●atone-26:相思×ロマンチックモーブ
怪物による脅威は去ったかに思えていたのだけれど。さらなる混沌の波濤が押し寄せてき始めている……!!
<なんで……ただいまの一報も寄越さないの……?>
うわーい、家族三人が久しぶりに全員揃ったねー、とか、そんなレベルの繕い方では何事にもならない気配は、当事者ならずとも窺いしれようものであったけれど。
か、感情の抜け落ちた拡声音が、急激に重力が増してきたように感じるこの坂道に雨の代わりに降り落ちてきているみたいだよ怖いよ……
ち、違うんだママアハェェェエンッ、と、それでも言い訳をかまそうと巨人の方へと小鹿のように震える脚で立ち上がって果敢に一歩踏み出したパパであったものの、言い訳の「言」の字も言えないうちに、丸太ほどの太さを有する巨大な人差し指と親指の間に胸部を左右から挟まれて、そんな鼻から抜けるような高音で描写しにくい悲鳴のようなものを上げるだけなのであった……
<……それよりも、この『事態』を調べに行ってたんじゃなかったっけ……何でこの『イド』の発生も掴めずにのこのこ戻って来ちゃってるの……?>
厳然たる声。ほんとにママなのかな……? それよりも、出てはいけない軋み音が、金属の巨大万力のようなものに挟まれているパパの肋骨あたりから、くぐもった叫び声を伴って、少し離れた私の鼓膜にも届いてくるのだけれど。やめてぇぇぇ、それ以上はだめぇぇぇぇ……!!
<もしかして……また『記憶抜け』を……性懲りもなくやらかした……とか……?>
パパは時々、何故か自分の「半生」くらいの記憶をがっつり一時的に失ってしまうことがよくあって、そうすると内面が「15歳の少年」に戻ってしまうのだ。けったいで意味不明な「記憶喪失グセ」とでも言うしかないその習性(?)は、しばらくすればまた何の脈絡もなく戻るからまあ、そこまでの支障はきたさないものの。
ママとは15歳くらいの時期に会っていたらしく、すなわち「喪失」してしまうと、出逢ってからのママとの記憶がすぱりと抜け落ちてしまうわけであり。そのことがパパを愛するママには我慢のならないことであるようであり。
そしてその指摘は、射てはいけない的の真央を貫いたようであり。パパの身体が傍から見てわかるほどに激しく震えだすのだけれど。
「ちちち違うんだよママ……ぼ、ぼくはただ良かれとあごぉぁぁぁぁああああッ!!」
もう勘弁してほしいくらいに今日は濃いよ濃すぎるよ……絶叫を上げ続けるパパを見て、私も、坂道の中途でへたり込んでいた先生も、互いに感情の抜け落ちた顔で見守るというか見過ごすことしか出来ない……
い、いや、私は知ってる、この最大級修羅場を抜けることの出来る、たったひとつの冴えた言葉を……ッ!!
<なんで……記憶がそんなにすぽすぽ抜けてしまうの……?>
パパ……ッ、ここしかないよッ!! ここでブッ込むしかないッ!! 私の目くばせを歪む目で何とか捉えてくれたのか、そののっぺり顔が確かに頷いたのが見て取れた。
刹那、
「それは……それはぁッ!! 僕が、アルゼをッ!! 好きタッカラタァァァァァァァッ!!」
乾坤一擲/起死回生……渾身の叫びが、パパの小さな全身を震わせながら貫き放たれ、それは音速よりも速く、ジェネシスの大きな機体を突き抜けたように、感じられた。
<な……な……>
効いてる効いてるぅ!! と、声にこそ出さなかったけど、いつぞやもこんな感じでうまく行ったことあった、とか私は勝手に手ごたえを感じたりしている。それをそのままなぞって再度心に突き刺さるのかどうかは賭けかも知れないけど、ママってこういうの結構好きよね……それにママとは違うアルゼ呼び。さすがパパ、掌握術は長けておる……ッ!!
いやと言うかまた質の違った混沌が辺りを渦巻いているよね……私がいま正気を保ててるのは、さんざ見せられたあの「夢」の類いで耐性をつけられていたからかも……それを感謝していいのか、そもそも何に向けてしたらいいのか、分からないまま、私は当事者と傍観者のはざまで立ち尽くすばかりなのであるけれど。
刹那、
「アルゼを……ッ!! 愛しているカラァッ!! だから……ダカラ出逢った時の新鮮な想いをォッ!! 新鮮なるままで何回も、何回も再生してしまうッ!! そう僕はッ!! 何度も記憶を失ってしまうこと、それを怖れることなどは、断じてないのっタカラァァァァァッ!!」
他人からしたら世迷言以上でも以下でもないその妄言を、勢いという名の巨躯なる者が突き出す張り手が如くの閃きをもって、パパは見事に撃ち放っていた。
業よく剛を制す……
一瞬の間。そして、
<ば、バッカじゃないのッ!? べ、別にそんなコトしなくたって、私はっ、ジンのこと……出逢った時と変わらずに今でも愛してるんだからねっ!!>
うーんうーん、もうおなかいっぱいだよぅ……のっぴきならない属性をとんでもない拡声音で丘の中腹から地区内全域に響き渡れとばかりにブチ撒けたる我が母親……そしてその巨体の右掌に乗せられて、頭部付近まで持ち上げられた父親が、鋼の面皮に接吻をかましたりしているよまだ夢の方がリアリティあったよ……
……エッコのところに行かないと。
「黒団子」が目の前に突如現れたくらいの時空から先を無かったことに自分の中で飲み下すと、まだその顔からは表情は喪われたままの先生を促しつつ、私は場に蔓延する混沌はうっちゃって、今度こそ目的の場所を目指して進み出そうとする。
しかし。
「……!!」
果たしてその内側からつぶれていた「黒い球体」の骸が、その脇を通り抜けようとしていた私の方へと、ぞりぞりと蠢き這いずるようにして向かってきたのであった……
まだ……生きてるッ!?




