絶ハラ減り状態っちゅうやつやなこれは。ひとまず……目の前のデカブツはんをいただくとしよか>
全く表情の無い目をぐりぐりと動かしながら、そいつはやけに軽い調子でそんな言葉をつらつら並べると、こちらに向けて軽く空中で「一歩」を踏み出すような動作をした。
「!!」
かと思った瞬間、もう機体には激しい揺さぶられる衝撃が走っていたわけで。左肩……ッ!! 画面にはその損傷度合いが表示されると共に警告の赤い字も点滅されるけど。動きも速い……こいつ!!
背後に回ったであろう「そいつ」の姿を、慌てて追うものの。左腕は……? 動く。肩の装甲をやられただけ……ッ!! と、
「アルゼッ!!」
私の許へ届いたのは、そんな心強いジンのひと声であった。と同時に、機体の足元あたりから、「桃色」の「光弾」が連射されてくる。そして、
「……並みの『光力』じゃあまったく無駄、どころか奴に喰われてしまう……ッ!! いつぞややった『アレ』をやるほか無いッ!!」
私に向けて真摯な表情を向けてくるけど。いつぞやの「アレ」って……あれ?
「で、でも『アレ』をやったら、ジンの生命力のほぼ全てが光力に置換されて、最悪干からびて死んでしまうかも……ッ!!」
い、いやそこは上手いこと調整してだね、死なない方向で……というような困惑気味の言葉が返ってくるけど。やるしかないのかも。
肚は決まった。であれば一発カマしておく。
<そこのッ!! おとなしく捕縛されなさぁいッ!! でないとアクスウェル地区自警の、このアルゼ=ロナ・ストラードⅡ騎がァッ!! この鋼鉄兵機にてぇッ!!>
どん、と口上と共に私は機体の右足を振り下ろす。そして、
<殲滅、差し上げますのことよ……>
決まった。気合いもこれ以上ないほどに乗った。いくぞぉぉぉッ!! 私は、ええ……みたいな顔をしているジンの身体を極めて迅速に、しかしてソフトに左手で掴み上げると、背中側にある「非常口」の方へと誘う。と、
<なかなかオモロいねえちゃんやな……ワシの名ァはヴィタメタル。『真円/深淵の』=ヴィタメタルや>
こちらに付き合って名乗りを上げてくれた「そいつ」だったけど、それで手心を加えるつもりは毛頭無ァいッ!! 私はひとまず奴の動きや間合いを計るため、右手に握っていたナイフを手首だけを振るようにして破棄すると、その動作のまま、肩口に手を回して、そこに収納されている「第二の武器」を抜き出していく。
<……>
それは、硬さもそうだけど適度な粘りもある……得物としては最良な「エスドネ鋼」の中でもさらに縦方向への強度がいいものを……うちの職人気質の整備士さんたちが苦労して削り上げてくれた「棒」……長尺のこれならば、奴の接近を防げるし、棒自体はなかなか噛み切るには難しい、程よい密な硬度粘度……こいつでまずは、お手並み拝見と行こうじゃないのぉッ!!




